第十三話:魂鎖解析
英雄の魂が残した謎の言葉と、カイ自身の過去のトラウマが重くのしかかる中、三人は再び刻印の塔を目指して歩き始めた。古戦場の霧はいくらか晴れたものの、世界全体を覆う魂の霧の気配は依然として濃厚だった。カイは寡黙になり、時折苦悶の表情を浮かべている。ノアはそんなカイを心配そうに見守り、リリアンは携帯型の観測装置に記録されたデータを分析することに没頭していた。
しばらく進んだ野営地で、リリアンが不意に顔を上げた。その紫色の瞳には、新たな発見に対する興奮と、ある種の戦慄が入り混じっているように見えた。
「…ヴァルデン殿、ノア。極めて重大な、そして憂慮すべきパターンを発見しました」リリアンは、手にした観測装置の表示を二人に見せるように差し出した。「これは、先ほどの古戦場で観測された残留思念のエネルギーパターンと、以前、疫病村で遭遇した幼子の魂、そして汚染された泉で検出された異常なアニマ・エネルギーの干渉痕跡を比較分析した結果です。これらの異なる場所、異なる状況で観測された現象の中に、極めて類似した特異な『周波数』あるいは『エネルギー署名』とでも言うべきものが共通して検出されたのです。それは 마치…魂に打ち込まれた楔、あるいは焼き付けられた印のようです」
「印…だと? 魂に印を刻むなど、一体どういうことだ、魔術師殿!」カイが鋭く問い返す。その声には、不吉な予感に駆られたかのような焦りが滲んでいた。
「ええ」リリアンは重々しく頷いた。「私の新たな仮説ですが、特定の条件下で、魂が何らかの強力な外部エネルギー、あるいは情報パターンによって『刻印』され、特定の記憶や強烈な感情に縛り付けられるのではないでしょうか。その結果、魂はアニマ・フリューイダへの正常な循環から逸脱し、同じ時間軸や感情を延々とループする…あるいは、異形へと変質する。古戦場の兵士たちも、疫病村の幼子も、そして森の異形も、この『魂の刻印』の犠牲者である可能性があります。彼らの苦しみは、単なる未練やトラウマではなく、外部から強制された『呪い』に近いものなのかもしれません」
「刻印…? それは、魂たちが自由になれないようにする、悪い魔法みたいなものなの? だから、みんなあんなに苦しんでたの…?」ノアは小さな声で震えながら尋ねた。その美しい顔は恐怖に引きつっている。「そんな…そんな酷いことができるの…? 誰が、何のために…?」
「『悪い魔法』という表現は非科学的ですが、結果として魂の自由を著しく制限し、多大な苦痛を与えていることは否定できません」リリアンは頷いた。「そして、最も懸念すべきは、この『刻印』のエネルギーパターンが、微弱ながらも、常にあの『刻印の塔』の方角から放射されている、という観測結果です。その放射は、魂の霧の濃度と同期して変動しているようにも見受けられます」
その言葉に、カイとノアは息をのんだ。カイの顔からは血の気が失せ、ノアは両手で口を覆った。
「刻印の塔が…魂に印を刻んでいるというのか!?」カイの声は、怒りと、そして信じられないという絶望に震えていた。「あの英雄の魂が言っていた『偽りの救済』とは、このことだったのか…!? 塔は魂を救うどころか、苦しみの鎖で縛り付け、弄んでいるというのか!? そんなことが…そんなことが許されていいはずがない!」
「それはまだ仮説の段階です、ヴァルデン殿」リリアンは冷静に訂正したが、その声にも微かな緊張が感じられた。「しかし、状況証拠は揃いつつあります。『刻印の塔』という名称そのものが、その機能を示唆しているのかもしれません。もし塔が、何らかの目的で魂を選別し、『刻印』を施し、アニマ・フリューイダの流れを人為的に操作しているのだとしたら…それは、我々がこれまで信じてきた魂の循環という概念そのものを覆す、恐るべき真実です。そして、その目的が、我々の理解を超えるほど邪悪なものだとしたら…」
