第31話 どこにも行き場のないあなたへ
「柚子ちゃん、あたしひとりで盛り上がっちゃってごめんねえ……」
「いやいいよ全然。わたしも興味のある本読めてよかったしさ」
「そ、そお? ならよかったけど……」
またやってしまったとしょんぼりする陽菜乃をフォローしつつ、西日が傾いてきたころ、だだっ広い草原に敷かれた石畳の道を二人で隣り合って歩く。
あれから部活棟にも行ってみて、目についた部活や同好会を覗いていたらもう時刻は5時を回っていた。
「陽菜乃はやっぱ史跡研究部?」
「うん、ちょっと緊張するけど、入部してみようかなって」
「そかそか、雰囲気見てても合ってるみたいでよかったよ」
「えへへ、そうかな」
陽菜乃が隣ではにかむ。部活でも新しい友達ができることを願ってやまない。
少しだけ無言になり、コツコツとローファーが石を踏む音だけが響く。
「……柚子ちゃんはどうするの?」
「わたしはねえ……どうしよっかなあ」
今のところピンときた部活はないんだよなあ。
とりあえず魔道決闘部の入部試験を受けてみてもいいのかもしれないが。
「……やっぱり一緒の部活、っていうのはムリだよね」
陽菜乃は少しだけ視線を下げながらぼそりとつぶやいた。
まあ確かに、友達と一緒の部活に入部すれば少なくともぼっちにはならないだろうし、安心できるんだろうけども。
友達だからって、そこまで何から何まで一緒に行動するのも良くないような気もするんだよな。せっかくの全寮制の学校なんだから、交友関係は広くあるべきである。
だいいちわたしは歴史的建造物にそこまで興味がないので、一緒に入部したところで幽霊部員になりそうだ。
「そんな心配しなくても陽菜乃なら部活でもいっぱい友達できるって。クラスでだってもういろんな子と仲良くなってるじゃん」
「……え?」
陽菜乃が目を見開いた。
そこまで不思議なことかな? たぶん、自分が思ってるよりずっと友達増えてるぜ。
わたしと奏多以外にも、最近では津々木さんや西織さん、雲母さんと話しているのをよく見る。部活なんて同じ趣味の人が集まる場所だし、クラスメイトと仲良くなるよりよほど簡単だろう。
「えっと、そうじゃなくて……」
「ん?」
わたしが聞き返すと、陽菜乃は一瞬だけ迷ったように視線を泳がせて、
「……うん、そうだね。そうだよね。あたし、もっとがんばってみる」
なにか納得したように、陽菜乃は薄く笑みを浮かべてわたしを見た。
どこか、いつもとは違う、決意じみた表情だった。
「そうそう! たくさん友達作ってこ!」
わたしが笑い返すと、脳内であからさまにシャリンのため息が聞こえた。
“柚子、アナタっておせっかいのわりに結構バカじゃない?”
(なにが!?)
“わからないならそれでいい。目は毫毛を見るも睫を見ず。人の一寸我が一尺。ま、小娘らしくていいんじゃない? それも”
わたしはいきなりシャリンに罵倒されるのであった。何故!
※
ついでに晩ご飯も一緒にどこかで食べようと思ったけれど、陽菜乃はルームメイトの先輩と約束があるらしくふられてしまった。
わたしたちは寮の場所が違うので、分かれ道で陽菜乃とは別れてわたしはひとり寮への帰り道を歩いている。
今のところご飯のアテがないが、ちょっと遠出してカフェにでも行ってみようかな。
大引さんに前連れて行ってもらった、校内敷地の端、池のほとりにあるガラス張りのカフェである。あの日からわたしも時々利用するようになったので流石に道は覚えている。
日が落ちてきてあたりはやや暗い。
4月にしては少し冷たい風が吹いて、おもわずスカートのポケットに手を突っ込む。すると何かとがったものに指先が当たりちくりとする。
ポケットの中から取り出せば、それはスローライフ研究会の名刺だった。
そういえばポケットに突っこんだままだったの忘れてたな。
さっきは気づかなかったが、表の右下を見ると部室の場所が簡単な地図と一緒に併記されていた。よく見れば、どこか見覚えのある地形である。
「あれ、この地図ってこの辺かも?」
『見間違えだったら遭難するかしら』
今はひとりなのでシャリンが遠慮なく右肩で実体化している。
さすがに校内地図くらいは見間違えないと思いたいが……。
『仕方ないから代わりに見てあげるじゃない。えっと……ああ、確かにこの近くね。方角はあっちだから……あら? これ、もしかしてあそこの森の中じゃない?』
シャリンがくちばしで指し示した先を見ると、ちょうど道を外れた草原の奥に森というには小さい木立があり、広葉樹がざあざあと風に揺られて音を立てていた。
森の中に部室ねえ。
まあわたしじゃなくてシャリンが確認したのならきっと間違いはないだろう。
「ついでに寄ってみようかなあ」
『あら? 結局興味あるんじゃない。ほら効果あったでしょう、逆張り』
「たまたま近くあっただけだし、気になってたわけじゃないって」
『そもそも気になってなきゃ寄ろうって気持ちにもならないじゃない。真っ暗になる前に行ってみれば?』
シャリンが翼でべしべしとわたしの頭を叩いてきた。
へいへい行きますよ。
まあ……気になったというほどではないが、どんな同好会なんだろう? って思ったのは事実である。
※
木立の入り口から続く、そこだけ草が生えていない獣道のような細い道を進むと、やがて切り開かれた広場に出た。
その奥には小ぢんまりとした平屋の日本家屋があり、塀すらない縁側の向こう側は襖が開け放たれ、明かりのついた和室の中が見えている。
どう見ても住宅にしか見えないが、もしかしてここが部室なのか?
