第19話 紫電の魔法少女、東雲紫

 同時に変身し、やがてお互いが光が晴れる。


 まず正面を見据えて、わたしは目を丸くした。 

 東雲さんのバトルドレスがわたしの格好とは全然違うからである。


 がっつり肩を出した藤色のノースリーブジャケットを前で止め、襟元には小さな濃い紫色のリボンが結ばれていた。

 下は短めの白いプリーツスカートで、第一印象はシンプルに動きやすそうな装備だな、というところだ。


 ……ん? おかしくない?

 

 ライジングフォームじゃなけりゃみんな同じようなバトルドレスのはずだ。事実、陽菜乃と奏多は似たり寄ったりの格好だったわけだし、入学前にちょっとだけ闘った魔法少女たちもみんなそんな感じだった。


 え、もしかして東雲さんってもうライジングフォームになってるってこと?


“うわ、あれハーフライジングフォームじゃない。特待生って言うだけあるわね”

(なんて?)

“略してハーフフォーム、要はライジングフォームのお試し版。1番よくあるケースは、自分の魔法少女としての名前だけをに知ってる場合にああなる。真名は知ってるけど、解放はできてない。って感じじゃない。あっもう時間な───”


 決闘前なのでシャリンのテレパシーが強制的に打ち切られた。

 なるほどね。あれだけ特待生って言葉にこだわってたあたり、自分にそれだけ自信があるわけだ。


 でもその狙い通りに負けてやるわけにもいかない。

 友達のためにもやらねばならん時がある。それが今!

 わたしはかがむと、地面に左の手のひらを添えた。

 

 すると東雲さんはあろうことか両手でスカートの裾をまくってみせた。

 奥の両太ももにベルトが見える。そこには紫色の水晶が付いた、玉かんざしのような長い針がいくつも取り付けられていた。


 東雲さんは両手でそのうちの2本に手を掛ける。


《両魔法少女の変身を確認。公式決闘を承認します》

《地上環境判定───芙蓉中学校第1練習場:戦闘可能区域と確認》

《公式決闘を開始します》

《シノノメムラサキ 対 イシカワユズ Magical Duel stand-by───》


 一瞬だけ目を閉じる。

 


《3─2─1─Fight!》

 

 決闘開始。

 わたしは鉄パイプを召喚すると同時に地面を蹴った。

 何をしてくるかわからん相手だ。ならば先にアクションを起こして様子を見る!

 そのまま殴れればそれでよし!


 あえて一直線に突っ込む。

 東雲さんはすでに両手に針を持っていた。そして、


「いち」


 ひゅっ、空気を切り裂く細い音。顔面への針の投擲とうてき! 首を横にねじる。

 紫の雷光が針の先端から弾けたのを見た。

 一瞬だけ、東雲さんから視線を離す。


「に」


 それが隙だった。

 もう一本が、突進するわたしの足元にタイミングを合わせるように突き立った。

 そして、水晶が紫色に輝く。げっ、なんかマズいけど止まれん!

 

「“落雷”」


 頭上が光った。瞬間、衝撃。

 バチリとショートするような音。焼けるような匂い。

 視界が一瞬真っ白に弾けた。


「あばばばばばば」


 やばい、しびれるどころではない。全身の感覚がなくなる。

 直撃する寸前に全力で左へ転がりなんとか即死を回避したが、それでも右の肩口からバトルドレスが焼け焦げていて、鉄パイプを見れば先端から煙が立ち上っている。


《イシカワユズ、バトルドレス35%損傷》


 無情なアナウンスが響いた。

 やべえ、かすっただけで減りすぎだろ。

 シャリンはお試し版とか言ってたけど魔法の出力が違いすぎる。大引さんほどではないけども。


 まあ耐久値を3分の1使って相手の攻撃手段を知れたと切り替えるしかない。


 ……それにしても、雷の魔法少女ね。

 もう字面からして見ても強いのずるいだろ。

 

 わたしを襲ったのは紫色の稲妻である。わたしを狙ったというよりは、あの地面に刺した針を避雷針アンカーのようにして雷を落としたってところだろう。


 おもてを上げ立ち上がると、嘲笑いながらこちらを見下ろす東雲さんと目が合う。


「フン、これでわかった? 実力の差が。あんたバカっぽいし突っ込んでくるなんてお見通しなのよ」


 東雲さんは太ももから新たな針を引き抜き、


「───次は丸焼きにしてやるわ」


 獰猛どうもうな笑みを浮かべて地面を蹴り、飛翔する。

 あーやだやだ。完全にいじめっ子の顔だぜそれは。


「……おいおい、まだわたしは手の内何も見せてないってのに勝利宣言すか? 気が早すぎるでしょ」

「何? 強がり? 鉄パイプで殴ることしかできないヤツが何言ってもブラフにすらならないわよ」


 まあ、うん。それはまったくもって間違ってないが。

 わたしは両手に鉄パイプを握り、振りかぶると、


「ひゅっ」


 そのまんますっぽ抜けるように上にぶん投げた。


 ぐるぐると回転しながら飛ぶ鉄パイプを追うように空中を駆ける。

 手には飛び上がる直前に召喚した2本目がすでにある。


 自分で投げ飛ばした武器を盾にそれを追いかける。

 魔法少女の身体能力でしか成しえないゴリ押しだ。

 