「そんな…そんなことが…」カイは言葉を失い、拳を固く握りしめた。「もしそれが真実なら、俺たちがこれまで行ってきた弔いや祈りは、一体何だったのだ? 聖職者たちの教えも、古からの伝承も、全ては塔によって仕組まれた欺瞞だったというのか…? 俺は…俺は、一体何を信じて戦ってきたのだ…!」彼の信念が、音を立てて崩れ落ちていくのが見て取れた。
「茶番かどうかは、さらなる調査を待たねば判断できません」リリアンは続けた。その瞳には、未知への探求心と、ある種の危険な好奇心、そして僅かながら、この恐るべき仮説に対する興奮が宿っていた。「しかし、もし塔がそのような機能を有しているのであれば、その目的は何なのか? 誰が、何のために、そのようなシステムを構築したのか? そして、魂の霧の発生は、そのシステムの暴走なのか、それとも意図的な作動なのか…? 解明すべき謎は山積みです。そして、もしこの『刻印』の技術を解明し、逆用できれば…あるいは、魂を意のままに制御し、死すらも克服する道が開けるかもしれませんよ?」
「なっ…!?」カイはリリアンの最後の言葉に、愕然とした表情を浮かべた。「魔術師殿、貴女は…この恐ろしい状況を前にして、なおもそんなことを考えているのか!? 魂を制御し、死を克服するだと? それは、塔が行っているかもしれない冒涜的な行為を、今度は貴女自身が繰り返すというのか!?」
ノアは、二人の激しい議論を聞きながら、青ざめた顔で俯いていた。「刻印…もし、僕が聞いてる魂たちの声も、その『刻印』のせいだとしたら…? 僕が感じてる悲しみや苦しみも、誰かが作り出したものだとしたら…?」彼女の声は震えていた。「そんなの…あんまりだよ…魂たちは、物じゃないのに…自由に感じたり、考えたりしちゃいけないの…? もし塔がそんなことをしてるなら…僕は、絶対に許せない…!」その小さな体から、これまで見せたことのないような、強い怒りの感情が発せられた。
リリアンは、ノアの意外な反応にわずかに目を見張ったが、すぐにカイに向き直った。「ヴァルデン殿、私は冒涜を繰り返すつもりはありません。ただ、現象を理解し、その法則性を明らかにしたいだけです。そして、もし既存のシステムが魂に苦痛を与えているのなら、それを正す手段を講じるのが、知性を持つ者の責務だと考えます。その過程で、新たな可能性が見出せるのであれば、それを探求することに何の問題があるというのですか? あなたは、ただ現状を嘆き、過去の信仰にしがみついているだけで、本当に魂たちを救えるとお思いですか?」
「信仰を…侮辱するな!」カイは叫んだ。「俺が信じるのは、人の心の善性であり、魂の尊厳だ! それを『刻印』などという機械的な力で縛り付け、弄ぶなど、断じて許されることではない! たとえそれが塔の仕業であろうと、貴女の野心であろうと、俺はこの剣にかけて、それを阻止する!」
魂に刻まれるという「刻印」。
その恐るべき仮説は、三人の心に深い衝撃と、そして決して交わることのない思想の断絶を刻み付けた。
刻印の塔の謎は、もはや単なる知的好奇心の対象ではなく、世界の魂たちの運命、そして彼ら自身の存在意義を左右する、重大な問題として彼らの前に立ちはだかろうとしていた。
リリアンの冷徹な探求心、カイの打ち砕かれた信念、そしてノアの純粋な怒り。
彼らの禁忌の議論は、互いの魂の最も深い部分を抉りながら、さらに危険な領域へと踏み込んでいく――。この仮説が真実ならば、彼らの旅は、もはや後戻りの許されないものとなるだろう。
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