【酔異奴霊】当たるも八卦、当たらぬも八卦

くすみ

第1話:繁華街の占い師

金曜の夜。

居酒屋で、松倉、美橋、萩原、沙月の四人は酒を囲んでいた。


東町の飲み屋街は、週末特有のざわめきと灯りに包まれていた。

四人が集まるのも、もう何度目だろうか。


話題は特に決まっておらず、仕事の愚痴や昔話、どうでもいい近所の噂話がぐるぐる回っていた。


そんな夜、二軒目を探してぶらつく中で、沙月がふと立ち止まった。


その視線の先。路地裏の一角に、小さな屋台のようなものがあった。

赤紫の布に包まれた簡素なテーブル。

その奥には、どこか異国風の装飾とともに、妖艶な雰囲気を纏った女が座っていた。


年の頃は三十代半ば前後か。

黒いワンピースに身を包み、顔の半分を覆うように流れた髪は艶やかに光っている。

そこだけが少し別世界のような空気をまとっていた。


「占い・・・?珍しいね」沙月が言った。


「ほーん、まだこんなんあんだな」美橋があまり興味なさげに言う。


沙月が立ち止まり、食い入るように見つめる。


傍らに置かれた木製の立て看板には、丸い文字で「占い500円」の文字。

そこだけ浮かぶように明るく、異様な存在感を放っていた。


「こんなとこでやってんのに・・・なんか雰囲気あんなぁ」


松倉が眉をひそめてつぶやくと、沙月が振り向いた。


「ちょっとだけやってこーよ。ね?いいじゃん、美橋」


「えー?俺はいーよ。今は占う気分じゃねーし」


美橋は即答で手を振った。


「俺も・・・まあ、今日はいいかな。飲みにきたわけだしな」


松倉も肩をすくめる。


「なんでさー?面白そうじゃん、やろうよ」と沙月は食い下がる。


「あのなぁー?俺も松倉も恋とかしてないときは占いなんてやらねーんだよ」


「ああ。確かにな。なんか気の迷いがないとしないよな」松倉も笑って続ける。


「なにそれー、変なおっさん二人だなっ!」


笑いながらも沙月がわずかに口を尖らせたそのとき、ちらりと萩原に目をやり、松倉が言った。


「・・・萩原とやってけよ。俺と美橋は先に二軒目行ってるから」


「えっ?」沙月は瞬きをした。


「あ、うん・・・それでもいいけど」


萩原は何も言わず明らかに驚いて、まばたきを繰り返していた。


「なに、緊張してんだよ」松倉がにやりと笑う。


「萩原が付き合ってやれよって。そんだけの話だ」


「じゃ、ちゃっちゃっと行っちゃって」美橋は笑いながら手をひらひらさせて、二人を促した。


沙月がちょっと照れくさそうに「・・・じゃあ、萩原くん、行ってみよっか」と言いながら萩原を見る。


「えっ、あ、あっうん。ぜ、是非!」


「二軒目、先に店押さえてるわ。終わったら連絡くれ」


「ありがとー、いってくる!」


松倉と美橋は軽く背を押すようにして、その場から離れていった。


「占い・・・緒川さん、行こう・・・か」


沙月が萩原の腕を軽く引いた。


「いこいこ!面白そうだし」


萩原は戸惑いながらも、沙月に引かれるまま近づく。

道端にしてはあまりにも非日常的な佇まい。


占い師と視線が合うと、にっこりと微笑まれた。


「こんばんは。今ならお二人とも、特別に見て差し上げるわ」


声は艶っぽく、どこか低く落ち着いている。

暗がりや雰囲気だけでなく、近づいてみると舞台女優のように美人だとわかる。


沙月が先に椅子に腰を下ろし、萩原は戸惑いながら隣に立った。


「名前とか・・・生年月日とか、いるんですか?」


「いいえ。あなたたちの今が、見えればそれで十分よ」


そう言って、占い師の女は木箱の中から小さなカードの束を取り出した。

タロットのようでいて、どこか違う。

図柄は見たことのない記号と色彩に彩られていた。


「さ、まずは、そちらの可愛いらしいお姉さんから」


「ふふっ、可愛いって。聞いた?萩原くん」


「えっ!うん・・・聞いたけど・・・」


沙月が笑って、萩原は照れくさそうにうつむく。

路地の奥で灯る淡い明かりの中、怪しくも穏やかな夜が、そっと幕を開けた。

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