第五話:三様救道
幼子の魂を前に、リリアン、カイ、ノアの三者の意見は平行線を辿っていた。言葉だけでは埒が明かないと判断したのか、あるいは自らの主張の正しさを証明するためか、彼らはそれぞれ、自らの信じる「救済の道」を実践しようと動き始めた。
「ヴァルデン殿、あなたの言う『自然な解放』とやらが、この子の魂に何をもたらすのか、興味深く拝見させていただきます」リリアンはカイにそう言い放つと、ノアの隣に膝をつき、懐から取り出した小型のアニマテック観測装置を慎重に起動させた。装置からは微かな駆動音と共に、淡い光が放たれ、幼子の魂とその手に握られた木の鳥の玩具に向けられる。「私はまず、この子の魂の残留パターンと、執着の対象となっている遺物とのエネルギー的結合を解析します。魂の不安定性の原因を特定できれば、ピンポイントでのアニマ励起制御による安定化、あるいは意識のデジタルアーカイブ化も視野に入れられるでしょう。それが、この子の『個』を可能な限り尊重する、最も合理的なアプローチです」
その言葉と行動に、カイは眉間の皺を一層深くした。「魔術師殿、それは魂の『解剖』に他ならん! 幼子の魂を、冷たい機械で弄ぶなど、断じて許されることではない!」彼はリリアンの側から数歩離れ、亡くなった母子の亡骸の傍らに静かに膝をつくと、目を閉じ、深く息を吸い込んだ。そして、厳かで、しかしどこか物悲しい旋律の古い祈りの言葉を紡ぎ始めた。それは、彼が騎士団で学んだ、戦場で散った仲間たちの魂を弔うための鎮魂の儀式だった。「アニマ・フリューイダよ、大いなる母なる流れよ。この幼き魂と、その母の魂を、あなたの広大なる腕(かいな)に抱き、安らぎの地へと導き給え…」カイの声は、酒場での荒々しさとは裏腹に、魂に染み入るような深い響きを持っていた。彼の祈りに呼応するかのように、部屋を満たす魂の霧が、わずかに揺らめいたように見えた。
ノアは、リリアンの装置が放つ光と、カイの祈りの言葉が響く中で、ただじっと幼子の魂を見つめ続けていた。彼女の大きな灰色の瞳は、まるで魂そのものと会話しているかのように、微かに揺れている。「…聞こえる…あなたの声…」ノアはそっと呟くと、震える手をゆっくりと幼子の魂に近づけた。「寂しかったんだね…ずっと、ずっと、お母さんと一緒にいたかったんだね…この鳥さんと、たくさん遊んだんだね…」彼女の指先が魂に触れるか触れないかの距離まで近づいた瞬間、リリアンの観測装置が甲高い警告音を発した。
「!」リリアンは眉をひそめ、装置の表示を凝視する。「…異常なアニマ・パルスを検知。魂のエネルギーパターンが急速に不安定化しています! ノア、あなた、何をしたのですか!?」
カイも祈りを中断し、目を見開いてノアと幼子の魂を見た。幼子の魂は、先ほどよりも激しく揺らめき始め、その光は明滅を繰り返している。そして、その小さな魂から、言葉にならない、しかし明確な「拒絶」と「恐怖」の感情が、ノアを通じて二人に伝わってきた。
「違う…! 僕は何も…!」ノアは怯えたように後ずさった。「この子が…この子が、怖がってる…! リリアンさんの機械も、カイさんの祈りも…どっちも、この子をどこかへ連れて行こうとしてるって…だから、嫌だって…!」
「馬鹿な!」リリアンは吐き捨てるように言った。「恐怖だと? それは魂が不安定な状態にあるが故の、原始的な反応に過ぎない。私の目的は、その不安定さを取り除き、論理的な安定軌道に乗せることだ。感情的な『嫌だ』という反応を鵜呑みにして、科学的アプローチを放棄するのは非合理的極まりない。そもそも、この子の魂が真に『望む』ものなど、どうやって客観的に証明できるというのだ? ノア、あなたのその感受性は興味深いが、それはあくまで主観的な解釈の域を出ない」
「主観だと!?」カイは立ち上がり、リリアンの前に立ちはだかった。「魔術師殿、貴女は魂をまるで機械の部品か何かのようにしか見ていないのか! ノアの言葉は、この子の魂が発する純粋な叫びだ! それを『原始的な反応』などと切り捨てるのは、貴女自身の心が凍てついている証拠ではないか! 我々がすべきは、まずその恐怖を取り除くことだ。力ずくの『安定化』や、一方的な『解放』ではなく、この子の魂が本当に安らげる道を探ることこそが、真の救済ではないのか!」
リリアンは冷ややかにカイを見据えた。「ヴァルデン殿、あなたの言う『安らげる道』とは、具体的に何を指すのですか? 感情論に終始し、具体的な解決策を提示できないのであれば、それは単なる理想論に過ぎません。私は、観測可能なデータと再現性のある技術によって、この子の魂がこれ以上苦しまないための現実的な手段を講じようとしているのです。あなたの言う『祈り』が、この子の恐怖を具体的にどう取り除けるのですか? その効果を客観的に示すことはできますか?」
「祈りは…魂との対話だ。力ではない、心で寄り添うことだ」カイは言葉に詰まりながらも、必死に反論する。「確かに、目に見える効果はすぐには現れんかもしれん。だが、それは魂という存在の深遠さを理解していない貴女には分かるまい! 機械的な介入こそが、魂の繊細な構造を破壊し、取り返しのつかない結果を招くのではないか!」
幼子の魂は、まるで二人の激しい議論に呼応するかのように、さらに激しく明滅し、その手に握られた木の鳥の玩具から、ピシ、ピシ、と微かな、しかし確かな亀裂音が響いた。
ノアは、その亀裂音にハッとして叫んだ。「あ…!鳥さんが…! この子の…大切なものが…!」
三者三様の「救済の道」は、幼子の魂に安らぎをもたらすどころか、新たな混乱と、そして予期せぬ現象を引き起こそうとしていた。
この村の静寂は、破られようとしているのかもしれない――魂たちの、本当の叫びによって。
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