第35話 冬の始まり


「そのレストランは、どんなお店?」


「あの町では一、二を争う評判の良い店ですよ。やや高級向けですが、庶民も記念日などに背伸びして利用しています」


「いいわね。今年はその店を中心に売りましょう」


 ここでクロエは少し考えた。彼女自身がもう一度町に赴いて、アピールをするべきか? 追放された王女で、荒れ地を変えつつある領主。インパクトは抜群だろう。

 だが、思い直して首を振った。今すぐ注目を集めすぎるのは得策ではない。何せ売るものもなければ、人を受け入れる基盤もないのだ。噂を広める程度に留めるのが得策だろう。


 こうして話し合いはまとまった。

 フリオは荷馬車にいくばくかの祝福野菜と、普通の作物を載せて帰っていった。







 荒れ地の秋はどんどん深まって、とうとう冬がやって来た。

 吹きすさぶ風は冷たくて、家の中にいても凍えそうだ。元々が粗末な家なので、いくら修繕をしても隙間風がひどかった。


 北の牧草地もさすがに寒さに勝てず、草は枯れかけている。そこでクロエは改めて村の東側の畑に草を生やした。どういうわけかこの畑の土は凍りにくく、冬でも草を生やせるのである。

 魔牛と魔羊たちを村の近くに移したため、アオルシら遊牧民も住居を運んできた。旅暮らしの遊牧民の家なので、解体して移動できるようになっている。枠組みは木で、周りを布で覆う。今は冬用にあつらえた分厚い羊毛の布でしっかりと覆って、保温性もばっちりだ。

 天幕の中央にはかまどを兼ねたストーブが据えられており、高い煙突が天幕の外まで伸びている。おかげで換気も問題なかった。


「秋のうちに父さんと一度会う予定だったんだけど、来ないんだよ。何かトラブルがあったのかもしれない」


 アオルシが困った顔をしている。

 村の移転計画に伴い、遊牧民から天幕をいくつか譲り受ける話が出ていた。対価は魔牛スラビーのつがい。魔牛は今まで誰も飼い慣らせなかった魔物なので、その価値はとても高い。アオルシが言うには、天幕三軒分になるのではないかということだった。

 天幕が三軒あれば、十八人から二十人の村人の住まいを確保できる。五十五人の村人の三分の一以上に当たる。

 他にも今の村にはいくらかの現金と作物がある。数頭の魔羊を譲り受けたり、物資と交換もできるかもしれない。

 だからクロエも族長の訪れを期待していたのだが……。


「族長とあなたの一族は、荒れ地の旅のベテランでしょう。何も問題なんか起きっこないわよ」


「うん。そうだよね」


「めぇ」


 アオルシは頷いて、魔羊のたっぷりとした毛を撫でていた。







 本格的な冬が始まった。

 ちらちらと降る雪は薄っすらと地面を覆って、土を凍らせてしまう。

 唯一凍らない東の畑では、魔牛と魔羊たちが身を寄せ合って温まっている。彼らは種族の壁を超えて、すっかり仲良くなった。地面に腹をつけて寝そべる牛の周辺にもこもこの毛の羊が群がっている様子は、いかにも暖かそうだった。


 雪が降ると農作業はもうできない。

 村人たちは家に閉じこもりがちになる。去年までのように飢える心配はないものの、どうにも気分が塞いでいた。


「小人閑居して不善を為すじゃないけど、暇なのは良くないわね」


 村長の家を訪れて、クロエは腕を組んだ。村長は苦笑している。


「冬は仕方ねえだろ。何かいいアイディアでもあるのか?」


「もちろん。さあ、村人を集めて。会議といこうじゃないの」


 とはいえ、貧しいこの村に村人全員が集まれるような大きな建物はない。一番大きな家はアオルシの遊牧民の天幕だ。それでも十数人が集まると一杯になってしまったが、後で情報共有することにして、『会議』は開始された。


「来年以降の戦略が議題よ」


 クロエが口火を切った。技師が質問する。


「来年は北の牧草地を畑として耕すのでは? クロエ様の力で草地を増やして、魔牛と魔羊を放牧して、二圃制にほせいないし三圃制にする予定だったと思っていたのですが」


 二圃制は畑を二つ作って、一年毎に耕作地と休耕地にする農法だ。三圃制なら畑は三つになる。休耕することで土地の養分を回復し、輪作障害を防ぐ効果がある。


「ええ、それはそう。今年終わらなかった灌漑かんがい工事を進めて、広い畑を効率よく耕せるようにしなくてはね。でも今日はちょっと違う話なの。この村の収入をアップさせる名物を考えたいわけ」


「名物?」


 村人たちはきょとんとした顔になった。クロエは続ける。


「祝福野菜はいい値段で売れたけど、それ以外の普通の作物は大した儲けにはならなかったでしょう。畑を広げれば安定した生産が見込める。少なくとも、もう飢えに怯える必要はない。だったら野菜を出荷して儲けたいけれど、イマイチ割に合わないのよね、あの値段じゃ」


「だが、祝福野菜ならかなりの高値じゃないか。種を取れば祝福の割合が増える。それで十分では?」


 村長が反論するが、クロエは首を振った。


「祝福野菜は、目論見通りに増えるかまだ不透明よ。それにたとえ祝福野菜の生産がしっかりできたとしても、野菜のまま出荷するだけではちょっとつまらないわ」


「……というと?」


「付加価値を付けるのよ!」


 クロエは胸を反らした。


「日持ちする料理にすれば、傷みやすい野菜でも遠くまで運んでいける。この村で取れる作物を組み合わせた料理でもいいわね。料理に限らず他の加工品でもいいわ。ほら、前に塩生植物で魔牛のバター石鹸を作る話があったでしょ。ああいうやつよ。どう?」


「どうって言われても……?」

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