第8話 謎の男と魂の秘密
「クリスティアナ・フォン・ローゼンベルク嬢ですね? …ようやくお会いできました。あなたの『変化』、実に興味深く拝見しておりましたよ」
目の前に現れた、艶やかな黒髪と深い紫色の瞳を持つ謎の美青年――仮にノアールと呼ぼう――の言葉に、俺――クリスティアナ(中身は佐々木翔太、18歳)は全身の血の気が引くのを感じた。「変化」という言葉が、やけに俺の胸に突き刺さる。
「…わたくしのことを、ご存知なのですか?」
警戒心を最大限に高め、震える声で尋ねる。この男、ゲームには登場しなかったはずだ。一体何者なんだ?
ノアールは、俺の警戒など意にも介さず、薄く笑みを浮かべた。
「ええ、存じ上げておりますとも。あなたの『魂』の色が、ある日を境に劇的に変わったのを、遠くからでも感じておりましたので」
「魂の色が変わった…?」
オカルトチックな言葉に、俺は眉をひそめる。こいつ、何を言っているんだ? まるで、俺が別人になったことを見抜いているような口ぶりじゃないか。
「あなたは以前のクリスティアナ嬢とは、まるで違う輝きを放っている。まるで…そう、別の魂が宿ったかのように」
ノアールの紫色の瞳が、俺の心の奥底まで見透かそうとするかのように、じっと見つめてくる。その視線に、俺は背筋が凍るような恐怖を感じた。
(こいつ、まさか…俺が転生者だと気づいているのか!?)
そんな俺たちの異様な雰囲気に気づいたのか、少し離れた場所にいたエドワード王子やシルヴァンが、訝しげな表情でこちらに視線を向けているのが見えた。
ノアールはそれに気づくと、肩をすくめてみせた。
「おっと、あまり長居をすると、あらぬ誤解を招いてしまいそうですね。殿方が心配していらっしゃるようですし」
彼は芝居がかった仕草で周囲を見渡し、そして再び俺に視線を戻した。
「私はただ、あなたという『稀有な存在』に、一度ご挨拶申し上げておきたかっただけなのです。また近いうちにお会いできるでしょう、クリスティアナ嬢…いえ、『もう一人の魂』を持つ方」
そう言い残すと、ノアールはふわりと身を翻し、あっという間に喧騒の中へと紛れて姿を消してしまった。まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。
俺は、その場に立ち尽くすしかなかった。「もう一人の魂を持つ方」…その言葉が、頭の中で何度も何度も反響する。間違いなく、この男は俺の秘密を知っている。あるいは、それに限りなく近い何かを。
これまで、ゲーム知識という絶対的なアドバンテージがあると思い込んでいた。だが、ゲームには存在しないイレギュラーなキャラクター、しかもこちらの秘密を嗅ぎつけているかもしれない存在の登場に、俺は底知れぬ恐怖と混乱を覚えていた。
「姉上! 大丈夫ですか!? あの男は一体…!?」
顔面蒼白になっている俺に気づいたのか、弟のアルフレッドが慌てて駆け寄ってきた。その顔には、心配の色が濃く浮かんでいる。
「な、何でもないわ、アルフレッド…。少し、気分が悪くなっただけだから…」
必死に平静を装ってそう答えるが、声が震えているのが自分でも分かった。アルフレッドは、俺の取り繕った言葉に納得がいかない様子だったが、今はそれ以上追及する時ではないと判断したらしい。
「…とにかく、もうお屋敷に戻りましょう。顔色が悪すぎます。父上には、僕からきちんと話しておきますから」
アルフレッドはそう言うと、俺の手をそっと引き、会場の出口へと導いてくれた。いつもは生意気な弟だが、こういう時の彼は本当に頼りになる。
俺たちは、主催者である国王陛下にアルフレッドを通じて体調不良を伝え、夜会を早退することになった。俺の突然の退席は、会場に残った貴族たちの間で、また新たな憶測を呼ぶことだろう。「やはり体調が悪かったのでは」「あの謎の男と何かあったに違いない」「エドワード王子とのダンスが、よほど負担だったのかしら」…そんな声が聞こえてきそうだ。特に、エドワード王子は、俺が退出する際、何か言いたげな、心配そうな視線を向けていたのが印象に残っている。
ローゼンベルク家の馬車に乗り込み、王宮を後にする。ガタガタと揺れる馬車の中で、俺は先程のノアールの言葉を何度も反芻していた。
「魂の色が変わった」「もう一人の魂を持つ方」
彼は一体何者なんだ? 何が目的で俺に接触してきた? そして、俺の転生の秘密が、この世界の誰かに知られているという事実と、これからどう向き合っていけばいいんだ?
これまでは、ゲームのシナリオという名の「攻略本」を頼りに、破滅フラグを回避することだけを考えてきた。だが、これからは未知の脅威、ゲームには存在しなかった要素にも対処していかなければならない。不安は、正直言ってめちゃくちゃ大きい。
それでも。
(それでも、俺は生き残ってやる…! こんなところで、くたばってたまるか!)
元の世界に戻れる保証なんてどこにもない。ならば、このクリスティアナとしての人生を、全力で生き抜いてみせる。たとえ、どんな困難が待ち受けていようとも。
同時に、自分の最大の秘密を握られているかもしれないという事実は、これまでにないほどのプレッシャーとなって俺にのしかかってきた。ノアールという男は、敵なのか、味方なのか。それすらも分からない。
屋敷に戻り、侍女たちに心配されながらも何とか自室にたどり着く。心身ともに疲れ果て、ベッドに倒れ込みたい衝動に駆られたが、その前に一つ、確認しておきたいことがあった。
(あの男、本当に何者なんだ…? まるで幽霊みたいに現れて、消えて…)
そんなことを考えていた、まさにその時だった。
「――驚かせてしまったようですね。少し、お話ししませんか?」
部屋の窓辺に、いつの間にかその男――ノアールが立っていた。月明かりを背に、その紫色の瞳が妖しく輝いている。施錠したはずの窓は、固く閉ざされたままだ。
「なっ…!?」
俺は声にならない悲鳴を上げ、ベッドから飛び起きた。神出鬼没とは、まさにこのことだ。こいつ、一体どんな手を使ったんだ!?
ノアールは、俺の驚愕を気にも留めず、優雅な仕草で一礼した。
「夜分に申し訳ありません、クリスティアナ嬢。ですが、あなたとは、少しゆっくりとお話しする必要があると思いまして」
その言葉は、有無を言わせぬ響きを持っていた。俺の異世界ライフは、どうやらとんでもない方向に進み始めているらしい。
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