第4話 旅立ちの朝、科学と共に未知へ!
セネト村での日々は、隼人にとって驚きと発見の連続だった。魔物を退けてからというもの、村人たちの隼人への態度は尊敬と親愛に満ちたものになった。もはや「不思議な力を持つ旅人」ではなく、「セネト村の大事な仲間」として扱われているのを感じる。
朝、井戸に行くと、女性たちが楽しそうにてこの原理を使った釣瓶を使っている姿が見えた。以前のように重労働に喘ぐ姿はない。広場のゴミ山も小さくなり、村の外にきちんと埋められるようになった。子供たちは、隼人が地面に描いた太陽の光を集める実験跡や、簡単な滑車のおもちゃで遊んでいる。
小さな変化だけれど、確かに隼人の科学知識がこの村の生活をより豊かにしている。それが、何よりも隼人の心を温かくした。
言葉の壁も、少しずつだが低くなってきた。アメン老人が根気強く教えてくれるおかげだ。
「ハヤト、これは、『ミズ』」
アメンは水差しを指差して言った。
「ミズ」
隼人は繰り返す。
「よし。じゃあこれは?」
今度はパンのようなものを指差す。
「…『パン』?」
思わず日本語で言ってしまった。
「パン?」アメンは首を傾げる。「それは『タム』だ」
「タム…」
「そうだ。よくできた」
たった二言三言のやり取りだけれど、これが嬉しい。語彙はまだ少ないが、アメンとは簡単な意思疎通ができるようになってきた。村の他の人々とも、ジェスチャーや片言の単語で笑い合うことができる。
科学知識の応用も、さらに進めた。
この村では、硬い穀物を石臼ですり潰して粉にしているのだが、これがまた時間がかかる重労働だった。隼人は、もっと効率的な方法はないかと考えた。
「アメンさん、あの…これ…」
隼人は、村で一番力持ちだという若者、ケプリという男を借りて、ある実験を見せた。
彼は、比較的平らな岩の上に、少し小さめの丸い石を置いた。そして、その石の中心に棒を差し込み、ケプリに棒を回してもらった。
「??」
ケプリは何をするんだ?という顔をしている。
隼人は、平らな岩と丸い石の間に、乾燥した草の種子を少しだけ乗せた。
ケプリが石を回すと、下の平らな岩との間で種子がすり潰されていく。
「おお!」
単純なことだが、これは粉をすり潰す作業のスピードを格段に上げる「回転式の石臼」の原理だ。従来の「すり臼」(石の上で石を押し潰す)よりも効率が良い。
ケプリはすぐにその便利さに気づき、目を輝かせた。
「これはすごい!力もあまりいらない!」
アメンや他の村人たちも集まってきて、その光景に驚きの声を上げた。ケプリは筋肉隆々だが、いつも穀物すり潰しに苦労していたのだ。
隼人はジェスチャーと片言の言葉で「もっと…早く…タム…作る…」と説明した。
ケプリと村の石工たちが協力して、本格的な回転式石臼を作る作業が始まった。ケプリは隼人の「弟子」を自称するようになり、彼の周りをうろうろするようになった。
「ハヤト様!次はどんな不思議を見せてくれるんですか!?」
ケプリは純粋な好奇心で隼人に懐いてくれた。言語学習の良い相手にもなる。
村での生活は、日に日に快適になっていく。隼人は、自分の知識が確かに「楽園」への第一歩を築いている手応えを感じていた。
しかし、隼人の心の中には、常に外の世界への想いがあった。あの魔物はどこから来たのか?この広大な砂漠のどこかに、故郷に帰る手がかりはないのか?そして、遠くに見えるあの巨大なピラミッドには、一体どんな秘密が隠されているのか?
