エピローグ①

 仁尾は「ふう~」と大きなため息を吐くと、「刑事さん。僕がやりました。百田を殺したのは私です」と犯行を認めた。そして、晴れ晴れとした表情で言った。「負け惜しみみたいですけど、警察の捜査から逃れることが出来るなんて思っていませんでした。入念に計画したつもりでしたが、何処かでボロが出るだろうな――と、漠然と、そんなふうに思っていました。そうですか。正門に防犯カメラがあったのですね。まあ、考えてみれば当たり前ですね。はは。でもね、刑事さん。あいつを殺したことを、これっぽっちも後悔なんかしていません。これから後悔するかもしれませんけど。刑事さん、聞いて下さい。あいつを殺した訳を。そう、僕は誰かに聞いてもらいたくて、あいつを殺したのかもしれません。あいつが過去に犯した罪を――」

「ほう~罪を認めるのですね。いいでしょう。聞きましょう。その、あなたが誰かに聞いてもらいたかったという、百田さんが過去に犯した罪を――」

 茨城県警刑事部捜査第一課の安達義康あだちよしやすが頷いた。

 既にベテランの域に差し掛かった安達は抜けるように額が大きい。瓢箪を思わせる風貌だ。鉢のように大きな頭は、頭脳の明晰さを表しているかのようだ。

「ありがとうございます。刑事さん」仁尾は素直に頷いた。「僕はね。子供の頃、小学校に上がる前だったと思いますが、隣町に住んでいました。僕にはアツシと言う、二つ下の弟がいました」仁尾が幼少の頃の思い出を語り始めた。

「当時ね。トッチャンと呼んでいた同い年の友達がいました。子供の頃、僕は体が小さくてね。あの当時、自分がこんなに大きくなるなんて、思ってもいませんでした。今の生意気な僕からは考えられませんが、体が小さくて、友達から虐められることが多かったのです。

 トッチャンは早熟で、僕よりも体が一回り大きかったのです。トッチャンと一緒にいると、友達から虐められませんでした。だから何時も彼と遊んでいました。意地悪なところがある子で、あまり好きではありませんでしたが、背に腹は代えられません。それに、子供ですから、友達がいないのは、寂しくて耐えられませんでした。

 そんなある日、僕とトッチャンは池の周りで遊んでいました。農業用のため池だったと思います。ザリガニを捕まえて遊んでいました。その日、何故かアツシが一緒でした。アツシはまだ小さくて手が掛かるので、トッチャンと遊びに行く時には連れて行きたくなかったのです。でも、その日は勝手について来たのか、アツシが一緒だったのです。

 僕はザリガニを捕まえるのに夢中になっていました。『うるさい!』っていう声がして、顔をあげると、トッチャンがアツシを池に突き飛ばすのが見えました。まだ小さかったアツシは風船のように飛んで、池の中にポチャンと落ちました」

「そのトッチャンという子が弟さんを池に突き落とした――と言うのですね。それで、どうなったのです?」

「弟は池で溺れて亡くなりました。当然、大騒ぎになりました。でもね、正直、それからのことは、よく覚えていないのです。幼かった僕は当時の忌まわしい記憶を封印してしまいたかったのでしょう。大人から色々なことを聞かれましたが、僕はろくに答えることが出来ませんでした。トッチャンは何時の間にか、いなくなっていました。僕と弟は、二人で遊んでいて、弟が誤って池に落ちたことになりました。両親からは『何でアツシを池になんか連れて行ったんだ!』と責められました。ですが、僕は何も言えずに、ただただ黙り込むことしか出来ませんでした。

 そして、僕はアツシが父親に池に突き落とされたと思い始めたのです。父親は僕とアツシを池に連れて行った。そして、アツシを池に突き落とした。何時からか、僕はそう思い込み始めたのです。アツシを失って悲嘆に暮れた両親が、僕を責め続けたことが憎かったからかもしれません」

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