斎藤さくらの話①
ーー七年前ーー
縁側で空を見上げる。
眩しさと心地好さに、寝転んで目を閉じれば、今にも台所から母の得意料理【豚骨と味噌風味の鮭のちゃんちゃん焼き】の香りがしてきそうだ。
父母と囲んだ食卓には、父が亡くなってから家族三人の写真が飾ってある。
玄関からも縁側からも見える写真の父は、いつも私と母を優しく見守ってくれていた。
台所でよく一緒に料理をしては、焦げ付きそうなフライパンを『新しいのにしなよ』と私が何度言っても『使い慣れてる方が良いのよ』と変えなかった母。
就職したら絶対最高級のフライパンセットを買ってプレゼントしようと決めていた。きっとずっと大事に使ってくれるだろうから……と。
冬なのにぽかぽかとした朝陽を浴びていると、母と過ごした想い出が目蓋の裏を駆け巡った。
私が高校生になる少し前に、母・
いつも笑顔を絶やさず、前向きな母は私の憧れであり希望だった。
そんな母は、私が大学2年になった頃仕事中急に倒れ『
検査の結果、母は難病を患っていることが判明し、そのまま長期入院となってしまった。
担当医だった賢二さんは、母の境遇を懸念し、今後の相談にのっているうちに、元々すれ違う人々が振り返るほど美しかった母に夢中になり、程なくして結婚を申し込んだ。
もちろん、母は娘の私にも意見を聞いてきてくれた。
「あなたはどう思うかしら?」
水を取り替えた花瓶を持って病室に戻ると、おもむろに問われた。
私は自分の将来のことなどどうでも良かったが、母の保険金や私のバイト代だけで療養費は捻出し続けられないことは容易に想像出来たし、正直とても有難い申し出だった。
しかし母はどうだろうか。私のことばかり気にして無理に結婚を受け入れようとしているのではないか。
「私の意見はいいよ、お母さんはどうしたいの?」
「私は……とても有難いお話だと思っているわ。賢二さんは頼りになるし」
「気持ちは? 賢二さんと本当に結婚したいと思ってるの?」
「ふふっ、そうね。あなたが賛成してくれるのなら」
語気を強めた私を往なすように笑いながら答えた。
『どっちよそれ……』
母の言葉から真意は読み取れなかったが、毎日業務が終わってからも献身的に母を見舞う賢二さんの誠実さは本物だと感じられた。
そして何より賢二さんと話している時の母は、父が生きていた時のように幸せそうに見えた。
私は母に賛成の意を伝え、入院してから半年程経った頃二人は晴れて再婚をし、私は〈赤羽さくら〉改め〈斎藤さくら〉となった。
ただひとつ懸念があったのは、義父の別れた妻・
元々見合い結婚であった
案の定、栄子は義父の再婚を良く思わず、母の病室に義父が居るタイミングを狙っては養育費の増額を求めに何度もやってきた。
どうして義父が母の病室に居るタイミングがわかったのかは後々わかることになるのだが……。
母は義父に迷惑をかけていると気に病み、それを気にしていた義父が、ある時気晴らしにと母を外出に誘い、そこで最悪の事態が発生してしまう。
車で病院に戻る際、ハンドル操作を誤りガードレールに衝突。車はその後炎上。母はたまたま近くにいた非番の消防隊員によってすぐに外へと救助され、全身に火傷を負ったが一命を取り留めた。しかし、母を庇い損傷が激しかった運転席の義父は還らぬ人となってしまったのだ。
私は義父との養子縁組の手続きが済んでいなかったため、義父の遺産は母と栄子の子供二人の計三人に相続された。
およそ一ヶ月の後、母は動けるまでに回復したが、窓の外を眺めることが増え、トレードマークのようだった笑顔を見ることは出来なくなっていた。
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