 東雲さんは表情をこわばらせて右手を振りかぶった。

 左の指の間に爪のごとく3本の針を挟み込んでいる。

 直後帯電し、現れたのは紫電の鞭である。


「───“薙ぎ払う稲妻”!」


 バチバチと音をたて空を裂き、鉄パイプが弾かれた。

 だが───こっちはもうお前の目と鼻の先にいるぞ!

 バックハンド、翻してわたしの体に雷の鞭が迫る。その前に。


「シイイイイイ」


 自分でも何を言っているのかわからない気合の声で魔力を隆起させた。

 強化した鉄パイプを横薙ぎに全力で振り抜く。

 東雲さんは咄嗟に後ろへ飛び退こうと、空を蹴る。

 だがその前に、右の脇腹を鉄パイプが捉えた。


 みし、とバトルドレスが損傷する鈍い音。

 東雲さんが斜め横に吹き飛んだ。


《シノノメムラサキ、バトルドレス25%損傷》


 ひー、今の全力フルスイングで25%かよ。やってられねえぜ。

 今度はわたしが東雲さんを見下ろす構図になる。


「で、鉄パイプで殴られた感想はいかが?」

「───ッ、調子に乗るんじゃないわよ!」

 

 東雲さんは脇腹を抑えると舌打ちし、左手で3本の針を一気に抜いた。

 左右の手の内には6本の針がある。それを一気に地面に向けて投擲とうてきした。


「“雷の檻”! そのまま中で死ね!」


 囲うように地面に突き刺さり、6本の針すべてに紫の雷が落ちる。

 次の瞬間、飛んでいるわたしの周囲に網のように電撃が走り、閉じ込められた。

 

「うおおお」


 バリバリと帯電する壁に雷球が瞬き、そこからいくつもの紫電がわたしを襲う!

 いくつかは避けられるものの、360度どこからも頻繁に攻撃されるので被弾は避けられない。ダメージが蓄積していく。


 ったく、弾幕ゲーじゃないんだからさあ!


 閉じ込めた敵を自動的にじわじわと攻撃して削ってくのは確かに合理的だが。


「はあ、はあ、ずいぶん陰湿な攻撃ですなあ特待生!」

「悪態ついてる暇があれば、せいぜいあがいてみたら? 何もできずに負けるのが現実だろうけど」


《イシカワユズ、バトルドレス60%損傷》

 




 紫電を操る雷の魔法少女、東雲紫。

 騒ぎながら観戦している1-Aの生徒たちを横目にその姿を見て、スタンドでひとり試合を観察していた大引静は思い出した。

 

(あー、そういえばあの子、戦ったことあるや)


 まだ静が1年生だった冬のころ、 外部の小学生を多く招いて行われた芙蓉中学校のオープンキャンパス。


 そこで在校生と試合をする企画があり、その中に東雲紫はいた。


 静は当時から加減というものを知らず、相手が誰であろうと全力で相手をしてしまう子供だった。


 どんな闘いだったかはいまいち覚えていない。


 とにかく、その企画の中で紫は静にこっぴどくボコボコにされた小学生の中のひとりであり、静は今の今までそのことを完全に忘れていたのである。


 同級生上級生問わずドン引きされ教職員から鬼のような説教を食らった、大引静が芙蓉中学校において無意識に起こした事件のひとつだった。


(んー、思い出してきた。能力はすごいけど確かパワー不足だなーって思ったんだよね)


 そして静は評価を改めた。

 この闘いを見る限り、その出力不足は多少解消されている。


 事実、最初の“落雷”はかなりのインパクトがあった。

 だが、せっかく出力を上げても、それを出し惜しんでいては意味がない。


 雷の檻が展開され、柚子が閉じ込められる。

 だが、紫はそこから追撃をしようとしない。


(いや、できない理由があるのかなー? だからじわじわと長期戦に持ち込む? どっちにしろその能力でそれは悪手でしょー)

 

