第13話 国王の密命と覚悟の選択

国王陛下からの突然の呼び出し――その報は、ローゼンベルク家に軽い衝撃と共に緊張感をもたらした。俺――クリスティアナ(中身は佐々木翔太、18歳)は、父であるローゼンベルク公爵と共に、急ぎ王宮へと向かう馬車に揺られていた。

(一体、何なんだ…? 俺が何かやらかしたってわけじゃないよな…?)

心当たりと言えば、夜会での目立ちすぎた行動や、エルドラドのレオニダスとの接触くらいだが、それが国王陛下直々の呼び出しに繋がるとは考えにくい。ノアールの不吉な囁きが脳裏をよぎり、最悪の事態ばかりが頭を巡る。しかし、外面はあくまでも冷静沈着な公爵令嬢クリスティアナ。内心の動揺を悟られぬよう、背筋を伸ばし、窓の外を眺めているフリを続けた。

王宮に到着すると、俺たちはいつもの謁見の間ではなく、国王陛下の私室に近い、よりプライベートな雰囲気の応接室へと通された。そこには、国王陛下ご自身と、アストリア王国の政治を長年支えてきた宰相閣下の二人だけが待っていた。普段よりもずっと厳粛で、張り詰めた空気に、俺の緊張は否応なく高まる。

「ローゼンベルク公爵、そしてクリスティアナ嬢、急な呼び出しに応じてくれて感謝する」

国王陛下は、穏やかながらも有無を言わせぬ威厳を湛えた声でそう言った。

「陛下よりお召しとあらば、いかなる時も馳せ参じる所存でございます」

父が恭しく頭を下げる。俺もそれに倣い、淑女の礼を尽くした。

国王陛下は、まず俺の最近の目覚ましい「変化」――学問への取り組みや、夜会での立ち居振る舞い(王子とのダンスはともかく)、そしてレオニダスとの応対ぶりなどを、まるで全てお見通しであるかのように語り、高く評価していると述べた。その上で、彼は驚くべき提案を口にしたのだ。

「クリスティアナ嬢、そなたのその若き知性と、古い慣習にとらわれぬ柔軟な発想に、朕は大きな期待を寄せている。そこで、そなたにアストリア王国の将来を左右する、ある重要な計画に参加してもらいたいと考えておるのだ」

「…は?」

あまりに予想外の言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声が出そうになるのを必死でこらえた。国の将来を左右する計画? この俺が?

国王が提示したのは、隣国エルドラドとの間で長年の懸案となっている国境付近の資源地帯に関する権利交渉において、アストリア側の特使団の一員として、その知恵と交渉力を貸してほしい、というものだった。それは、下手をすれば両国の外交問題に発展しかねない、非常にデリケートかつ重要な任務だ。

「エルドラドとの、特使団…でございますか…?」

俺の声は、自分でも分かるほど上ずっていた。

「うむ。そなたがヴァレンシュタイン卿と渡り合った際の冷静さと機転は、側聞ながら見事であったと聞く。あの男が相手ならば、生半可な交渉術では太刀打ちできぬ。そなたの新たな視点が、膠着状態にある交渉を打開する鍵となるやもしれぬ」

国王の言葉に、俺は激しく動揺した。確かにレオニダスとは腹の探り合いをしたが、それがまさかこんな形で評価されるとは。自分はただ、自分の破滅フラグを回避し、平穏に生きたいだけだったはずだ。それがなぜ、国の運命を左右するかもしれない外交交渉の矢面に立たされなければならないのか?

しかし、ここで断ればどうなる? 国王直々の要請を断るなど、それこそローゼンベルク公爵家、いや、俺自身の新たな破滅フラグを盛大に打ち立てることになりかねない。それに、ノアールの言っていた「世界の選択」「反動」という言葉が、不吉な予感と共に脳裏をかすめる。これは、俺がこの世界で生き残るために、そして何かを変えるために、避けては通れない「試練」なのかもしれない。

俺は、ほんの数秒の間に、脳内で凄まじい勢いで思考を巡らせた。そして、一つの覚悟を決めた。

「…陛下。わたくしのような未熟者に、そのような大役が務まりますかどうか…。ですが、陛下がわたくしにそれほどの期待を寄せてくださるのであれば、このクリスティアナ・フォン・ローゼンベルク、全身全霊をもって、そのご期待にお応えできるよう努力いたす所存でございます」

