【TS】俺が悪役令嬢!?~残念系ゲーマー男子、美少女ボディで破滅フラグ乱立回避!~

風葉

第1話 俺、悪役令嬢クリスティアナ(8歳)になる

「あー、くっそ、クリスティアナ様、またやらかしてんなぁ」


深夜、薄暗いワンルームの部屋に、俺――佐々木翔太ささき しょうた、18歳の声が響く。どこにでもいる、ごく平凡な男子大学生だ。しいて特徴を挙げるなら、ちょっとばかり猫背で、コミュニケーション能力が平均よりやや下、そして乙女ゲームにどハマりしていることくらいか。


今まさにプレイしているのは、巷で大人気の乙女ゲーム「エターナル・ラバーズ~君との永遠の誓い~」、通称「エタラブ」。王道の学園恋愛ファンタジーで、イケメン攻略対象者がズラリと並ぶ、眼福ものの作品だ。


もちろん俺は、ヒロインに感情移入してキャッキャうふふするタイプではない。俺の楽しみ方は、そう、悪役令嬢クリスティアナ・フォン・ローゼンベルク様の、見事なまでの破滅へのムーブを観察することだ。


「この女、本当にブレねぇ。毎回毎回、なんでそっちの選択肢を選ぶかなぁ!」


クリスティアナ様は、絵に描いたようなテンプレ悪役令嬢だ。金髪縦ロールに、高飛車な性格、ヒロインへのあからさまな嫌がらせ。その結果、待ち受けるのは断罪からの国外追放、あるいは良くて修道院送りという、これまたテンプレなバッドエンド。だが、それがいい。それが面白い。彼女の行動の一つ一つが、破滅フラグ建設業者も真っ青な見事な手際で、俺はある種の尊敬の念すら抱いていた。反面教師として、これほど優れた教材もないだろう。


「さてと、新イベントの推し、攻略対象のクール系騎士様の限定カードもゲットしたし、腹減ったな…」


時計を見れば、午前2時半。さすがに小腹も空く。冷蔵庫は…空っぽ。仕方ない、近所のコンビニで何か買ってこよう。俺はよろよろと立ち上がり、安っぽいスウェット姿のまま部屋を出た。


深夜の住宅街は静まり返っている。ぼんやりとした頭で、いつもの横断歩道に差し掛かった。右見て、左見て…うん、車は来てないな。一歩踏み出した、その瞬間。


――キィィィィッ! ドンッ!!

強い光と衝撃。体が宙に浮く感覚。ああ、これ、あれだ。よくある異世界転生の導入じゃね…? トラックに轢かれるやつ…。まさか俺が…。クリスティアナ様の破滅っぷりを笑ってる場合じゃなかったな…。


そこで、俺の意識はプツリと途絶えた。

次に目覚めた時、俺の視界に飛び込んできたのは、見たこともない豪華絢爛な天蓋付きのベッドだった。ふかふかの羽毛布団に、シルクのような滑らかなシーツ。そして、自分の手が、やけに小さくて華奢なことに気づいた。なんだこれ。白魚のような、なんて表現がピッタリな、か細い指。


「え…?」

混乱しながら体を起こす。視界の高さが明らかに低い。そして、ふわりと揺れる金色の髪。


まさか、とは思う。だが、嫌な予感しかしない。震える手で頬に触れると、そこには柔らかな感触。

部屋の隅には、大きな姿見があった。俺は覚束ない足取りでそれに近づき――そして、絶叫した。


「ぎゃああああああああああっ!!!」

鏡に映っていたのは、見間違えようもない。俺が「エタラブ」でさんざん観察してきた、あの悪役令嬢、クリスティアナ・フォン・ローゼンベルク! それも、まだあどけなさの残る、おそらく8歳くらいの姿だ!


「お、お嬢様!? いかがなさいましたか!?」

俺の絶叫を聞きつけ、メイド服を着た女性たちが慌てて部屋に飛び込んできた。その顔にも見覚えがある。クリスティアナ付きの侍女、アンナとマリーだ。


「な、なんでもないわ! ちょっと、虫が出ただけよ!」

とっさに、クリスティアナ様が言いそうなセリフで誤魔化す。中身は18歳の男だが、見た目は美少女令嬢。このギャップ、キツすぎる。


侍女たちが半信半疑ながらも下がっていくと、俺は再び鏡の前にへたり込んだ。


嘘だろ…。俺が、クリスティアナに…? よりにもよって、あの破滅フラグ乱立女に転生とか、何の罰ゲームだよ!?


頭を抱えていると、前世の記憶と共に、「エタラブ」の膨大なシナリオ情報が洪水のように脳内に流れ込んできた。クリスティアナのこれまでの人生、彼女が犯してきた数々の愚行、そしてこれから彼女を待ち受ける破滅の未来――その全てが、手に取るように鮮明に思い出せる。


「…マジかよ」


言葉も出ない。8歳のクリスティアナは、すでにその片鱗を見せ始めていた。わがままで傲慢、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こし、弟のアルフレッドには特に厳しく当たる。ゲームでは、この時期に弟との間に決定的な亀裂を生むイベントが発生するはずだ。


確か、アルフレッドが大切にしている木彫りの騎士人形を、クリスティアナが些細なことで怒って壊してしまうのだ。そして、謝るどころか「そんなガラクタ、私が新しいのを買ってあげればいいでしょ!」と罵倒し、アルフレッドの心を深く傷つける。これが、後の兄弟間の断絶に繋がる、地味ながら重要な破滅フラグの一つだった。


「冗談じゃねぇ…」


俺はクリスティアナの人生なんて歩みたくない。断罪も国外追放も、修道院送りも真っ平ごめんだ。第一、中身は男なんだぞ! 美少女の皮を被って、そんな悲惨な目に遭うなんて、悪夢以外の何物でもない!


しかし、嘆いていても状況は変わらない。俺がクリスティアナになってしまった以上、この運命を受け入れるしかない。


…いや、受け入れる?


違うだろ。


俺には、佐々木翔太としての記憶と、「エタラブ」の膨大な知識がある。これは、もしかしたら最大の武器になるんじゃないか?


そうだ。破滅する未来が分かっているなら、それを回避すればいいだけの話だ。


「…ふっ」

思わず笑いがこみ上げてきた。絶望からの反動か、あるいは開き直りか。


「やってやるよ。こうなったら、俺が! このクリスティアナ・フォン・ローゼンベルクを、誰もが羨むハッピーエンドに導いてやるぜ!」


鏡の中の美少女が、不敵な笑みを浮かべる。その瞳には、先程までの絶望の色は微塵もなかった。


「まずは手始めに、だ。直近の破滅フラグ…弟アルフレッドとの亀裂決定事件! こいつを華麗に回避して、幸先の良いスタートを切ってやろうじゃねえか!」


俺は、クリスティアナの小さな拳をギュッと握りしめた。目指すは、平穏かつ快適な未来。そのためなら、どんな手だって使ってやる。


ゲーマー魂が、今、悪役令嬢の体で燃え上がっていた。俺の、いや、「俺様」の異世界逆ハーレム…じゃなくて、破滅フラグ回避コメディが、今、幕を開ける!

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