 それは嗜虐しぎゃく性か、それともプライドの高さゆえか。

 能力の強大さに比べていまいち本人の戦い方がせせこましいのだ。


 柚子は遠距離攻撃手段を持たない魔法少女だ。

 勝つだけを目指すなら高威力の雷を撃ち込み続ければいつか終わる。


 どちらにしろ。


(石川さんに戦意喪失狙いやっても無駄だと思うけどねー。むしろそれが命取り)


 静は柚子と闘った時のことを思い出した。

 どれだけ力の差を見せつけられても、絶対に諦めずに睨み返してくるあの瞳を。


 強いのは大事だ。でも、それに伴う意思力がなければ

 ね、そうでしょ? 石川さん。





 服が焦げ臭い。


《イシカワユズ、バトルドレス80%損傷》 


 わたしは地面に倒れ伏していた。

 これ何回目だ? わたしいつもボロボロになってない?


 雷の檻の中でじわじわ痛めつけられ、ちょっとづつバトルドレスの耐久値を減らされていたらご覧のありさまである。


「ハッ、もう降参すれば? こんなの最初から分かりきってたことだもの。今なら……そうね、土下座で許してあげてもいい」


 同じく地面に降り立った東雲さんが勝ち誇ったように声のトーンをあげる。


「……おいおい、まだ試合は、痛っ、終わってないんだが?」


 わたしが無理やり笑みを作って歯をぎらつかせると、一転、東雲さんは眉間に青筋をたてて表情を歪めた。


「あー……あんた、ほんっとイライラする! せっかくチャンスあげたのに。もういい! これで終わりだから」


 東雲さんは檻の展開を解く。

 そして、わたしの背中にちくりと痛みが走った。

 背に避雷針アンカーを刺されたというのを察した。落雷が来る。


 瞬間。


 わたしはばちりと左手の鉄パイプに紫色の電気がわずかに帯電しているのを見た。

 電撃を食らいすぎて鉄パイプも雷属性になっちゃったか~なんて、この局面にあるまじき、のんきなことを考える。


 ……電撃を食らいすぎて?


 ───あ。


 思い出した。

 

 なぜ忘れていたのか意外なほど、はっきりと思い出した。


 あの時、わたしが一体なにをしたのか。

 なぜわたしは大引さんの攻撃を跳ね返すことができたのか?

 なんのことはない、あれって跳ね返したんじゃなくて───。


 鉄パイプには空洞がある。

 それを閉じたり、つなげたりするために蓋やジョイントが


「“落雷”」


 雷鳴が、はじけた。

 

 そして。


《イシカワユズ、バトルドレス95%損傷》


 わたしは立ち上がった。

 土煙が晴れて、目の前には驚愕に目を見開き狼狽する東雲さんがいた。


「あんた……今のでなんで倒れないのよ」


 わたしの鉄パイプの両端にはジョイントが付き、その穴は蓋でふさがっている。

 そしてバチバチと鉄パイプが紫色に帯電した。


「ッ、あんたの背中にはまだ針がある! ならもう一度───」


 東雲さんはあせってわかりやすく手を空に掲げた。

 それを見て、わたしは上空に帯電したままの鉄パイプを投げた。

 

 わたしに落ちるはずだった落雷がねじまがって鉄パイプに着弾して相殺される。

 轟音と共に、武器が魔力に戻り光の粒子が舞った。


「な、んで」


 東雲さんがあぜんとするのを尻目に、わたしは地面から新たに鉄パイプを抜いた。


 足を踏み込み、駆け出す。

 バトルドレスは崩壊寸前で全身じくじく痛いが、この程度、昨日の騎士との戦いに比べれば大したことはない。


 痛覚緩和なしで訓練するのも意味があったのだと少しだけ感謝をする。


 要は、わたしの鉄パイプは他人の攻撃を吸収できるのだ。

 大引さんの攻撃を打ち返したというのはという現象がそう見えたにすぎない。


 そして相手の攻撃そのものを吸収しているのであれば、その特性もまた。

 ゆえに避雷針の代わりに鉄パイプに攻撃を引き寄せることもできるかもしれない。


 根拠などない。それはただのギャンブル。

 だが、正解だった。


「いっかい───反省しろ!」


 わたしはそのままの勢いで飛び上がる。

 そして───大上段から、東雲さんの頭上に鉄パイプを勢いよく振り下ろした。


《Critical hit! シノノメムラサキ、バトルドレス100%損傷》

《K.O.───イシカワユズの勝利です。おめでとうございます》






────────────────






※あとがき

いつも読んでくれてありがとー!

フォローや⭐︎で応援してくれたらちょーうれしーよー!

(もうしてるよ!って方々、本当にありがとうございます('ヮ') )

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