第二章 裏

第10話  台詞~セリフ。

 時は戻りセンエンティ王立学園の入学式当日。


 正門から講堂の前庭まで、そして前庭を囲うように植えられたサクラの木に、今日もピンク色の花が咲き誇っていた。

 皆「満開だ。美しい」と言ってサクラを見上げているが、レックス・センエンティ第一王子には最後の足掻きにしか見えなかった。

 からそう見えるのかもしれない。

 その輝きはまるで有終の美を飾るかのようで、時折舞い落ちる花弁はまるでサクラの流す涙の様に感じられた。

 入学式が行われた講堂の前庭で来賓を見送り終えたレックスはサクラの木を見上げ、そんな感傷にふけっていた。


 そして自分の役割を負えた後、他の役員も概ね片付けに入ったことを確認してから入学式の会場である講堂を後にしてその前庭に出てきたフィオレ・グルーク公爵令嬢もレックスと同じような気持ちでサクラの木を見上げていた。

 前庭には来賓を見送り終えた生徒会役員がおり、その周囲にはその姿を至近距離で目にすることのできる数少ないチャンスをものにしようとする生徒たちで溢れかえっていた。一年後には彼らは卒業してしまうのだ。校舎の違う一、二年生が彼らを目にする機会はあまりない。

 特に会長である王太子殿下は卒業後、公務以外で人前に出ることなど無いだろうからこの現状も仕方がないのかもしれない。

 フィオレがそう思いその場を静かに立ち去ろうとした、ちょうどその時──信じられない出来事が目の前で起こった。






「お、押さないで!きゃぁっ!!」


 サクラの木を見上げ、感傷に浸っていたレックスを現実に引き戻したのは女生徒の悲鳴だった。

 その直後、レックスの足元に本が飛んできた。それを追うように姿を現した人物がレックスの前に膝をつく。さりげなくレックスを守るように前に出てきた書記のエディ・トレノをレックスが手で制す。

 音を立てて地面を滑ってきた本には学園の図書室で貸し出された証が付いており、彼女が持っていたものだと思われた。入学式当日から図書館通いとは熱心な新入生がいたものだ。


「いったぁい」


 そう言って顔を上げたのは、肩で切り揃えられ緩やかに巻かれたピンクブロンドの髪にローズクォーツの瞳を持つ小柄で愛らしい令嬢であった。令嬢は自身が人前で膝をついてしまっていることに羞恥を覚えたのか顔を赤らめており、その瞳は潤んでいた。


「大丈夫かい?」


 レックスの口から意図せずそんな台詞セリフが出た。

 ──セリフ。

 本当にそう言っても差し支えないほど感情の乗っていない言葉。

 なぜなら令嬢が目の前で膝をついた事実に驚きはしたが、心配など全くしてはいなかったから。

 きっと自分の婚約者であるフィオレであれば淑女教育で鍛え上げた体幹を駆使し、人前で膝をつくなどといった醜態を死んでも晒してなるものかと涼しい顔で耐えるのだ。


(たまには私に寄りかかって欲しいのだが・・・)


 レックスがそんなことを考えていると「殿下」と短く自分に声を掛ける副会長のイベルノ・ラセジェスの声が耳に入りハッとする。

 どうやら自分は令嬢に向かって手を差し出そうとしていたらしい。レックスはそのまま身をかがめ、自然な所作で自身の足元に落ちている本に手を伸ばした。

 そこへすかさず学園内でレックスの護衛を務めるフリンツ・リビーアが進み出て、膝をつく令嬢に手を差し伸べた。

 レックスを守る立場にありながら令嬢が飛び出してきた時は動かなかったのに──彼らしからぬあり得ない行動にに驚く。


「ありがとうございます」


 令嬢はフリンツの手を取り立ち上がるとお礼を言いにっこりとほほ笑んだあと、レックスに視線を向けた。


 ──なんなのだ、この令嬢は。


 意志を強く持たないと意図せず身体が動いてしまう。

 考えられるのは精神干渉系の魔法だが、学園内では魔法の使用は禁止されており使用するとすぐに分かるようになっている。

 ではなんだ──この自分の身体が他人のものであるような不快感は。


「殿下」

「あ、あぁ」


 考えこんでいた自分に再び告げられた自分を呼ぶ声に短く答え、レックスは令嬢に本を差し出した。


「気を付けて」

「はい、ありがとうございます」


 全く心にもない台詞言葉が次々とあふれる。


「フリンツ。令嬢を頼む」

「はっ!」


 レックスは令嬢の横から離れない自身の護衛にそう告げた。

 不快ではあるがこれまで王太子という立場から己の行動を律してきた。自身がなんの影響下にあるのかは分からないが、意志に反してこんなに自身がままならない経験は生まれてこの方初めてだ。


(おもしろい──これ以上、のまれてなるものか)


 レックスはこの意味不明の力に負けてしまった自身に対してふっと自嘲気味に笑うと生徒会役員を引き連れその場を後にした。

 令嬢が頬をピンク色に染め、本を抱きしめながらレックスの背中を見つめていたが、令嬢に全く興味のないレックスが気付くことはなかった。

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