第二話『ウラードの樹海の冒険』

 『迷宮学園』の東地区の学生街に現れた、外界の勇者キスタ一行。彼らは街の民から、ドラゴン退治の依頼を引き受けた。



 そんな彼らの道案内として、食堂の食材調達人のエリックが同行する。彼なら道案内には最適な人材だ。



「頼みましたよ、勇者様。こちらが前金の1万リドルです」

「……確かに。大船に乗ったつもりでいいぞ」

「いやあ、頼もしいなぁ!!エリック、足引っ張んなよ!!」



 そう声をかけられたエリックは準備に余念がなかった。まずは『ブロックエメラルド』。この魔法石を持っていれば、この学園の呪いの転移魔術を防ぐことが出来る。



「勇者様たちはお持ちですか?この学園では必需品ですよ」

「……い、いや俺たちはまだこの学園に来て日が浅いから……」

「ああ、これはこの街の購買で売ってますよ。後で買いに行きましょう。あとはこの香水を……」



 そういうと、エリックは勇者一行にスプレー式の香水を振りかける。これは低級モンスターが嫌う匂いを持っている。



「あとは……僕も戦闘の準備をしますが、勇者様がいれば、そんな心配はいらないですよね?」

「あ、ああ……そうだな」



 エリックは高級そうな肩当てと、赤いマントを羽織り、身の丈はあろうかという大剣を担ぐ。



 頭の赤い鉢巻きを締め直し、これで準備は万端だ。だが、言い忘れていたことがある。



「あ、僕は今回、ハンマーポークの肉を採取する仕事もあるので、ドラゴン退治には加われませんが……大丈夫ですよね?」

「あ、ああ。任せておけ。ドラゴンの一匹や二匹……」



 その言葉を受けて、エリックは勇者キスタたちの瞳をのぞき込む。これが一体、何を意味しているかはキスタたちは分からない。何か見透かされ、勘ぐられているような気が。



 そして、彼が出した結論は……。



「……エリザなら分かってくれるかな?よし、それじゃ行きましょう!!まずは購買ですね。こちらです」

「あ、ああ……」



 エリックは意気揚々としている。それとは対照的にキスタたちは、何とも表現しがたい表情が浮かんでいる。



 何というか…余裕が無いように見えた。苦虫でもみ潰したかのようだ。だが話はあれよあれよと転がっていく。



「あ、勇者様方!!今日は頼みましたよ!!」

「あのドラゴンには私らも困ってたんです!!」

「ゆうしゃさま、またぼーけんのおはなし、きかせてねー!!」



 だが、そうとも知らず、街の人々はキスタたちを送り出した。



 エリックは購買までキスタたちを案内する。すきを見つけて、エリックには聞こえないように、キスタたちは密談をする。



(……おいおい。本当にドラゴン退治なんてするのかよ?)

(キスタがあんな話するからよ?私達、実は……)

(しっ!!声が大きい!!なあに、いざという時は……)



 そう言って、キスタは『ベースルビー』を取り出した。これがあれば、自分たちは拠点きょてんであるこの学生街に戻ってこられる。



 危険な目にっても、なんら問題はない。まあ、登録していないエリックは勘定されていないが、諦めてもらおう。



「さ、買ってきましたよ。ブロックエメラルド。じゃあ早速、食べてください。ささ、どうぞ」

「……は?い、今何て言った?」



 聞き間違えてなければ、エリックはこの宝石を食べろと言った。……宝石を……食べる?



「そ、そんなことして大丈夫なのか!?」

「……?ええ。じゃないと、効果ないですし。あ、当然、粉末状にして水に溶かしますから。ささ、どうぞ遠慮なく」

「いやいやいやいや」



 キスタたちの思惑が狂う。いざとなればブロックエメラルドは捨てるつもりだった。これでは『ベースルビー』の効力が確実に防がれてしまう。



「あ、大丈夫ですよ?ちゃんと排泄はいせつされますから」

「そ、そ、そうか。じゃあ……」



 彼らが心配しているのはそこではないのだが……。



 キスタたちは観念して、ブロックエメラルドをゴクリと飲み込んだ。ちなみに味はイチゴ味に加工してある。



「じゃあ、行きましょう。日が暮れる前には帰ってこなきゃ」

「あ、ああ。そうだな。チャチャッと済ませるか」

「そうだ、これみなさんのお弁当です」



 そう言うと、三段重の弁当箱を三人に手渡すエリック。



「こ、これは?」

「ああ、今朝僕があらかじめ作っておきました。自信作ですよ」

「そ、そうか……」



 エリックは食材調達人だが、将来は料理店を持つのが目標だ。このお弁当も早起きして食材選びから、調理に至るまで、精魂込めて作った。これで準備は万端だ。



 こうして勇者キスタ一行とエリックは、レッドドラゴンが巣食う『ウラードの樹海』を目指す。



『ウラードの樹海』



 この『迷宮学園』においては、初級から中級の区域。それほど危険な地域ではない。だが、まれに上級モンスターが現れることもあるので、狩人かりうども気が抜けない。



 先日は雨が降ったようで、地面は若干ぬかるんでいる。天候は良いが、育ちに育った樹木の陰で辺りは暗い。



 ここ数日で生きた学校『迷宮学園』の効力で地形が全く変わっている。昨日までの経験は全く役に立たない。



 こればかりは、この樹海に慣れているエリックでも慎重に道を選んでいた。探り探り奥へと進んでいる一行。



 ……だが、樹海に入った時から、強い気配を感じさせる。



 レッドドラゴンの根城まで着々と近づいている。ここからは勇者キスタの仕事だ。エリックは、



「勇者様、このままあの一番背の高いカシの樹を目指せば、ドラゴンの根城です。そのまま居れば……の話ですが」

「そ、そうか。おう、任せておけ」



 道案内を終えたエリックは、ドラゴン退治はキスタ一行に任せ、食材調達人の仕事に戻る。彼にすればこちらが本職だ。



「じゃあ、僕はハンマーポークの肉を取ってきます。ドラゴン退治が済む頃合いには戻ってきますんで」

「お、おう。気を付けてな」



 そう言うとエリックは本来の仕事に向かう。エリックは樹海の奥深くへと単身、進んでいった。



 そしてその影が見えなくなったのを確認すると、勇者キスタたちは顔を見合わせ、意見は一致する。



「逃げるぞ」

「おう」



 そう、そもそも勇者キスタたちはドラゴンを退治する気などさらさらない。ドラゴン退治なぞしたことも無い。



 彼らは仕事をしないで、前金だけを着服するのが目的だった。学生街がどうなろうと知ったことではない。



 これが勇者……いや、偽勇者キスタのいつもの手口だ。ハッタリだけで巨万の富と名声を集めていたのだ。



 キスタたちはさっさと、今来た道を戻る。……だが、その考えは甘かった。キスタたちは完全に樹海で迷ってしまった。



『迷宮学園』が地形を変えるのは1日に1度とは限らない。数時間に1度、または数分に1度、数秒に1度。その頻度は完全にランダム。熟練の冒険者でも、こればかりは対処に困る。



 そして、3時間弱。疲れも見え始め、ついに魔よけの香水の効力も薄れてきた。辺りから異様な気配を感じるようになってきている。キスタたちは生唾すら乾いてしまっている。



 自分たちの策におぼれ、窮地きゅうちおちいった偽勇者一行。自業自得ではあるが、彼らはどうやって切り抜けるのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る