第三話:疫村静寂

夜明けと共に、三人は宿を発った。魂の霧は依然として晴れることなく、むしろ夜の間にその濃度を増したかのように、視界を白く染めている。カイの案内で、彼らは街道を外れ、獣道に近いような細い道を進んでいた。目的地は、彼がかつて噂で聞いたという、魂の霧が特に濃く、疫病で全滅したとされる村だ。


数時間後、彼らの前に、その村は現れた。まるで世界から忘れ去られたかのように、深い静寂に包まれている。家々の屋根は苔むし、戸板は外れかかり、庭には背の高い雑草が生い茂っていた。しかし、それらの荒廃具合に反して、いくつかの家の中からは、つい昨日まで人が暮らしていたかのような生活の痕跡が微かに感じられた。そして何よりも、この村全体を覆うように、濃密な魂の気配が渦巻いていた。それは、前にノアが感じ取った「塔からの声」とはまた異なる、より局所的で、無数の個別の苦しみが凝縮されたような気配だった。


「…ひどいな」カイは、村の入り口で立ち止まり、低く呻いた。その顔には、かつて戦場で目にしたであろう悲惨な光景を思い起こさせるような、痛切な色が浮かんでいる。「この魂の淀み…尋常ではない。ただの疫病だけが原因とは思えん。ヴァルデン殿、あなたの言う『魂の霧』が、この村の悲劇に何らかの形で関与した可能性は?」


リリアンは、懐から取り出した小型の観測装置を霧にかざしながら、冷静に答えた。「断定するには情報が不足していますが、この地域の残留アニマ濃度は極めて高い。単に死者が多かったというだけでは説明がつかない数値です。疫病の末期症状として、魂が肉体から分離しやすくなり、そこに魂の霧が作用して、魂の定着あるいは異常励起を引き起こした…という仮説は立てられますね。詳細な調査が必要です」


彼女の言葉には、妹を襲った現象との類似性を探ろうとする、個人的な執念が滲んでいた。


ノアは、村の入り口で小さく身を震わせた。フードの奥の大きな灰色の瞳が、見えない何かを捉えるように、村の奥へと向けられている。「…いっぱいいる。たくさんの魂たちが…まだ、ここに…。すごく苦しんで、すごく悲しんで…助けてほしかったって、言ってる…」その声は、魂たちの叫びに共鳴するかのように震えていた。


三人は、重い足取りで村の中へと進んだ。最初に足を踏み入れた家は、比較的大きな農家だった。囲炉裏には灰が残り、壁には子供が描いたのであろう拙い絵が飾られている。しかし、そこに人の姿はなく、代わりに言いようのない喪失感と、そして確かに存在する魂の気配が満ちていた。


「この村の者たちは、適切な医療を受けられなかったのでしょうね」リリアンは家の中を見回しながら、淡々と言った。「あるいは、疫病そのものが未知のもので、既存の治療法では対応できなかったか。もし、アニマテックによる魂の保護技術がもっと早期に確立されていれば、少なくともこれほど多くの魂が、苦しみの中で現世に留まることはなかったはずです。死は、管理され、制御されるべき現象なのです。放置すれば、このような悲劇を繰り返すだけだ」


「管理だと? 魔術師殿、貴女はまだそんなことを言うのか!」カイの声に、抑えきれない怒りがこもった。「これが生命の定めだとしたら、どうするというのだ! 人の生には限りがあり、死は誰にでも訪れる。我々がすべきは、その定めを受け入れ、死者の魂が安らかに大いなる流れへ還れるよう、敬虔に弔うことだ! それこそが、残された者の務めであり、魂への最大の敬意ではないのか!」彼は祭壇らしき場所に目をやり、静かに手を合わせようとした。


「敬意、ですか。ヴァルデン殿の言う『敬意』とは、苦しむ魂をただ放置し、見えざる『流れ』とやらに委ねることですか?」リリアンは冷ややかに反論した。「それは単なる思考停止、あるいは無力さの言い訳に過ぎません。ここに残留する魂たちが、本当に『安らかに還る』ことを望んでいると、どうして断言できる? 彼らは助けを求めているのかもしれない。あるいは、この悲劇の原因を知りたがっているのかもしれない。それを無視して『弔う』など、それこそ魂への冒涜ではないでしょうか」


「冒涜だと…!?」カイの表情が険しくなる。


ノアは、二人の激しい言葉の応酬に、おずおずと口を挟んだ。「あの…二人とも、魂たちは…ただ、すごく寂しいんだと思う…。誰も気づいてくれなくて、誰も助けてくれなくて…。だから、ここにいるんじゃないかな…。『管理』とか『弔う』とか、そういうことじゃなくて…ただ、誰かに話を聞いてほしいだけなのかも…」


彼女の言葉は、熱くなった二人を一瞬、沈黙させた。

廃村の静寂の中に、魂たちの無言の囁きと、三者三様の「救済」への問いが、重く響き渡っていた。

この村の悲劇は、彼らにとって、単なる調査対象や弔いの場ではなく、自らの信念を試される最初の試練となるのかもしれない――。

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