遠目に覗いてみれば人の気配があるので、どうやらまだ今日の活動は終わっていないようである。
とりあえず行ってみるかと近づこうとすると、ちょうどふわふわと上空を横切る影が見えた。
「ん~、ねえねえ。ここがスローライフ研究会? の部室でいいの?」
わたしの目の前、3mくらい上をふわふわと浮かんでいるのは変身状態の魔法少女だった。サイドテールに浅黄色のリボンで髪をくくっている。
両手足は脱力していてだらんと垂れ下がっており、いかにも私はだらしないですと言わんばかりの格好である。
「あ、たぶんそうだと思うけど……わたしもまだ来たばかりだからわかんない、かな」
きっと見学に来た1年生だろうとあたりを付けてため口で話してみる。先輩だったらごめんなさい。
「じゃあちょうどいいわね。一緒に行きましょうよ」
そう言うと目の前のだらしない女子はふわりと地面に降り立って変身を解除した。
予想通り赤いリボンの1年生である。
さらりとこういうことが言えるあたりコミュ強だなあ。
まあひとりで行くのも緊張するしありがたい申し出には変わらないので、わたしは肯定してついていくことにした。
※
和室から顔を出した先輩らしき女子生徒にすぐに呼びかけられ、わたしたちは縁側から和室に直接招き入れられた。
ちょうど和室には人の座っていない座布団がいくつも並べられているが、人自体は先輩ひとりしかいないようだ。
わたしたちは開いている座布団に並んで座り、その前に陶器の湯呑に注がれた暖かそうな緑茶が置かれた。
そして向かいに先輩がゆっくりと腰を下ろした。
胸元に黄色のリボン。細い目をした、やわらかい印象をした2年生である。
首くらいまである、ふわりとしたホワイトブロンドのミディアムヘアに留めた銀のヘアピンが目立っていた。
「ええと、スローライフ研究会へようこそ、かな。ウチは2年生の
へへへと苦笑いしながら髪をかく先輩。
あんな名刺みたいな謎のチラシではそりゃ人はそうそう来ないだろう。
「えっと、いきなりですけど、ここってどういうことをする研究会なんでしょう? すみません、このチラシ? 見ただけじゃわからなくて」
わたしは名刺の裏側を向けて畳の上に置いた。
【どこにも行き場のないあなたへ】という文字が簡素な明朝体で書かれている。
天倉先輩はそれを見ると、申し訳なさそうに手を合わせた。
「ああ~、ごめんね? この通りっ! 全然わかんないよねそれ。チラシも他の同好会に頼んでついでに配ってもらっただけだからさ……。でも、そんな不親切なチラシに導かれてここにやってきたあなたたちに誠心誠意、この同好会について説明させていただきます!」
そう言って背筋を伸ばし、佇まいを直した天倉先輩につられて、わたしも同じように姿勢を直した。
横目で見れば、一緒に来た女の子は正座をして、両手で丁寧に湯呑を持って遠慮なくお茶をすすっていた。
初めて来た場所だろうにかなりリラックスしているように見える。すげえマイペースな子だなあ。
「ここはねえ、もともと学校になじめなかった人が作った同好会なの。寮のルームメイトとも、同級生ともうまくいかなくて、自分の居場所がどこにもなくなって……そういう人たちが寄り添いあって作った場所って聞いてるよ。だから、どこにも行き場がないあなたへ。ってこと。このキャッチコピーは伝統みたいなもので、勧誘するときは絶対にこの文章だけを入れろって言われてるんだ」
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