第15話 怪物の足跡を追え!王都の地下に潜む真実

アハメス総司令官との面会後、隼人はセシャト様と共に、「知の館」の書庫に戻った。


兵士が運んできたのは、分厚い巻物の束だった。


全て、最近の怪異に関する事件報告書だという。


「ハヤト、これが、怪異が起こった場所と時刻、被害の状況だ。ファラオの命により、兵士たちが詳細に記録している」


セシャト様が、巻物の一つを広げた。


書かれているのは、日付と、場所を示す簡易的な地図、そして被害状況を示す象形文字だ。


隼人はそれらを熱心に見つめた。


「ありがとうございます!セシャト様、これを全部翻訳してくれませんか?」


「任せておけ。しかし、この文字は…一部、兵士たちの符牒も混じっているな」


セシャト様はそう言いながらも、巻物を読み解き始めた。


隼人は、セシャト様が読み上げる情報を、頭の中で整理していく。


事件が起こった日付、時間帯、場所、被害者の数、怪物の特徴、そして、兵士たちの目撃情報。


(なるほど…発生時刻は、決まって夜中から夜明け前か。場所も、港近くの倉庫街、下町の住宅地、そして、王宮に近い貴族街…と、ばらばらだな)


「壁をすり抜けて現れる」という証言は、特に気になった。


これは、従来の魔物の行動とは明らかに異なる。


魔法でしか説明できない、とこの世界の住人は考えているのだろう。


だが、科学には「壁をすり抜ける」現象は存在しない。


もし、本当に壁をすり抜けているのなら、それは次元の歪みか、あるいは物理法則を無視した現象だ。


(いや、ありえない。だとすれば、彼らが『壁をすり抜ける』と表現していることに、何か見落としがあるはずだ)


隼人は、全ての事件報告書を分析した。


だが、データが多すぎて、まだ特定のパターンは見えてこない。


詳細な地図がないことも、地理的な関連性を見出すのを難しくしていた。


「セシャト様、この事件が起こった場所を、実際に…見に行きたいです」


「危険だぞ、ハヤト。それに、痕跡など残っておらぬだろう」


セシャト様は心配そうな顔をした。


しかし、隼人の瞳は真剣だ。


「はい。でも、実際に自分の目で見て、地面や壁を調べないと、分からないことがあります!」


セシャト様は隼人の科学者としての探究心と、問題解決への情熱を理解してくれた。


彼はアハメス総司令官に連絡を取り、隼人が事件現場を調査できるよう、兵士の同行を要請した。


翌日。


隼人とケプリ、そして数人の兵士と共に、最初の事件現場へと向かった。


案内してくれるのは、ラクマットと名乗る兵士だ。


以前、港で尋問を受けた時の指揮官である。


彼は隼人のことを訝しげに見ているが、上官の命令には逆らえないようだ。


「ここが、最初の事件現場だ。倉庫の壁が壊されている」


ラクマットが指差したのは、港近くの巨大な倉庫だった。


壁の一部が大きく崩れ、内部が丸見えになっている。


「この壁は頑丈だ。だが、怪物は、まるで壁の中から現れたように、内側から破壊したのだ…」


ラクマットはそう説明した。


隼人は倉庫に近づき、崩れた壁を詳しく調べ始めた。


瓦礫をどかし、壁の構造を観察する。


泥と藁を混ぜたレンガでできており、非常に厚い。


だが、崩れた部分の断面を見ると、壁の構造に不自然な点があった。


(ん…?この部分だけ、レンガの質が違う…?)


隼人は、他の壁のレンガと、崩れた部分のレンガの色や質感、硬さを比較した。


すると、崩れた部分のレンガは、他の部分に比べて色が濃く、やや脆いように見えた。


さらに、その場所の地面を注意深く観察する。


周りの地面は乾燥して硬いのに、その壁の足元だけ、土が少し湿っぽく、僅かながら足跡のようなものが残っている。


「ケプリ、ここを…掘ってみてくれないか?」


隼人がジェスチャーで示すと、ケプリは首を傾げながらも、ナイフで土を掘り始めた。


ラクマットは「何をさせるのだ」という顔をしているが、兵士たちは何も言わない。


少し掘り進めると、地面の下から、古びた石の蓋のようなものが出てきた。


ケプリが蓋をどかすと、そこには、真っ暗な、細い穴が口を開けていた。


奥からは、生ぬるい、奇妙な匂いが漂ってくる。


「これは…下水道か…?」


隼人は思わず呟いた。


「下水道?」


ケプリが聞き返す。


隼人は、ラクマットに、その穴を指差した。


「この穴…どこに…繋がっていますか?」


ラクマットは穴を覗き込み、驚いたような顔をした。


「これは…古い水路の跡だ…こんな場所に…」


彼は知らなかったようだ。


王都タ・ゼティは、非常に古い歴史を持つ都市だ。


かつては、現在使われていない古い水路や、地下の通路などが存在するのかもしれない。


「もしかして…怪物は…この穴から…?」


隼人は、そう仮説を立てた。


壁をすり抜けたように見えたのは、実は、壁の内部や、その下の地下通路を利用して侵入し、内部から壁を破壊して現れたのではないか?


これなら、魔法探知に引っかからないのも納得がいく。


彼らは「壁をすり抜ける」のではなく、人間には知られていない、隠れた通路を使っているだけなのだ。


隼人は、ラクマットに、他の事件現場にも、同様の穴や隠れた通路がないか調べてほしいと要請した。


ラクマットは半信半疑だったが、隼人の論理的な説明(セシャト様が後で補足するだろう)と、実際に発見された穴を見て、指示を出した。


その後の調査で、驚くべき事実が判明した。


他の事件現場でも、同様の隠れた穴や、崩れかけた地下水路の入口が、次々と発見されたのだ。


「王都の地下には…知られざる…道が…」


アハメス総司令官も、この報告に驚きを隠せない。


彼らが「怪異」と呼んだ現象は、実は、人間が作った古いインフラを、魔物が利用しているだけだったのだ。


魔法でも神の力でもなく、科学的な視点と、地道な観察、そして論理的思考が、その真実を暴いた。


隼人は、ついに、王都を脅かす「怪異」の正体と、その侵入経路を突き止めたのだ。


だが、問題は、それが分かったからといって、解決するわけではない。


どうやって、これらの地下水路を塞ぎ、魔物の侵入を完全に防ぐのか?


そして、その穴の奥には、一体何が潜んでいるのか?


王都タ・ゼティの地下に広がる、知られざる迷宮。


その探索が、隼人の次の課題となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る