第8話 レジスタンス本拠地
レヴァンシア、旧地下鉄跡地。
ネオン都市の下、
忘れ去られた暗闇の中に、
レジスタンスの拠点は存在していた。
ジュラは、セラに導かれて暗いトンネルを進んだ。
無数の古い線路。
崩れかけたホーム。
壁一面に張り巡らされた、非公式ネットワークのコード群。
現実ではもう誰も使わない地下鉄網を、
レジスタンスは密かに生き返らせ、
活動拠点としていた。
扉を開けると、
広大なスペースが広がっていた。
そこには、数百人規模のプレイヤーたち。
誰もが、
ネオレルムの運営に対して"NO"を叩きつけた者たちだった。
中には、
重改造された身体を持つ者もいれば、
情報戦を得意とするハッカーたちもいた。
ネオンの海の底で、
彼らは確かに生きていた。
「ようこそ、ジュラ。」
出迎えたのは、セラの上司らしき男だった。
長身で、鋭い目を持つ。
名を、クロウと言った。
彼は、ジュラを一目見るなり、言った。
「お前をずっと、待っていた。」
ジュラは、眉をひそめる。
「俺を……知ってるのか?」
クロウは、静かに頷いた。
「知っている。
お前は、ただのプレイヤーじゃない。
この世界に干渉できる、"適応者"だ。」
「適応者……?」
聞き慣れない言葉だった。
クロウは、壁に映し出したホログラムを指し示した。
そこには、ネオレルムの中枢データマップが映っていた。
「ネオレルムの中核には、まだ誰も到達していない"第零層"がある。
そこに眠るのが、真実の箱だ。」
「普通のプレイヤーでは、アクセスすらできない。
システムが認めた"適応者"だけが、鍵を持っている。」
そして、クロウは言った。
「ジュラ──お前が、その一人だ。」
ジュラは、言葉を失った。
自分が、ただ走ってきただけの存在ではないこと。
世界の根幹に、無意識のうちに関わっていること。
すべてが、一気に現実味を帯びて、
胸を圧迫した。
「真実の箱を開けろ。」
クロウの声が、静かに響く。
「そうすれば、この腐った世界を終わらせることができる。
新しい自由を、取り戻すことができる。」
ジュラは、拳を握った。
走る理由。
生きる理由。
それが、ようやく目の前に姿を現し始めた。
(──俺が、この世界を変える。)
ジュラは、静かに頷いた。
そして、新たな覚悟を胸に、前を見据えた。
・・・
ジュラの愛機が、暗いトンネルに響く低い唸り声を上げた。
カインが仕上げた特製マシン。
ネオレルム内の異常領域用に、
反重力安定装置と、自己修復プログラムを搭載してある。
名を──《オルタ・ブレイカー》。
鋭角的なフォルム。
黒いボディに、流れるような青のライン。
それは、
ネオンの闇を切り裂くためだけに生まれた獣だった。
「ジュラ、聞こえる?」
通信越しに、セラの声が届く。
「この先、《ネオクラッシュゾーン》に入るわ。
ここから先は、正常な物理法則が通用しない。
ビルが逆さになり、重力がぐちゃぐちゃに捻じれる。」
「普通の移動じゃ、絶対に無理。」
「だから──」
「走れ。」
ジュラは、短く答えた。
「任せろ。」
アクセルを踏み込む。
オルタ・ブレイカーが咆哮を上げ、
ジュラを乗せて、闇へと飛び出した。
《ネオクラッシュゾーン》。
そこは、現実と仮想がねじれ、溶け合った異空間だった。
空が地面に落ち、
ビルが空中で逆さまに吊るされ、
道路は波のように蠢いていた。
「行け……!」
ジュラは、歯を食いしばった。
オルタ・ブレイカーが暴れる重力を蹴散らしながら突き進む。
前方から崩れ落ちるデータの瓦礫。
左右から飛来する崩壊した建物の破片。
コースなんて存在しない。
ただ、自分の感覚だけを信じて走る。
跳ぶ。
宙を舞うビルの破片を、
加速して飛び越え──
落ちる。
地面すらない場所に、マシンを叩きつけ──
すぐにアクセルを踏み込み、
次の崩壊を乗り越える。
一瞬でも迷ったら──
即、デリート。
この世界では、
"生き残る"="走り続ける"ことだった。
「ジュラ……!まだ大丈夫!?」
セラの通信が震える。
ジュラは、薄く笑った。
「余裕だ。」
心の中で、確かに思った。
(これが……俺の生き方だ。)
誰にも許可されない。
誰にも制御されない。
誰にも止められない。
俺は、走る。
それが、俺だ。
ラストストレート。
目前、裂けた地面の先に、目的地へのアクセスゲートが見えた。
だが、その手前に、
巨大な崩壊の渦──データクラックがうねっていた。
普通なら、絶対に無理。
誰も、そこを越えられない。
だが、ジュラは──
アクセルを、さらに踏み込んだ。
マシンが、
咆哮を上げる。
空間がねじれる。
重力が乱れる。
だが、ジュラは──
真正面から、ぶち抜いた。
オルタ・ブレイカーは、
光の奔流を裂き、
ジュラを目的地へと運んだ。
そして──
ジュラは生き延びた。
勝ったのだ。
自分自身に。
この世界に。
アクセスゲートの前で、ジュラはマシンを降りた。
ヘルメットを外し、
夜空を見上げる。
ネオンと星の海。
どこまでも、
自由で、孤独で、
そして、美しい世界。
俺は、まだ走れる。)
ジュラは、静かに微笑んだ。
そして、歩き出した。
第零層への、
まだ誰も踏み込んだことのない領域へ。
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