第4話

「失礼いたしますわ。どなた?」


午前の光が差し込むころ、小屋の前に立つ影を見つけて、わたくしはそう声をかけました。すると、やや低めの声で返事が返ってまいりましたの。


「突然すまない。ここで……茶を振る舞っていると聞いて来た」


「まあ、噂が広がるのは早いものですわね。どちら様かしら?」


「旅の騎士だ。名乗るほどの者じゃないが、近くの村で聞いてな。身体の芯まで温まる茶があると」


「ふふ、それは少々誇張が入っている気もいたしますけれど、あなたのような方には合うものがございますかもしれませんわ」


扉を開けて招き入れると、そこには鋼の鎧を身につけた男が立っておりました。とはいえ、肩のあたりの傷や擦れから察するに、すでに幾度か戦いを潜ってきた風情でした。


「ここが……香草の小屋、か」


「そう呼ばれておりますの? ずいぶん詩的な通称ですこと」


「村の子どもが言ってた。あそこに行けば、身体も心も軽くなる、と」


「子どもたち……ええ、心当たりがございますわ」


わたくしは席を勧め、ゆったりとしたカップをひとつ生成しました。香草棚から摘んだばかりのセージとローズマリー、それにジンジャーを少し添えて、お湯に注ぎました。


「本日は、戦のあとにふさわしい調合をいたしましたわ。筋肉の緊張を解き、巡りを促す一杯でございます」


「……ありがたい」


男はカップを手に取り、一口、含みました。すると、わずかに目を見開き、次の瞬間には深く息を吐きましたの。


「……なんだ、これは」


「口に合いませんでしたか?」


「いや……いや、違う。こんなに優しい味があるのか。温かいというより、包まれるような……」


「ふふ、それは嬉しゅうございます。あなたの疲れが、少しでも癒えましたのなら」


「……このお茶、俺にはもったいないな」


「そんなことはございませんわ。頑張って戦った方が、一杯を楽しむ権利を持っておりますもの」


「……あんた、妙に貴族みたいな物言いだな」


「まあ、偶然にもそのような教育は受けてきましたの」


「なるほどな……納得だ」


彼の目は、どこか遠くを見ておりました。戦場の記憶か、過去の喪失か。何れにせよ、わたくしはそれを詮索するつもりはありません。わたくしにできるのは、一杯の紅茶と香草で、今のその方を包むことだけですもの。


「……甘い匂いもする。これは……ハチミツか?」


「少々加えておりますわ。癒しの力を強めるために。戦いに疲れた方には、ほんの少しの糖分が必要ですの」


「……やけに詳しいな」


「わたくし、香草とお茶には少々うるさいのですわ」


「ふふ……そりゃ、助かる。最近はどんな回復薬よりも、こういうものの方が身に沁みる」


「あなたのような方こそ、香りと温もりの効果に頼るべきですわ。それは、剣では癒せない傷にも届きますもの」


「……なるほど、そうかもな」


男は黙って、残りのお茶を静かに飲み干しましたの。そして、カップを置くと、ふと目を伏せてつぶやきました。


「実はな、仲間を一人、失ったばかりなんだ。昨日だ。まだ遺体すら戻ってきていない」


「まあ……それは、おつらいことでしょう」


「……正直、何も感じたくなかった。怒りも悲しみも。ただ、無言で前に進んでいたかった」


「ですが、いま、あなたはわたくしの香りに包まれて、その想いを語っていらっしゃる」


「……ああ。語らせる香りだな、これは」


「わたくしの調合は、心を開くための手助けにもなりますの。無理やりではありませんわ。ただ、優しく、そっと」


「不思議なものだ。まるで、亡くなった仲間に話しかけているみたいだ」


「それは、あなたの心がまだ、語りかける場所を探していらっしゃるということ。ならば、この場がお役に立てたのなら光栄ですわ」


「……感謝する。礼をしたい。金ではない、何か……」


「お気持ちだけで、十分ですわ」


「それでは……この剣を一振り、磨いてもいいか? 礼のつもりで」


「ふふ、それは面白い提案ですわね。お茶を淹れた礼に、剣を磨いていただくとは」


「昔、鍛冶屋だったんだ。手入れくらいはできる。あんたの小屋を守る剣になればいい」


「では、そのお申し出、ありがたく頂戴いたしますわ」


男はゆっくりと腰を上げ、腰の剣を抜き取り、丁寧に布で拭き上げはじめましたの。道具を慈しむ手つきは、まるで供養のようでもありましたわ。


「……アナさまって、ほんとにただ者じゃないよな」


「まあ、それほどでもありませんわ。ただの、紅茶と香草を嗜む女ですの」


「それが、いちばん強いってやつかもな……」


「ふふ、それは買いかぶりすぎですわ」


「いや、本当に。……また、来ていいか?」


「もちろん。あなたのような方なら、いつでも歓迎いたしますわ」


「……じゃあ、次は、仲間の分も持ってくる。今度は四人だ」


「ふふ、となるとティーカップが足りませんわね。追加の準備をいたしておきますわ」


「じゃあ、またな」


「ごきげんよう。次の香りをご用意してお待ちしておりますわ」


男は小屋を後にし、森の小道を静かに歩き去っていきましたの。わたくしはまだ温かいポットの残りを注ぎながら、空になったカップを並べて、ひとり言のように囁きましたの。


「香りで救える心も、確かにございますのね」

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