1-20 ラストナイトダンス

 目が覚めれば、そこは上空であった。上には巨大な穴があり、自分たちはそこから出てきたのであろうと理解する。自身の腕の中には、裸のラビィがいた。九歳ではない。成長した、十四歳のラビィが。下を見れば、吼えながら天高く昇っていく電光を纏った巨大な海獣がおり、そしてそのさらに奥、崩れかけた塔の上に魔術で翼を展開した人影を三つ確認する。そのなかのひとつに、エナは頬を緩ませ、涙を堪える。向こうもこちらに気付いたのか、全員がこちらを見つめている。そして。最愛の神様せんぱいが、自分の名を叫んだ。


 「………エナっ⁈」

 「─カイムっ‼︎夜明けを───迎えにいこうッ‼︎」


 空いた塔の穴に巨大な魔法陣を描き床を作り、そこに降り立つ。カイムら三人もそこに降り立ち、全員顔を合わす。


 「エナ…あんた、どこに…いや、それよりもその子は…?」

 「ルビミーニャ=アインツィヒ。消えた港街、パラヴィエの領主だよ。─あなたが、ウミアですね。私は眠りの魔王エナバラム。カイム、私と契約してること話してる?」

 「もうしてるわよ。そう、この子がウミアの言っていた…」

 「うん…うん…っ。─ねえ、ラビィは…」

 「ちゃんと生きてるよ。─起きて、ラビィ。また、夢に来たよ」

 「ん…う………」


 エナの声に、ラビィは目を覚ます。視界に映ったエナを見て微笑み、次にカイムとノエル、そして─その横にいた、ウミアを捉え、少しだけ目を落として笑う。


 「…ただいま」

 「うん…っ、おかえり…っ‼︎」

 「お互い感動の再会だけど、夜明けを迎えるために今からすべきことを話すよ」

 「夜明け…ほんとうに、夜明けが見れるの?」

 「うん。だからそのためにすべきこと─かんたん。あのおっきなクジラを殺す」

 「あの鯨も、きっとソロモン部隊なんでしょ?名前は?」

 「海王の魔神アスモデウスです。アスタロト様の右腕であったと」

 「アスモデウス…私も少しは知識あるよ。山ほどのサメ、タコ…形に諸説はあれど、巨大な海の生き物だって。鯨…か。単純だけどいちばん大きいね。すごいや、何百メートルあるんだろう」

 「…ねえ、ラビィ。聞きたいんだけど…」

 「なに…?」

 「ソロモン部隊はね、ラビィそっくりの女の子が操ってたの。さっきまで私たちはアスモデウスっていうのをファレストロイナ様と破滅の魔王アスタロト様が相手にしてたんだけど。ふたりがアスモデウスの動きを封じたところで女の子をカイムが引きずり出して…殺したと思ったら異形の姿になって叫んで…空に亀裂が走って…そしたら、そこからふたりが出てきたの」

 「ああ…アスタロト様もこの国にいたんだっけ。女の子…うん、それは」


 両腕の上に、バイオリンを顕現させて。


 「─私の一部だよ。夢の中と自覚してからは守護神に指示を出してそう動くように仕向けさせてた。五年前から私はずっとパラヴィエに閉じ込められてたから。すべてはこうして動かすための計画のうち。…天使様たちは流石に予想外だったけど」

 「あや…つった?…え?」

 「…なんですって?」

 「ああ…その。カイム、ノエルちゃん、それと…ウミアも、聞いて。きっと何人の犠牲が出たんだって言いたいんでしょ。わかってる、この五年間で数えきれない人々がソロモン部隊に殺されたって。でもこれだけは言える。犠牲になった人たちは生きてる。確実にね」

 「どういう…ことよ。今まで多くの行方不明者が出て、なかには腕や足だけが見つかった人もいるって。記録にも…そう残ってたのよ」

 「カイム。人間が夜にすること、わかる?」

 「…?…睡眠…?」

 「そう、睡眠。じゃあ、睡眠中にすることは?」

 「…夢を…見る?」

 「そこまでわかったら大丈夫。答えは、それだよ。単純な話、チステールの全員同じ夢を見ているんだ。この百年間」

 「…は?」

 「だいじょうぶ、わたしたちもちゃんと現実に存在してるよ。百年前になにかが現実で起きたんだと思う。まあ、行ったほうが早い。くじら、殺そう」

 「え、ええ?か、かいむ…なに言ってるかわかった?」

 「いいえ、全く。けど…」


 カイムはエナの瞳を見て。なにかを確信したようなその眼に、何故だかはわからないが…確実性を見出す。何故だかはわからないが、言っていることは確かなのだと、そう思わせられる。


 「…夜明けが来れば、自ずとわかるのね?」

 「そういうこと。ま、私たちはまだ先だけどね」

 「…?まだ先…?まあ、いいか。とりあえず…アスモデウスを導くわよ」

 「…夢を見ているというのはさっぱりですが…きっと、なにかがわかったのでしょう。話は後で聞きます、今はアスモデウスを」

 「そう…だね。再会を喜んでる暇はないね。ふたりにはなにか策があるんだよね?聞かせて」

 「…わかった。じゃあ今から策を伝える」


 四人は顔を合わせてラビィの話を聞く。そして、頷きあったあとそれぞれカイム・ノエル・エナ、ウミア・ラビィと二手に分かれ、行動を開始する。


 「エナ…」

 「うん?どうしたの?」

 「向こうで何があったかはあとで聞くわ。でも…ずいぶんと、変わったわね」

 「…変わってないよ。ただ寝坊助さんが治っただけ」

 「でも…どこか誇らしげで。とても魔王らしい顔、してますね。ふふ」

 「───。うん。だって私は…どの世界でも、魔王なんだからね」


 「ねえ、ラビィ」

 「…うん」

 「五年間、ずっと探した。ずっと会いたかった」

 「…うん」

 「なのにやっと会えたと思ったら五年間国で問題になっていた失踪事件がラビィのせいだって…もう、いろんな感情がごちゃごちゃで自分でもわからないよ」

 「…わかってる」

 「とりあえず、これが終わったらたくさん聞かせてね。約束だよ!」

 「もちろん。もう、ずっと離れない。アルタイルとベガのようにはならないから」


 そうして、各々─夜空を舞う巨大な鯨、海王の魔神フォルネウスに向かって飛び立ったのだった。

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