【改訂版に移行予定】『迷宮学園』~脱出するまで卒業できません!!~

はた

第一章 『怪鳥の卵を手に入れよ!!』

第一話『迷宮学園』

「諸君!!この度はよくぞ、倍率0.00倍の広き門を突破し、この学園に入学を果たした!!」



 やたら声の大きい……というか、異様に遠くにまで通る声のその教師は、その学園の新入生を激励している。



「私は教職員、在校生を代表して君たちを歓迎する!!私はこの学園の教師エイブラムスと申す!!」



『迷宮学園』



 この学園に入学試験は無く、誰であろうと、来るものはこばまない。それが赤子であっても、大罪人であってもだ。



 しかし、ここは世界で最も位が高く、そして最も危険で難関の学園とされていた。それには当然、理由がある。



 古来から、この学園を卒業できた者はごく一部しかいないが、それでも入学を希望する者は後を絶たない。



 何故なら『迷宮学園』の卒業生には、必ず輝かしい未来が約束されているからだ。



 この学園の卒業生からは、世界の名だたる勇者、英雄、賢者、魔術師、権力者が多数、生まれているという。



 今年も大勢の新入生がこの敷地に足を踏み入れていた。そして、教師は演説を続ける。



「皆、それ相応の覚悟で、この学園に入学したと思っている!!武を極めるため、学を極めるため……各々おのおの、目標は高かろう!!」



 そして、更に教師は続ける。



「もう存じていると思うが、当学園の卒業条件はただ一つ!!」



 だが、新入生たちはもう話を聞いていない。



「うわぁ!!巨牛の群れが突進してくる!!」

「そこらじゅう罠だらけじゃない!!身動き取れないよ!!」

「ていうか、この暴風雨と雷!!何なんだ、この学園は!?」



 既に、命の危険にさらされ、新入生たちは苛酷かこくな環境を実感していた。正にこの学園の洗礼ともいえるだろう。



 天変地異など日常茶飯事。死者が出ない日は無い、地獄のような環境。だが、これがこの学園のスタンダードなのだ。



「卒業条件……それはこの『迷宮学園』からの脱出!!ただそれだけである!!皆、くれぐれも励むように!!以上!!」



 しかし、その言葉を聞いている新入生は見たところいない。教師は、ふーっと嘆息し、



「……あー……やはり例年通り、誰も聞いておらんか……」



 そう言うと、混乱し逃げ惑う新入生たちを残し、姿を消した。



 命懸けで戦い、逃げ、生き延びる。これがこの『迷宮学園』の普段の生活だ。100%入学できるからには甘えは禁物だ。



 明日の覇権をつかむ者がここから生まれる可能性は、十二分にある。ちなみに、ここ五年間は卒業生は一人も現れていない。



 果たしてこの新入生の内、何人が生き残るのやら。彼らは無事に卒業できるのだろうか……?



   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇  



「おお、エイブラムス先生。ご苦労様です」

「お疲れ様です。いやはや、ひどい雨でした」



 教師エイブラムスは、学園に数ある職員寮に戻っていた。



 『迷宮学園』の教師、エイブラムス。一教室を任されている実力者。堅実派で主に新入生の検閲けんえつを行っている。



 彼は見た目、五十代後半の渋みを含んだ紳士。整髪された白髪、サングラスがトレードマーク。スーツで身を固めている。



 だが、先程の暴風雨で台無しだ。彼は帰るなり、雨で濡れた服を脱ぎ、タオルで体を拭くと、替えのシャツを着こむ。



 そして濃い赤のネクタイを締め、予備の臙脂えんじ色のジャケットを羽織った。これが彼のダンディズムの肝だ。



「どうですかな、今年の新入生は?」

「例年通りですよ。見込みのある者は目立とうとしない」



 普通の生徒は環境に馴染めず、見込みのあるものは平静を装う。そして、既に腕に覚えのあるものは、



「能ある鷹は何とやらです。今年も一人、二人は混ざっているかも知れませんが、そういう輩が案外……」



『外の世界』で腕を磨いてから、満を持してこの学園に挑むものは珍しくない。



 諸国で名を上げた勇者、未知の知識を求める賢者、時には権力者を狙う暗殺者まで入ってくることがある。



 そんな輩に限って問題児となることが多く、彼らをいさめるために、教師陣も常日頃から腕を磨いている。



 その証拠に、先程のエイブラムス教師の着替えの際に、鍛えに鍛え抜かれた肉体が、見え隠れしていた。



「先生。紅茶はいかがですかな?良い茶葉が手に入りまして」

「おお、いいですな。是非、いただきましょう」



 こぽぽぽ……と音を立てて、ケトルから湯が注がれる。紅茶の茶葉が蒸されるまで出された茶菓子をみ、しばし待つ。



「そういえば、『クレア教室』がまた何か問題を起こしたとか」



 『クレア教室』は、日ごろから問題を起こす問題児のたまり場。だが、問題というものの価値観は外界とは極めて異なる。



 普通なら国家レベルの大事件でも、ここでは単なる問題扱い。もし魔王が復活しても、この学園では話題にもならないだろう。



 『クレア教室』はそんな感覚が麻痺している学園の倫理観を超える問題を幾度となく起こしているのだ。



 だがエイブラムス教師は全く動じず、慣れた口調で、



「あの教室は放っておくのが一番ですよ。あ、紅茶。ありがとうございます。……うん。良い香りだ」



 エイブラムス教師は丁寧に入れられた、紅茶を受け取る。



「人生、鈍感なのが一番です。あいつらに構っていたら、命がいくつあっても足りませんから」



 そう言うとエイブラムス教師は、出された紅茶を口にした。そして、その芳醇な香りと深い味に感嘆する。



「……美味いですな、これ」



「先日開発された新種の茶葉です。どうやら人体に害はなさそうですな。では、私もいただくとしますか」

「うぉう。私を実験台にせんでくださいよ。はっはっは」



 まんまと転がされたされたエイブラムス教師。だが、この程度の事は笑って済ませてしまう。完全に感覚が麻痺している。



 ……そういえば先程から、何やらそこら中で爆音がしているが、全く意に介していない生徒に教師たち。



 大方、生徒たちが喧嘩けんかでもしているのだろう。些細ささい喧嘩けんかでも、ここでは命懸け。無駄に武力があるから面倒極まりない。



 そして、一服したエイブラムス教師は身なりを整え、



「さて、私も教室の授業でもしてきますかな」

「ほう、今日はどちらで授業を?」

「ビリーニャ渓谷けいこくです。まあ、初回では妥当だとうな所ですな」



 紅茶を飲み干すと、エイブラムスは今度は茶菓子を持ってくると約束し、軽く会釈えしゃくをして職員寮を出た。



 そしてエイブラムス教師は、西方に向かうローフォル鉄道の出るエスパイア駅へと足を運んだ。



『エイブラムス教室』の初日の授業、その内容やいかに?



 ちなみに喧嘩けんかしていた生徒たちは、エイブラムス教師に出立の際、拳骨げんこつで制裁され、哀れ沈黙を余儀なくされた。

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