(12)宇宙エレベーター

 「もう書けますか?」

 

 アズサが聞くと、

 

 「まだ全然や」

 

 アヤミはニコニコしながら答える。

 

 「締め切りは秋ですね」

 

 「それまでには何とかしたいけどな。何とかなるかな?」

 

 「あ、全然関係ないですけど、アヤミさん、宇宙エレベーターって知ってますか?」

 

 「え、あ、あの上空何万キロもワイヤー使って上下するやつ?」

 

 「はい、そうですそうです」

 

 「うん、大学の同じ建物の別の研究室がそれやっとったわ」

 

 「さすがですね。ウチ、その宇宙エレベーターのマンガで解説する本の担当なんです」

 

 「え、文系のアズサちゃんが?」

 

 「はい、うちの会社、小さいから、なんでもやらせられるんで…」

 

 「社会学専攻やったのに大変や」

 

 「脱出速度とか運動方程式とか、わかります?」

 

 「うん、ええけど、基本的なことならなんとか、わかるかな?」

 

 「じゃ、脱出速度から教えてください」

 

 アヤミも、久しぶりに理工系の、それも自分の専門ではないところの質問を受けたので、視線を上に向けて、しばし考える。

 

 「えーとな、宇宙ロケット打ち上げるやん。あれ、なんで宇宙まで打ちあがっていくか分かる?」

 

 「え、それは、ずっとロケット噴射してるから、やないんですか?」

 

 「うん、ちょっとちゃうんよ。地球みたく、重力がある星から、宇宙に飛び出してそのまま遠くに行ってしまうためには、スピードさえあればええんよ」

 

 「スピードがあればいいんですか」

 

 「うん、確か、秒速十一キロとか、そんなぐらいのスピードがついていれば、別にロケット噴射とかなくても、宇宙に飛び出して行ってしまうねん」

 

 「そうなんですか」

 

 「うん、だから、ものすごいプロ野球ピッチャーがおって、真上にそのスピードでボールを投げたら、そのボールは宇宙に飛んでってしまうねん」

 

 「へえ、知らんかった」

 

 「ほんで、実際には、そんなピッチャーおれへんから、代わりに、ロケット噴射するんやけど、地上から発射して、ロケット噴射して、その秒速十一キロとかになったら、そこでロケット止めてもええねん」

 

 「え、じゃ、なんで普通のロケットは、テレビで見たりすると、ずっと噴射してるんですか?」

 

 「あれは、まだそのスピードになってへんところが写っとるんよ。噴射している時間は、打ち上げてから五分とか十分とか、そんなもんやて。十分速いスピードになった時は、もうロケット噴射は止めておって、そん時は高度が高すぎて、地上のカメラからは見えへんのやろ」

 

 「そうなんだ」

 

 「で、その時のスピードが、脱出速度いうんよ。脱出速度は、地球とか月とか、重力が違うと変わってくるん。どんくらいの速さかは、電卓で計算できるんよ」

 

 「そうなんや。なんや分かりやすい。アヤミさんすごい!」

 

 「これ、高校の物理でやるやつやん」

 

 「え、ウチ、文系やったし」

 

 「アハハ、そやったな」

 

 アヤミが簡単に説明して、アズサも分かった気にはなった。好奇心の強いアズサは、さらに尋ねる。

 

 「で、今ロケットあるのに、どうして宇宙エレベーターなんですか?」

 

 「それそれ。さっきアズサちゃん、ずっとロケット噴射しとるから言うたやんか」

 

 「はい」

 

 「あれ逆に、ホンマずっとロケット噴射しとったら、ピッチャーのボールぐらいの速さでも宇宙に行けるんよ。時速百五十キロとか」

 

 「あ、そうですね。ずっと噴射してたら、ずっと上がってますもんね。じゃ、どうしてそれせんと、そんなすごいスピード出すようにしてはるんですか?」

 

 「野球のボールぐらいの速さで、宇宙に出るまでずっとロケット噴射してたら、どのぐらいの時間噴射してんとあかん思う?」

 

 「うーん、わかりません」

 

 「地球の引力て、けっこう遠くまで効いてるから、野球のボールぐらいの速さやと、何万キロか、もっとそれ以上まで、ずっとロケット噴射してんとあかんのよ。そうでないと、噴射やめたら、いずれ地球に落ちてくる」

 

 「なるほど」

 

 「で、だから、遅いスピードで何万キロ分もロケット噴射するなら、五分十分やなくて、何百時間とか、ずっとやってんとあかんやん」

 

 「はい」

 

 「そうすると、その時のロケットの燃料はどのぐらい要るか、ってことよ」

 

 「あ、そうか。燃料が多すぎて」

 

 「うん、燃料が多すぎて、重くて上がらない」

 

 「ハハハ、そうなんですね。初めて知った」

 

 「宇宙ロケットやから、ボール一個ちゃうくて、いっぺんに何トンも打ち上げんのやろ? そしたら、燃料の重さは」

 

 「その何十倍とか?」

 

 「何百倍かもしれん。重すぎて上がらん。アハハハハ」

 

  アヤミは、雑談のようにロケットの基本をアズサに話す。

 

 「ほんで、宇宙エレベーターやけど」

 

 「はい、そこが聞きたいです」

 

 「宇宙エレベーターやと、ケーブルに捕まって上り下りできるから、ゆっくり行くことができるん」

 

 「あ、そうですね」

 

 「で、ロケットやと燃料で飛ぶけど、エレベーターやから、電気とかで上下できるやん」

 

 「はい、そうですね」

 

 「電気に重さはない」

 

 「あー、そうか。電気で上下できるなら、ゆっくり行っても重くならへんのか」

 

 「そうなんよ。だから宇宙エレベーターを考える人がおるんやね。ウチなんか、全然わからへんけど」

 

 「わからへん、って、わかってるやないですか」

 

 「アハハハ、こんなんでええの?」

 

 「はい、今のところ十分です。ありがとうございます」

 

 「ウチ、適当言うてるかもしれんから、ちゃんと自分で調べてな」

 

 「はい、分かりました」

 

 時間にしたらわずか二、三分の「講義」だったが、アズサにも分かるように教えてくれるアヤミを、アズサはだんだん、頼れる姉のように感じていた。

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