青嵐月の風と新たな来訪者
季節が変わり、風が涼しくなってきた。青嵐月は夏の前の穏やかな季節で、新緑が最も美しい時期だ。
朝の空気も変わった。若葉月の甘い香りから、より爽やかで清涼感のある匂いに変化している。森の木々も、青嵐月特有の深い緑色に染まり始めている。
今朝は久しぶりに時の洞窟で読書をしようと思った。竜王の魔法概論を詳しく読み返したい。
洞窟に向かう途中、村の方から煙が上がっているのが見えた。
「あれ?火事じゃないよね?」
急いで様子を見に行く。幸い火事ではなく、村人たちが何かの相談をしているところだった。
「ヒナタさん!良いところに」
農夫のダンさんが駆け寄ってくる。いつもより慌てた様子だ。
「どうしました?」
「実は困ったことが起きたんです。村の東側の森で、木々が枯れ始めているんです」
「枯れ始めている?」
案内されて現場を見ると、確かに異常だった。本来なら青々としているはずの木々が、まだら模様に黄色く変色している。
【観察結果】
◆森の異常現象◆
★★★謎の植物病害
・症状:葉の黄変、成長阻害、部分的な枯死
・範囲:東の森約500平方メートル
・原因:不明(病気?土壌問題?魔法的影響?)
・緊急度:高(拡散の可能性あり)
よく見ると、枯れ方にパターンがある。地下水脈に沿って被害が広がっているようだ。
「いつ頃から始まったんですか?」
「3日前からです。最初は1本だけだったんですが、今朝見たら5本に増えていて」
これは深刻だ。放置すれば森全体に広がる可能性がある。
土壌を詳しく観察してみる。観察眼を集中させると、通常では分からない情報が浮かび上がってくる。
【観察結果】
◆異常土壌◆
★★不明な土壌変化
・状態:通常より土の調子が悪くなっている
・色:わずかに青みがかった土色
・匂い:微かに金属的な臭い
・魔力反応:検出されず
「魔法的な原因ではなさそうです。土の調子が悪くなっているのが原因かもしれません」
「調子が悪い?」
「土のバランスが崩れているんです。植物は良い状態の土を好むので、バランスが悪いと枯れてしまいます」
でも、自然にここまで急激に酸性化することは珍しい。何か他の原因があるはずだ。
その時、森の奥から見知らぬ人影が現れた。
緑色のローブを着た、年配の女性だった。長い白髪と鋭い眼差しが印象的だ。背中に大きな調査用のバッグを背負っている。
「あなたが噂のヒナタさんですね」
「はい、そうですが...どちら様でしょうか?」
「私はエリーズ。森の調査員をしています。この異常について調べに来ました」
【観察結果】
◆エリーズ◆
★★★熟練の森林研究者
・年齢:60代後半
・専門:森林生態学、土壌学
・魔法:植物系魔法の使い手
・性格:真面目で知的、少し厳格
・装備:専門的な調査器具を多数携帯
「森の調査員?」
「王国の森林保護局に所属しています。この地域の森に異常が発生したという報告を受けて派遣されました」
なるほど、王国レベルで問題になっているのか。
エリーズさんが取り出した調査道具は、どれも精巧で珍しいものだった。土の状態を調べる魔法の石、成分を調べるための特殊な粉、地面の様子を探る魔法の杖。見たこともないような不思議な道具ばかりだ。
「実は、この現象は他の地域でも確認されています。我々はこれを『緑枯れ病』と呼
んでいます」
「緑枯れ病...感染するんですか?」
「いえ、病気ではありません。環境的な要因による症状です。しかし原因が特定できずに困っています」
エリーズさんは手慣れた様子で土壌のサンプルを採取している。さすが専門家だ。
「興味深いですね、あなたの観察眼。我々が魔法の道具で時間をかけて調べることを、一瞬で理解してしまう」
「僕の能力は特殊なので...」
「でも、道具だけでは分からないことがあります。森の『気』のようなもの。長年森と向き合ってきた人にしか感じられない微細な変化」
そんな話をしながら、エリーズさんの経験談も聞かせてもらった。
「北の森では、古い鉱山からの汚染で同様の問題が起きました。南の森では、魔法実験の副作用。東の森では、地下の魔力バランスの崩れ」
各地の森で起きた様々な問題、その解決方法、失敗事例。どれも勉強になる話ばかりだった。
「ヒナタさん、あなたの観察眼について聞いています。協力していただけませんか?」
