大衆文化

 翌朝、天女さんが帰宅した。

「おはよう! お疲れ!」

 仕事終わりとは思えないハイテンションに目を丸くする。

「お疲れ様です。おはようございます」

 明るく返したつもりだったが、冴えない顔に見えたらしい。

「何かあった? 元気ないね」

「えっ、そんなこと無いですよ?」

「そ?なら良いけど。シャワー浴びてくるね。」

 早々に浴室へ消えていく。

 程無くして浴室から叫び声が聞こえた。

「ねえ!! お風呂がうちのとは思えないくらい綺麗なんだけど?!」

 昨夜暇すぎて早く眠りについた私は、朝五時には起きて既に家事を一通り終えていたのだ。

「あ、すみません勝手に。暇すぎて隅々まで綺麗にしたくなっちゃって。でも元々綺麗でしたよ?」

「えー!! ありがとう!! 朝から気持ちよくシャワー出来る~♪」

 上機嫌に浴室のドアが閉まる音がした。


 手持ち無沙汰だったので、テレビのスイッチを入れる。

 声高に通販番組の司会者がおすすめの商品を紹介している。

 どうやら今回はフライパンのようだ。

 マーブルのコーティングがされ、油をひかなくても食材がくっつかないのが売りらしい。

 料理好きなこともあって、ついつい夢中で観ていると、背後から声がする。

「欲しいの?」

 あまりに吃驚して手に持っていたリモコンを放り投げてしまう。それを見事にキャッチしたのは天女さんだった。

「ナイスキャッチ私。そんなに驚いた?」

「ええ。全く気付いてなかったので。すみません、リモコン……」

 胸が痛いくらい脈打っていた。

「ごめんごめん。で、欲しいの?そのフライパン」

 顎でテレビを指しながらこちらを見る。

「えーっと……あれば便利そうだなぁって観てましたけど、こんな高価なものじゃなくても普通に使えれば良いかなって」

「ふーん? まぁ、弘法筆を選ばずって言うしね。あ、お弁当美味しかったー!! ごちそうさま」

「お粗末様です。あ、私やります! やらせてください!!」

 お弁当箱を流しに出して洗おうとする天女さんを制止し、スポンジを奪う。

「何だか悪いなぁ……気を遣いすぎよ?」

「居候させてもらってるんですから、これくらい当然です」

「そう? じゃあお言葉に甘えて。申し訳ないんだけど少し休ませてもらっても良い?」

「もちろんです! 起こした方が良い時間とかあります?」

「大丈夫よ、ありがとう。大体二時間くらいで起きると思うわ。ごめんね、昨日から一人にして」

「天女さんこそ、気を遣いすぎですよ」

「ふふっ、お互い様ってことね」

 笑い合うと天女さんは寝室へ入っていった。


 またも一人になった私はテレビの音量を少し下げ、チャンネルを変えていった。するとお昼の情報番組がおすすめの料理のレシピを伝えていた。材料も冷蔵庫に入っているものばかりだったので、今晩の夕食にしようと簡単にメモをとった。

 画面越しに料理をしている俳優も、スタジオにいるお笑い芸人も、全く知らない顔ばかり。

 またも、記憶なんて元々無いのではないかと言う不安が私を襲った。

 前向きにと思っていてもすぐに侵食しようとしてくるネガティブな感情。それを払うように首を大きく振り、机に突っ伏した。

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