セネト村は安住の地だが、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
ある日の夜、アメンと二人きりになった時、隼人は覚えたての言葉とジェスチャーを駆使して、自分の考えを伝えた。
「アメンさん…この村…好き…でも…」
「でも?」
「もっと…違う…場所…知りたい…あの…大きい…石…(ピラミッドを指差す)」
アメンは隼人の言葉を理解したようだ。彼の表情が、少し厳しくなった。
「あの『大きい石』は…神聖な場所だ。そして…遠い。砂漠は…広い。危険だ」
危険を知らせるジェスチャーを交えながら、アメンは諭すように言った。彼は隼人がセネト村に留まってくれることを望んでいるのだろう。
「知ってる…危険…でも…行きたい…魔物…どこ?…俺の…村…どこ?…」
隼人は、切実な思いをアメンにぶつけた。魔物の正体を知りたい好奇心、そして何より、故郷に帰りたいという強い願い。
アメンは黙って隼人の目を見つめた。隼人の真剣な瞳の奥に、揺るぎない決意が宿っていることを感じ取ったのだろう。
長い沈黙の後、アメンはため息をつき、ゆっくりと頷いた。
「…分かった。だが…一人では危険すぎる」
そして、アメンは砂の上にこの世界の簡単な地図を描き始めた。セネト村の位置、魔物が出た場所、そして、もっと大きな集落や、あのピラミッドらしき場所。線と点で描かれた、隼人にとっては非常に原始的な地図だったが、この世界の広がりを示していた。
「あの『大きい石』に行くには…まず、『緑のオアシス』を目指す…そこから…『川』に沿って…いくつか村や…町…」
アメンは、知っている限りの地理情報を隼人に教えてくれた。この世界の大きな川(おそらくナイル川のようなもの)が文明の中心であること、その川沿いに大きな町があること、そしてピラミッドは、その町の近くにある神聖な場所らしいことなどが、断片的な言葉とジェスチャーから伝わってきた。
そして、アメンは言った。
「旅には…案内人が必要だ。砂漠を知っている者。ケプリ…どうだ?」
ケプリ!あの力持ちで、俺の科学に興味津々な若者か!
「ケプリ…一緒に…?」
「ああ。彼は…力がある。そして…ハヤトを…信頼している」
アメンの提案は、隼人にとって願ってもないものだった。一人で出発するよりも、この世界のことを知っているケプリが一緒なら、ずっと安全だし、言葉の壁もケプリを介せば少しはマシになるかもしれない。
もちろん、ケプリが危険な旅に同行してくれるかは分からない。だが、アメンが話を通してくれれば可能性はある。
隼人の胸に、新たな冒険への期待と、少しの不安が湧き上がってきた。
旅立ちの準備が始まった。アメンと村人たちは、隼人のために水筒(動物の皮で作られたもの)や、干し肉、ナツメヤシの実といった保存食を用意してくれた。ケプリも、アメンから話を聞いて、二つ返事で同行を申し出てくれたという。彼は目を輝かせながら、隼人に「ハヤト様の科学をもっと見たい!」と言ってきた。
隼人は、日本から持ってきたライターを carefully ポッケにしまい込んだ。これが、彼の持つ唯一のハイテク機器だ。他に何か使えるものはないか考えたが、爆発でほとんどのものは失われたらしい。学生服と下着、そしてライターくらいしか残っていなかった。
あとは、自分の頭脳と、この世界の知識だけだ。
そして、旅立ちの朝が来た。
セネト村の入り口には、アメンをはじめ、多くの村人たちが集まって見送りに来てくれていた。
ケプリは、ラクダに荷物を乗せて準備万端だ。駱駝に乗るのは初めてだが、ケプリが乗り方を教えてくれるらしい。
「アメンさん…村のみんな…ありがとう!」
隼人は、覚えたての言葉で精一杯感謝を伝えた。
アメンは、隼人の手を握り、深々と頭を下げた。
「ハヤトよ…気をつけて。この砂漠は…厳しい。そして…また…帰ってきてほしい」
言葉の壁を超えた、温かい別れの言葉だった。
村人たちは、隼人の名前を呼び、手を振ってくれた。まるで、昔からの友人を見送るかのようだ。
隼人は胸が熱くなるのを感じながら、彼らに手を振り返した。セヤネト村は、俺の異世界での最初の故郷だ。必ず、成長して戻ってくる!
ケプリがラクダを促す。隼人も慣れない手つきでラクダに跨った。揺れる乗り心地に少し戸惑う。
太陽が昇り始め、砂漠が黄金色に輝く。
セネト村を背に、隼人とケプリ、そしてラクダは、広大な砂漠へと一歩を踏み出した。
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