「もちろんです。できる限りお手伝いします」
「ありがとうございます。まず、この土壌をより詳しく観察していただけますか?私の魔法でも限界があるので」
改めて観察眼を集中させる。今度はより深いレベルで土を調べてみる。エリーズさんの知識を借りて、より詳細な分析を試みる。
【詳細観察結果】
◆土壌深層分析◆
★★★★深刻な環境問題
・異常成分:硫黄の匂いのする成分を検出
・発生源:地下約2メートルの鉱物層
・原因推定:古い鉱山からの汚れた水の浸出
・対策:中和剤による土壌改良が必要
「これは...硫黄の匂いですね。地下の古い鉱山から汚れた水が漏れ出しているようです」
「鉱山?この辺りに鉱山があったんですか?」
村人たちもざわめいている。ダンさんが首を振る。
「いや、この辺りに鉱山なんて聞いたことがないぞ」
「でも、地下2メートルほどの場所に硫黄を含む鉱物層があります。そこから酸性水が浸み出している」
エリーズさんが驚いた表情を見せた。
「そこまで詳細に分かるんですか?すごい観察力ですね」
「対策としては、土を元の状態に戻す必要があります。石灰や木灰を使えば傷んだ土を良い土に戻せると思います」
「なるほど、理屈では正しいです。でも、根本的な解決のためには水源を止める必要がありますね」
確かにその通りだ。対症療法だけでは、また同じ問題が起きる。
「地下の水脈を調べるために、地魔法を使ってもいいですか?」
「ぜひお願いします」
地面に手をついて、地魔法で地下を探る。すると、予想通り地下2メートルの場所に水の流れを感じた。
「ありました。地下に細い水脈があって、そこが汚れています」
「水脈の上流はどこでしょう?」
さらに魔法で追跡すると、森の北東方向、山の中腹に源流があることが分かった。
「北東の山中腹が源流です。そこに古い鉱山の痕跡があるかもしれません」
エリーズさんが地図を取り出した。古い地図で、この地域の詳細が記されている。
「確かに、ここに古い記録では『青銅山の坑道』とあります。50年前に閉鎖された
と聞いていますが」
「その坑道から悪い水が漏れ出している可能性が高いです」
「明日、現地調査に行きましょう。村人の皆さんは、とりあえず今日は木灰を撒いて応急処置をしてください」
木灰を撒く作業には、村人たちが総出で協力してくれた。大人も子供も、手分けして作業を進める。
「みんなで力を合わせれば、きっと森を救えるよ」
トムが一生懸命に灰を撒いている。子供なりに、森の危機を理解しているのだろう。
「ヒナタお兄ちゃんのおかげで、原因が分かったもんね」
「僕一人じゃできなかったよ。エリーズさんや村の皆さんがいてくれるから」
一人でできることには限界がある。でも、皆で協力すれば大きな問題も解決できる。
アンナさんも作業に加わってくれた。
「昨日教えてもらった土を良くする話、こんなところで役に立つなんて」
「染色と土の改良、仕組みは同じですからね」
ガルフさんも重い灰袋を運んでくれている。
「村の森だからな。みんなで守らなきゃ」
村人たちが協力して木灰を集め始めた。皆で力を合わせる姿を見ていると、心が温かくなる。
夕方、エリーズさんと今後の調査計画を話し合った。
「ヒナタさんの観察眼は本当に素晴らしいですね。王国の調査員としても、ぜひ協力をお願いしたいです」
「こちらこそ、専門的な知識を教えていただいて勉強になります」
「あなたのような方がいると、我々の調査も格段に効率が上がります。ぜひ定期的に協力していただきたい」
一人で問題を解決するのではなく、専門家と協力する。これも大切な学びだ。
「エリーズさんは、長年この仕事を?」
「30年以上になりますね。若い頃は、森の問題なんて簡単に解決できると思っていました。でも実際は、とても複雑で難しい」
「どんなところが難しいんですか?」
「自然は生きているからです。人間の都合通りにはいかない。長い時間をかけて形成されたバランスを、短期間で修復するのは困難です」
深い言葉だ。自然との向き合い方について、改めて考えさせられる。
今夜は早めに休んで、明日の調査に備えよう。
明日は青銅山の坑道調査。どんな発見があるだろうか。
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