第5話 転校生は笑わない。そして、氷の令嬢は再び胃を痛める

朝の教室に、空気が張り詰めた。


担任が言ったのは、よくある一言。


「今日から、新しいクラスメイトが加わります」


ただし、この日ばかりは“よくある”とは誰も思わなかった。


教室の扉が開いた。


黒髪。無表情。無音。


「……リュカ・セレノ・エリダス。以後、よろしく頼む」


それだけを言い、彼――リュカは黙って席についた。

異質なほど整った容姿と、死んだような瞳。

話しかけづらい雰囲気というより、「話しかけるな」という壁そのものだった。


(……あれ、ちょっと待って)


クラリッサは、記憶の引き出しを総ざらいする。


(このキャラ、原作にいなかった……よね?)


ゲーム本編にもファンディスクにもDLCにも、こんな地味で地雷臭漂うイケメンは登場していない。


(バグか!? もしくは隠しキャラ!?)


それはさておき、担任のさらなる発言がクラリッサの頭痛を加速させる。


「リュカ君の案内役として、クラリッサ嬢に補佐をお願いしたい」


(なんで私!?)


表情ひとつ変えずにこちらを見るリュカ。目が、深海のように暗い。


(目を合わせたくない……けど断れないぃ……!)


◇ ◇ ◇


昼休み。無言で校内を案内するクラリッサと、無言でついてくるリュカ。


(これ完全にホラーじゃない?)


「……クラリッサ・フィオルネア嬢」


不意に名を呼ばれ、びくっとする。


「はい……な、何か?」


「“らしくない”」


「……は?」


リュカは立ち止まり、まっすぐこちらを見た。


「君はこの場にいて、浮いている。だが、誤魔化している。……そう見える」


(やだこの人、観察眼すごい!!!)


クラリッサはにこやかに微笑む。


「何のことでしょう? 私はフィオルネア侯爵家の令嬢として、恥のない振る舞いをしているつもりですが」


「振る舞いが“出来すぎている”。それが気になる」


「………………」


(この転校生、絶対こっちの正体見破りにきてる!!!)


そのとき、まるで救いの鐘のように、別の足音が響いた。


「やあ、クラリッサ。お昼は一緒にどうだい?」


レオニス・ヴァン・グランセリア。空気を読まず(読んでて)登場。


「……ああ。王太子殿下」


リュカがちらりと目線を向ける。だが、驚いた様子は一切ない。


「王太子殿下が、平民の案内にまで目を配られるとは、流石ですね」


(あれ、今の、皮肉?)


レオニスは微笑のまま、リュカの肩に手を置いた。


「僕の婚約者に余計な詮索はしないように。……たとえそれが君の趣味でもね」


(完全にマウント取りに来てる!!!)


目に見えない火花が散った。


(あれ? 私、ただの案内役だったはずでは……?)


結局その昼休みは、クラリッサが胃薬と平静を保つ演技に全力を出して終了した。


そしてこのときクラリッサは、まだ知らなかった。


この謎の転校生・リュカが、“前世の自分”を知る唯一の存在であることを――。




次回・第6話では、クラリッサの前世にまつわる秘密がじわじわと暴かれはじめ、

一方ヒロイン・アイリスにも“想定外のトラブル”が発生します。

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