(23)アヤミ、アズサ、ヨウスケ
翌日、アズサとヨウスケは、アヤミと会うために、昼前に家を出た。市内のショッピングモールで待ち合わせることになっている。二人はいつもの唐橋前駅から京阪電車に乗り、アズサとヨウスケが通った高校の最寄り駅を通過して、二十分ほど乗った先のJR線との乗り換え駅で降りた。駅から数分歩くと、大きなショッピングモールがある。集合場所はこのショッピングモールの正面入り口だった。
二人がショッピングモールに着くと、まだアヤミはいない。遅刻魔だから当たり前だと、二人で待っていると、感心なことに二十分遅れ程度でアヤミが現れた。今時の季節に合った、薄い色のチュニックと、さらに明るい色のパンツ姿である。アズサとヨウスケを見つけたアヤミは、大きく手を振って合図する。
「アズサー! ヨウスケさんー!」
アヤミは、人目もはばからずに、大きな声で二人の名前を叫ぶ。アヤミもヨウスケも、小さいころ、駅やショッピングモールで、母が自分たちを呼ぶときに、離れたところからひときわ大きな声で名前を叫んで、恥ずかしい思いをしていたのを思い出した。
「うわ、アヤミさん、お母さんパターンやん」
ヨウスケが苦笑いする。
「ハハハ、アヤミ、歳取ったらお母さんと同じになりそうや」
アズサも笑っていた。三人が入口で歩み寄る。アヤミとアズサは手を取り合って、
「わぁ、アズサ、元気やった?」
「うん、アヤミも元気そう。久しぶりぃ」
アヤミは、満面の笑顔でアズサを迎える。アズサは富士山登山以来、数日おきにリモート会議をしているので、ご無沙汰でもなんでもないのだが、やはり実際に会うのは、リモート会議とは全然別の感覚である。すでにアズサもアヤミのことを呼び捨てにしていることに、アヤミもアズサも全く気付かない。アヤミはアズサの横にいるヨウスケにもすぐ声をかける。
「ヨウスケさんも、久しぶり。元気やった?」
「あ、はい、大丈夫です」
アヤミとアズサの喜びようにちょっと引いたような、でも自分にも会ってうれしそうなアヤミを見て、やはりうれしい表情のヨウスケだった。
この日の用事は、まさに「都会から帰省した大津の出身者が、地元の友達と会う」というだけなので、アズサもアヤミも本当に楽しみにしていた。ヨウスケは「お姉ちゃん達の外出にくっついてきた、おとなしい弟」という役回りである。
早速ショッピングモールのレストラン街に行ってみる。集合を正午にして、アヤミが少々遅れてきたので、レストラン街が混雑し始めていたのはしかたなかったが、そんなに混んではなく、そこそこおいしそうなパスタ屋に入った。三人はめいめい自分の好きな料理を頼んで、昼食を食べながら懇談する。
「ホンマ、ウチ、アズサに会いたかったんよ。なんか、大学ん時から初めて女の子の親友ができたみたいで、ホンマ嬉しい」
アヤミがいつもの笑顔で話す。アズサも、アヤミは社会人になってから初めてできた同世代、同性の親友に思えていた。
「うん、ウチもアヤミは、もう、お仕事のセンセやなくて、友達いうか、一年先輩いうか」
「せやね。ウチら、今年の五月に会ったばっかりやのにね。それまでウチ、アズサのこと全然知らんかったんやから」
「ホンマそうやね。あ、でもウチ、アヤミのことは高校の時に知っとったから」
「あ、そうやね、ウチ、びわ湖文学賞で知れとったね」
ヨウスケが割って入る。
「ハンバーガー百個が先」
アズサとアヤミがヨウスケを同時に見る。アズサは、「そこか?」という顔だが、アヤミはさらにちょっと肩をすくめて、目を見開き、
「そやそや、ウチ、あれ黒歴史にしたい」
と笑いながら言った。さらに続けて、
「ウチな、あのハンバーガーの時、高一やってんやけど、やっぱりちょっとクラスとかで引かれたわ。そん時も、やっぱ遅刻魔やから、もともとあんまりよう友達もおれへんかった。京都の大学行ったら、理工系でロボット工学とかやん。周り、全部男子で、女子の友達できひんかったんよ。ほんで、卒業してからは物書きになってしもうて、自宅におる自営業やから、ますます同世代の女子友っておらんくなって…。だからアズサと友達になれたん、めっちゃうれしい」
と語る。
アズサはアヤミのことを、今まで、ずっと明るくふるまっていて、悩みなどなんにもなく、大食い大会優勝、超難関大学、文学大賞、という経歴を持つ、本当の「スーパーガール」、大先生と思っていたが、大食い大会優勝を黒歴史にしたいと言ったり、大学以降は同性の友達ができずに寂しかったりと、普通の二十代の女性だったのか、と驚き、かつ安心した。
「アヤミ、ウチ、うれしい」
「なに? アズサどうしてん?」
逆にアヤミが驚くが、アズサの言葉は、単語の間を補うと、
「女子の友達ができなくて寂しかったアヤミが、大学以降はじめてできた『友達』が自分だったということが、自分はうれしい」
という意味だった。「アヤミと友達になれたことは、自分もうれしい」ではなくて、「アヤミのそんな寂しさを救うことができて、自分はうれしい」という意味を伝えたかったので、自然に、「ウチもうれしい」でなく、「ウチ、うれしい」になった。なので、アヤミにはその意味が上手く伝わらなかった。
食事は終わったが、もっと話していたい。三人ともそう思っていたが、ちょうど昼食時だったので長居もしづらく、一旦店の外に出ることにした。その代わり、少しショッピングモールの中を見て歩き、しばらくしたら、カフェに入ろう、ということになった。
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