俺は、深々と頭を下げ、できる限り力強い声でそう答えた。もう後戻りはできない。やるしかないのだ。

国王陛下は、俺の返答に満足そうに頷いた。

「うむ、見事な返事だ、クリスティアナ嬢。そなたのその若さと勇気に期待している。詳細は追って宰相から伝えさせる。困難な任務となろうが、そなたならばきっと成し遂げられると信じておるぞ」

宰相閣下もまた、厳格な表情をわずかに緩め、「クリスティアナ様の近頃のご評判と、先程のヴァレンシュタイン卿との一件を鑑みれば、この抜擢は決して突飛なものではございません。ご活躍を期待しております」と、静かに言葉を添えた。

彼らの言葉の裏には、俺の能力を試すだけでなく、ローゼンベルク公爵家をより王家に取り込み、その力を利用しようとする政治的な思惑も透けて見える気がしたが、今の俺にはそれを気にする余裕はなかった。

屋敷に戻り、父とアルフレッドに国王陛下からの密命を報告すると、二人は驚きを隠せない様子だった。

父は、しばし絶句した後、「…クリスティアナよ、そなたがそれほどの大役を任されることになろうとは…。だが、ローゼンベルク家の人間として、そしてアストリアの民として、その誇りを胸に、全身全霊で務めを果たしなさい。父も全力でそなたを支えよう」と、厳しくも温かい言葉で俺を激励してくれた。

アルフレッドは、「姉上が、国の特使に…!? 大丈夫なのですか、そんな危険なこと…」と、俺の身を案じながらも、その瞳にはどこか誇らしげな光が宿っていた。「僕も、姉上の力になれるよう、もっともっと強くなります!」

侍女のマリーたちは、「まあ! クリスティアナお嬢様が、国の重要なお役目を引き受けられたですって!? なんて素晴らしいのでしょう!」と、手放しで大騒ぎだった。…いや、そんなに喜ばしいことばかりじゃないんだがな、と内心でツッコミを入れる。

その日から、俺の生活は一変した。エルドラドとの交渉に関する膨大な資料の読み込み、過去の交渉経緯の分析、国際法や外交儀礼の習得…。それは、まさにゲーマーが未知の超難関クエストに挑むような、終わりなき戦いの始まりだった。

しかし、俺は決して一人ではなかった。マクシミリアン先生は、俺のために専門的な知識を持つ学者を紹介してくれ、彼らは惜しみなく俺に知恵を貸してくれた。騎士団長の息子シルヴァンは、エルドラドの軍事事情や、国境付近の地理に詳しい騎士を推薦してくれ、貴重な情報を得ることができた。そして何より、父であるローゼンベルク公爵が、その政治力と人脈を駆使して、俺の活動を全面的にバックアップしてくれたのだ。

日々、山のような課題に忙殺されながらも、俺は不思議な充実感を感じていた。前世では、ただ漫然と日々を過ごしていた俺が、今、この異世界で、国の未来を左右するかもしれない重要な任務に挑んでいる。それは、恐ろしくもあり、同時に途方もなくエキサイティングなことでもあった。

そんなある日、エルドラド側の交渉担当者のリストに目を通していた俺は、ある名前に釘付けになった。

レオニダス・フォン・ヴァレンシュタイン――。

やはり、あの男か。彼が以前、別れ際に言っていた「また近いうちにお会いすることになるでしょう」という言葉が、単なる社交辞令ではなかったことを、俺は今更ながら理解した。

国王陛下から任されたこのプロジェクトは、確実に、俺をレオニダスとの再会へと導いている。そしてそれは、おそらく、アストリアとエルドラド、二つの国の運命を賭けた、新たな戦いの始まりを意味していた。

俺は、ぎゅっと拳を握りしめた。

(望むところだ、レオニダス…! この俺が、お前の野望を打ち砕いてやる!)

悪役令嬢クリスティアナ(中身は残念系ゲーマー男子)の、次なるステージの幕が、今、静かに上がろうとしていた。

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