第11話 タ・ゼティの洗礼後!知識の探求者との出会い
魔物が去り、港の混乱が収まりつつある中、隼人とケプリは兵士たちに囲まれていた。
指揮官らしき男は、厳しい表情で隼人を見つめている。
隼人が起こした白い煙と光、そして異臭は、彼らの知る魔法や、これまでの兵士の戦い方とは明らかに違ったのだ。
ケプリが必死に、隼人がセネト村を救った賢者であること、悪い者ではないことを説明してくれているようだが、指揮官は警戒を解かない。
結局、二人はその場で簡単な尋問を受けた後、城壁の内側にある建物へと連行されることになった。
街の中は、港以上に凄かった。
石造りの巨大な建物が隙間なく立ち並び、通りは多くの人々でごった返している。
見たこともないような豪華な服を着た人々や、異国風の商人、そして厳めしい顔をした兵士たちが行き交う。
建物の壁には、色鮮やかな絵が描かれていたり、象形文字らしきものが刻まれていたりする。
科学オタクの隼人にとっては、全てが刺激的で、立ち止まってじっくり観察したい衝動に駆られるが、兵士に挟まれて歩いているため、それも叶わない。
連れて行かれたのは、城壁にほど近い、石造りの立派な建物だった。
兵士に促され、建物の中に入る。
内部は外観以上に厳かで、広い通路には柱が並び、壁には装飾が施されている。
いくつもの部屋を通り抜け、一つの部屋に通された。
そこには、重厚な木の机と椅子があり、数人の兵士が控えている。
そして、机の後ろに、一人の男が座っていた。
四十代くらいだろうか。
引き締まった顔立ちで、鋭い目つきをしている。
高価そうな麻の服を着ており、腰には装飾の施された短剣を佩いていた。
彼こそが、この建物の、あるいはタ・ゼティの兵を率いる、高位の人物なのだろう。
男は隼人とケプリをじっと見つめ、低い声で何かを言った。
その威圧感に、ケプリも少し緊張しているようだ。
簡単な尋問が始まった。
ケプリが知っている限りの言葉とジェスチャーで、二人の素性や、タ・ゼティに来た理由、そして港で起きたことについて説明する。
男は時折頷きながら、特に港での魔物への対処法について、詳しく尋ねているようだった。
「あの…煙と…光…どうやった?」
男はジェスチャーで、爆発のような様子を真似して見せた。
隼人は困った。
「あれは…『カガク』です…」
そう言って、地面に簡単な図を描き始めた。
物質Aと物質Bが反応して、物質Cとエネルギー(光と熱と煙)が生まれる…という、超単純化した化学反応のイメージ図だ。
男は隼人の描いた図を見て、首を傾げた。
「カガク…?それは…新しい『マホウ』か?」
やはりそう来るか!
隼人は首を横に振り、魔法ではないことを強調した。
魔力を込めるわけでもないし、特定の呪文を唱えるわけでもない。
「マホウ…違う…モノ…が…アツい…煙…になる…」
言葉とジェスチャーで、燃焼や化学変化の原理を伝えようと試みる。
しかし、男は混乱しているようだ。
彼にとって、理解できない現象は「魔法」に分類されるのだろう。
男は何度か質問を繰り返したが、隼人の説明は彼の知識体系とは相容れないものだった。
やがて、男は考えるように顎に手をやり、控えていた兵士たちに何か指示を出した。
兵士の一人が部屋を出ていった。
待っている間、隼人は部屋の中を観察した。
壁には地図らしきものがかかっている。
タ・ゼティとその周辺の川やオアシスが描かれているようだ。
この世界の地理について、もっと詳しく知りたい。
しばらくして、部屋を出ていった兵士が、一人の老人を連れて戻ってきた。
老人は、兵士とは違い、シンプルな麻のローブのようなものを着ており、手にはパピルスらしき巻物を持っている。
その顔には深い皺が刻まれているが、目は非常に知的で、好奇心に満ちている。
「この方に、話を聞いてもらえ」
男は老人を紹介した(ケプリがそう教えてくれた)。
老人は、隼人の前に立つと、興味深そうに彼を見つめた。
そして、少しだけ、隼人にも聞き取れる馴染みのある響きの言葉で話しかけてきた。
「星…見て…来たのか?」
「えっ!?」
隼人は驚いた。
この言葉は、アメン老人が使っていた言葉に似ている!
もしかして、この老人は、アメン老人の知人か、同じような知識を持つ者なのだろうか?
「あ…星…見ます!遠い…世界…から…来ました!」
隼人は、アメン老人と星の絵を描いてコミュニケーションを取ったことを思い出し、覚えている限りの言葉とジェスチャーで、自分が別の世界から来たこと、そして星の知識を持っていることを伝えた。
老人の目が輝いた。
彼は、アメン老人の描いた星の図をどこかで見たことがあるのかもしれない。
老人は「フム、フム」と頷きながら、隼人の話を熱心に聞き始めた。
彼の言葉は、先ほどの指揮官よりも分かりやすい。
どうやら、この老人は、この世界の「知識」や「学問」に関わる人物らしい。
彼は、隼人の「カガク」について、より突っ込んだ質問をしてきた。
港で使った粉と油について。
テコの原理や滑車について。
水を煮沸することの意味について。
隼人は、持っていたペン(日本から持ってきた、なぜか無事だった数少ない物の一つだ)で、パピルスに簡単な図や数式(この世界の文字体系が分からないので、知っている記号や数字を使うしかないが)を描きながら説明した。
原子や分子の概念。
力の釣り合い。
熱と物質の状態変化。
もちろん、老人が全てを理解できたわけではないだろう。
しかし、彼の目は、隼人の話す「カガク」という未知の概念に、純粋な探究心を燃やしていた。
「面白い…これは…我々の『知識』とは…違う…しかし…真理の片鱗を…感じる…」
老人は興奮した様子で呟いた。
彼の名は「セシャト」。
知識と記録を司る神と同じ名前だ。
彼は、タ・ゼティにある「知の館」と呼ばれる場所で、古今の知識を研究している学者だという。
セシャト様は、隼人の「カガク」が、この世界の「マホウ」とは全く異なる原理に基づいていることを理解し始めたようだ。
そして、それが、世界を理解するための、別の道である可能性に気づいた。
指揮官の男は、セシャト様が隼人にこれほど興味を示していることに驚いている。
セシャト様は指揮官に何かを話した。
指揮官は渋々といった様子だったが、セシャト様の言葉を受け入れたようだ。
セシャト様は隼人に、ケプリを指差しながら言った。
「貴方たちの身柄は…私が預かる。私と共に…『知の館』に来るのだ」
タ・ゼティ到着後、いきなり連行されるという波乱の幕開けだったが、隼人は最悪の事態(投獄など)は免れたらしい。
しかも、「知の館」!
学問の府だ!
科学オタクとしては、こんなにワクワクする展開はない!
「行く!行きます!」
隼人は日本語で叫びながら、力強く頷いた。
ケプリは状況を全て理解できていないようだが、隼人の嬉しそうな様子と、セシャト様の穏やかな雰囲気を見て、安堵したようだ。
こうして、隼人とケプリは、タ・ゼティを統べる兵士の尋問室から、この世界の知の中心へと、その身を移すことになった。
王都の喧騒、魔物の脅威、絶対的な権力者ファラオ、そして神秘の魔法使い。
全てを知るための鍵は、もしかしたら、この「知の館」にあるのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます