1-12 「意味」
アスタロトと邂逅してから二週間後。
謁見の連絡が全く来ないため時々ノエルが感知する反応をもとにエナの捜索に出かけたり、一文無しなので一時的に騎士団に所属し時にはウミアとともに、時には契約者の身体能力を活かし単身で竜や獣の狩猟依頼や採取依頼、護送依頼や都の警備をして過ごしていた。ノエルもカイムのサポートに回ったり、従者としての経験を活かし都の人の手伝いや病院での介抱などをして過ごしていた。子宮の位置にある契約紋はノエルの幻惑魔術で隠してもらい、今までなんとかバレずに過ごしている。が、それでも痛みには慣れないが。
カイムたちがチステールに来た理由も、ミロナーク聖国第一王女という身分も、今のミロナークの現状も全てカイムたちの意向で公表されたが、ミロナークで過ごした時のように休憩時間に子どもと駆け回ったり顔が汚れることなど気にせず頬張ったり誰に対しても分け隔てなく接するカイムの行動は最初は亡国の姫君に対する同情と王族という身分によそよそしかったチステールの民も次第に慣れ、今や見かければ声をかけられるほどに親しくなっていた。そしてなによりこの国を統治している騎士団に所属しているという後ろ盾があることにより身の安全も多少は保護され、現に今まで襲撃されるようなことは起きていない。
そして今─カイムとノエルはスビヤに向かっていると連絡があった旅団からの救援要請に赴いて旅団を襲撃していた赤い傷の付いている獣竜を討伐し、護衛をしながら道中の開けた場所で野営地を設置しそこで休みながらウミアと焚き火を囲んでいた。
「ふぅ…やっぱりカイムはすごいねー!ほんとうに人間なの?」
「ありがと、でもノエルがいるからよ。ノエルの魔術のおかげで今日まで生きてこれたんだもの」
「謙遜を。私の意思はカイム様の意思。私はただ、微力ながらお力添えをしているに過ぎません」
「ふたりともほんと仲良いよね〜。そういえば初めて会った日も言ってたね、身体をよく重ねてたとか──」
「っぶッ‼︎あんたねェ、こんなとこで言ってんじゃないわよ‼︎」
「あははっ、ごめんごめん。でもほんと仲良くて羨ましいな。私も…なんだか寂しくなってきちゃった」
「…。好きに言いなさい。あーもう先に帰って良いかな」
「だめですよ、最後まで任を全うしないと。どうですか?もう一杯」
「はあ、ノエルもしっかり染まったわね」
「だぁってもう二週間だよ〜?そりゃあ染まるよ〜!にしても、休憩時間とかでもいろんなとこ行くよね。どこ行ってるの?」
「…まあ、いろいろ。地理も把握しなきゃだし。暇だったら体動かさないとね。おかげでこの国の天候とかもだいぶ予測できるようになってきたわ」
チステールはなだらかな山岳地帯が多い国だ。標高の高い山々に囲まれた首都スビヤは綺麗な湖のなかにあり、また山々に囲まれている盆地であり空気が澄んでいるため気象に恵まれている。水が多く、チステール自体も比較的寒いため霧が多いのは永夜でも豊かな森林地帯から蒸発した水が空に昇るまでに冷え雲にならずそれが霧となり、さらにはなだらかな山岳地帯なおかげか海側のほうでできた雲が風とともに内陸へ流れる。ウミアの言う真っ白な霧で包まれる日はそうできるのだとわかった。が、それでは説明できないほど霧が濃い日があるのもまた事実。
「蒸気を使って動かす機械にオートマタ。かなり技術が進んでいるのね…」
「貰いものの知識だけど、チステールの技術は普通だよ。ほら、ミロナークは聖国…創造神様の治める国だから伝統的な変わらない生活を営んでいるんでしょ?だから他国と比べて魔術じゃないそういう技術の発展が遅いのかも」
「あぁ…。通信機とかも確かに他国から来たものだしね。ほんとあれ初めて見た時の衝撃といったら」
「世界ってこんなに広がるんだって感動されてましたもんね」
「そうね。懐かしいわ。─にしても…。今回も赤い傷が目立っていたわね。数々の失踪事件…突然の嵐…永夜の国…繋がりが見えないわね」
周囲を見渡し、旅団の周りを警戒する機構─オートマタ。ファンタジーにあるような精巧な造りではないものの、部品とネジ、蒸気の動きがどことなくノスタルジーを感じさせる。
「んでも、お手柄だったじゃない。失踪事件の犯人が断定はできないけどまさか異形化したソロモン部隊だったなんて。そりゃ精鋭部隊を送りこんでも帰ってこなかったわけだよ。地理を把握するのに熱心なのはいいけどほどほどにするんだよ!なにかあったら許さないからね!」
「わかってるわよ」
騎士団へ戻った後、すぐにルディへ報告をした。「通常の魔族の数兆倍もの生体反応を検知、姿や扱う能力からみてもソロモンの堕天使かもしれない」と。そして現在騎士団は国民へ失踪事件の真相とともになるべく森や山に入らぬよう呼びかけている。カイムとノエルは関係なく反応をもとにエナを探す日々を送っているが、結局見つからずあれ以来オセとアミーとも遭遇してはいない。なにはともあれ、収穫のない日々を送っている。
空を見上げると、遥か上空にて筋状の雲が列を成して伸びていることに気が付いた。
「あれ…なに?竜…じゃないわよね」
「んぁ?ああ、あれ。少し前に開発された航空戦闘機だよ。あれに乗って飛行魔術を使うとなんだかよくわからないけど効率が上がってあんな速度を叩き出せるの」
「…ほんと、ミロナークは遅れてるのね…」
「だからそう悲観しないでって。チステールから近い『花の国シグペニーネ』は最先端の技術が集ってるらしいし。チステールが遅れてるって言えるんじゃない。…あの戦闘機初めて乗った時は夢が叶った気分だったよ」
「夢…?」
「うん。世界を見てみたくて騎士になったとは言ったけど、鳥みたいに自由に羽ばたけたらとも思ってた。渡り鳥ってあるでしょ?あんな自由に飛べたらなって思ってた」
「…。いいわね」
そうして団欒を過ごしていると、ウミアの耳につけられた通信機からふと着信のブザー音が鳴り響き、ウミアは耳に手を当てる。
「─はい、こちらウミア。ただいま旅団の護衛任務中です、どうぞ…えっ⁈今すぐにですか?え、いや…今旅団と護衛のみなさんを休ませているので見張り中なんです、どうにかできませんか?無理?確かに旅団の護衛もいますよ、けど最近よく見るキズが付いた飛竜との戦闘で負傷しているんです、そこをどうにか…はあ、帰ったらすぐですねわかりました」
「ウミア様?」
「なにかあったの?」
「この近くの山の廃坑にて子どもが失踪したって報告が…助けに行きたいけど、任務もあるし…。はあ、最近導入された航空機が使えればいいんだけどなぁ…どうしよう」
悩んでいるウミアに、二人は顔を合わせて。
「じゃあ…私たちが行きましょうか?」
「ご心配なく。ウミア様は任を完うしてください。私たちも終わり次第、スビヤへ戻ります故」
「そ、そう?…うん、ありがとう。よろしくね。地図を…うん、ここ。ここの廃坑。入り口にその子のご家族がいるらしいから、詳細はその人たちに」
「おっけー。それじゃ、行ってくるわね」
「行ってきます」
「気を付けてね、なにかあったら」
「─許さない、そうでしょう?」
「…ふふ、いってらっしゃい。二人とも」
騎士団の装備である角笛を振りながら去るカイムに、ウミアは微笑みを送った。
●
「っと…。…ここら辺…なはず…お、あれかな」
「廃坑と、その入り口に子ひとりに大人がひとり…ええ、情報と一致しています。話を聞きにいきましょう」
二人が入り口で待機しているニ人のもとへ近付くと、父親らしき人物が気付き、口を開いた。
「…おや、おふたりが騎士団から来られた者ですか…?見たところ、騎士団の者には見えないのですが…」
「ええ。私はミロナークの者よ。今は訳あって騎士団に所属しているの。それで、あなたの子が廃坑で失踪しちゃったのよね。詳しい話を聞かせてもらえるかしら?」
「それは…彼から。…ほら、騎士様が助けに来てくれたよ。お父さんに言ったことを騎士様にも言ってあげて」
「うっ…ぐずっ…き、騎士様…お兄ちゃんは生きてるんですよね、助けてくれるんですよね…‼︎」
「─ええ。きっと生きているはず、だから必ず連れ戻してきてあげるわ。約束よ」
そう宥めると、少年は涙を拭い、まだ潤んだ瞳で声を振るわせながら拙い口調で話し始めた。
「ぼくとお兄ちゃんはね、毎日いろんなところを探検していたんだ。いつもはここは危ないから近づいちゃいけないんだけど、お兄ちゃんと行ってみようって一緒に坑道に入ったの。そしたら中でね、とても大きな化け物に会ってね、怖くて逃げたんだけどはぐれちゃってね、それでね。…えぐっ、うっ…うわぁぁぁぁぁん」
「…よく話してくれたわね、ありがとう。なるほど、だいたい状況は掴めたわ」
「しかし坑道ともなると…とても広いですね、骨が折れそうです」
「あぁ…これを。坑道の地図です。…親として私も探しに行きたいのですが、数年前の大嵐で崩落し、足場も不安定で多くのモンスターたちも棲みついてしまっていて…騎士様のお手を煩わせてしまいすみません。息子の名はリュージといいます」
「リュージくんね、いいのよ、それが私たちの仕事だから。…モンスターが…か。早く行かないとまずいわね。特徴は?」
「私と同じ短い白の髪です。身長は…私の腰くらいかと」
「そう…わかった、それじゃ行ってくるわね」
「きっと連れ戻してきますから。それでは」
「ええ…。よろしく、お願いします…」
「ぐずっ、お姉ちゃんたち、約束だよー!連れて帰ってきてねー‼︎」
消え失せそうな声音でリュージの父親は叫ぶ少年の頭を撫でながらカイムたちを見送ったのだった。
廃坑内はところどころ狭いところもあるが全体的に広く、坑道というよりは開けた山道といった印象。小型のモンスターから大きくて二十メートルほどのモンスターたちが棲みついていた。また、廃坑内は暑く、ところどころから溶岩が流れている。その流れている穴の大きさはとても大きく、どれも幅が五メートルほどもあった。
「くそ…あっついわね…。確かに立ち入り禁ずるわけだわ…」
「火山という情報はありませんでしたが…ここに棲んでいたモンスターたちに異変が起きたのでしょうか…」
「さあね…っと、来るわよ‼︎」
即座に戦闘体勢に切り替え、カイムは剣を構え、ノエルは魔術を展開する。奥ではどうやらなにかが暴れているようで、しばらくして目の前に出てきたのは、巨大な獣脚類のモンスターだった。白い甲殻にはところどころに傷とともにべっとりと溶岩のようなものが付いており、なにかに襲われたのだろうか、ひどく気が立っている。
モンスターは咆哮をあげた直後、二歩前進し二人へその長い尾を槍のように突き出した。二人は避けるもモンスターは突き出した尾をそのまま薙ぎ払う。まるでしなやかな剣のように舞う尾にカイムは細剣を横に構え防御しノエルは小さな身長を活かして懐へと潜り込み魔法陣を展開、吹雪を発生させた。熱い甲殻が吹雪によって急激に冷やされ、ピシッと小さな亀裂が走る。薙ぎ払った隙をつきカイムは全力で細剣を振り下ろし脆くなった甲殻を叩き割る。モンスターは怯むもすぐに噛みつき反撃し、避けて後ろへ下がったカイムへ火球を吐いた。火球は着弾地点で爆発を起こし異臭のする煙をあげる。
カイムはその煙を不意に吸い咳をするもすぐに突撃し顎を切り上げた。いつものように弾幕を張らないのは外れた弾が壁などに当たりそこから溶岩が溢れるなりしたら厄介だからだ。
切り上げに怯んだところをノエルは薄く伸ばした高出力の水刃を放ち尾を切断、よろけ、口を大きく開けたところにカイムは飛び上がり剣を口内へぶっ刺して手をかざし、弾幕を集中砲火した。モンスターは顔のほとんどの原型を失いようやく倒れ、二人は呼吸を整える。
「はーっ…環境が環境だからモンスターもクソ強いわね…つか、なにこの付いてる溶岩みたいな虫…うわっ動いた…」
「奥を見てください。倒れている小型のモンスターたちにもこの溶岩虫がたくさん付いています」
モンスターに張り付いている溶岩のように熱くイモムシのような巨大な生物。生理的嫌悪感を感じる動きをしており、屍となったモンスターに噛みつき汁をちゅうちゅうと吸っている。どうやらこれが暴れていた原因だったようだ。
「気持ち悪っ、まんま死体に発生したウジじゃないの…。なんかやな予感がするわ、早く行きましょう」
「待ってください、カイム様、あれ!」
「ん?これは…」
「玩具…ですね。…まさか…っ!」
「ちっ…行くわよッ‼︎」
奥へ向かうたびにその虫は増えていき、それに比例するようにモンスターの屍も多くなっていく。虫たちが多く蠢いているところを剥がすと、そこに現われたのは巨大な重々しい雰囲気の重厚な鉄の扉だった。
近くにあったボタンを押すも起動せず、仕方ないかとノエルが魔術を発動し扉を熱した直後凍らせ、爆破し強引にぶち破る。
「ノエル、他に探してないところは」
「ありません。全部探しました。人間の生体反応の痕跡も途中に感じられませんでした」
「ならあとは…ここしかないか。行くわよ」
そして先へ足を進めると、そこには溶岩に囲まれた孤島があり、四方を鉄の橋で繋がれていた。孤島に入った瞬間、途端にけたたましいサイレンとともに甲高い声でアナウンスが流れ始め、廃坑と孤島とを繋いでいた橋が爆発とともに落ち戻る道が無くなってしまった。周りの壁や地面には夥しい数の溶岩虫が蠢いている。
──防衛システム作動。防衛システム作動。坑道内で脅威が発生しましまマししシシたたたああアあああっ。プログラムが排除モードに移行こここここここコここいイ。排除シしししままス。脅威源をと特定いイいっ脅威げ脅脅威いキょういイう脅威排除ウ。
「はっ?なにこの声⁈」
「魔術を用いて造られた採掘作業用の
「いやなんか不穏なんだけど⁈─ッ、なにか…来る‼︎」
きーょーう威ィ源ヲ排ジょ除じオオォおウうヴ※@…………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます