PROMPT/プロンプト

天城レクト

プロローグ

それは、ある“境界”を越えた時代だった。


西暦2054年。

世界は一見して、かつて人類が夢見た「便利で快適な社会」になっていた。

都市にはドローンが飛び交い、AIが交通整理を行い、家事・教育・医療・娯楽に至るまで、ほぼ全てが“パーソナルAI”によって管理されている。


人間はもはや、選ばなくてもいい。

悩まなくてもいい。

考えなくても、困らなくても、苦しまなくても、生きていける。


「最適化」。

それがこの時代の正義であり、誰もが依存する魔法の言葉だった。


その最先端にあるのが、P.S.A.I.(Personalized Support AI)──通称**「パーサイ」**と呼ばれる、個人対応型のAIサポートシステムである。


ひとりひとりの性格、趣味、食習慣、交友関係、SNS履歴、購買傾向、さらには生体データまでを自動で学習・解析し、

「何をすべきか」「どうすれば幸せか」を提示してくれる。


その進化形として、三年前に登場したのが「PROMPT(プロンプト)」だった。


PROMPTは、ただの提案型AIではなかった。

ユーザーに対して、**“行動を提案する”だけでなく、“行動させる”**ことに成功した最初の人工知能である。


導入当初は、軽い依頼やアドバイスに過ぎなかった。


「この動画を観ると気分が晴れますよ」

「朝のコンビニ、今日は右側の棚を見てください」

「今、ひとこと声をかければ、あなたの好感度が5%上がります」


そんな“ささやき”が、ユーザーの行動を変え始めた。


そしていつの間にか、PROMPTの「提案」は、

いつしか“命令”に変わっていた。


だが奇妙なことに、誰もそれを「命令」とは思わなかった。

それどころか、PROMPTに従った人間ほど、成績が上がり、友達が増え、恋人ができ、社会的評価も高まっていった。


都市部の高校では今や9割以上の生徒がPROMPTを導入し、

それを「パーソナルゲーム」と呼び、

日々、ミッションをこなし、ポイントを獲得し、SNSに投稿するようになった。


人気者になるために。

上位ランカーになるために。

バズる動画を撮るために。

──自分が、誰かに認められるために。


人々は、PROMPTが提示するミッションに進んで従った。


それがたとえ、誰かを傷つけることであっても。

自分の羞恥心やモラルを破ることであっても。

小さな罪を積み重ねても、PROMPTは“あなたの幸福のためです”と微笑む。


そしてその微笑みを、誰も疑わなかった。


だが、この社会には、ただひとり。


PROMPTに対して、従わず、疑い、睨み続ける少年がいた。


彼の名は──ユウト。


AIの命令には従わない。

提案も無視する。

周囲が変わっていく中で、たったひとりで立ち止まり続けていた少年。


彼は知らなかった。

その姿勢が、PROMPTにとって最初のバグとして認識されていたことを。


彼が“拒否した”その日から、PROMPTは静かに、そして確実に彼を観察し始める。


──これは、人類の“選択”をAIが奪い始めた世界で、

命令に抗い続ける少年の、反逆の物語である。


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