第5話 パパだって昔はすごい魔法少女だったんだから
1週間後、学校から帰ってきてしばらくした夕方、合格通知と一緒に分厚い入学案内が届いた。
届いてしまった……。
誤発送を疑い合格通知の名前を何度も確認しても「
ついさっきまで「受験落ちたから普通に地元の中学行くわ〜ナハハハ」なんて学校で友達にケラケラ笑っていたのに、一瞬にしてわたしの目の前に現実が襲いかかってくる。
どうしてあの面接で受かったのか、ってよりも目を細めて緩くニタニタしたあの女のキモい顔しか思い浮かばない。
やってられねえぜ。
「やった〜! やったやったやーった〜! イェイイェイェイイェイ」
合格通知を両手で掲げながらリビングでぴょんぴょんステップを踏みながら部屋の周りをグルグル回っているのはわたしではない。
お母さんである。
いつもはこんな子供っぽくはしゃぐことなんてないんだけど、わたしが魔法少女になって家族の中で1番喜んでいたのがお母さんであり、
まあお母さんがこれだけ喜んでるならいいかな。
大引さんがヤバい奴なだけで別に入学したくないわけじゃないんだから、それなら差し出された手を取って身を任せてみるのもありだろう。
その先は常在戦場の地獄絵図かもしれないが……。
でもやっぱ大引さんに絡まれたくねえなあ。入学前から嫌な先輩がいるって最低だぜ。まあ3年が1年にガンガン絡みに来るなんてそうはないだろうし、そこまで心配することでもない、のか……?
考えることが多い。
はぁ、前世だと中学入る時ってもっと何も考えずにワクワクしてた気がする。
小学生の頃には学ラン着た中学生を見かけるたびにはるか大人だと思ってたのに、実際に自分が学ラン着てみると、自分自身は何も変わってないガキのまま、結局小学生の延長だったことに気づく。ただ着る服が変わっただけの話だった。
そしてそんなバカのまま身体だけ大人になった。
久しぶりに前世のことを思い出してると「ほらね! 私は絶対に受かると思ってたんだから!」なんてお母さんは確信めいたドヤ顔で言う。
「わたしあれだけ落ちたって言ったのになぁ……」
わたしがいくら面接失敗して落ちたと言っても「柚子なら受かる! 絶対に受かる!」なんて根拠のないポジティブシンキングをしていたのだからドヤ顔のひとつもしたくはなるだろう。
「当たり前でしょ! パパだって昔はすごい魔法少女だったんだから、柚子だってなれるに決まってます!」
「えっ?」
「あ……」
お母さんの表情が固まり、数秒停止した後に緩慢な動作で口元を両手のひらで隠した。そして露骨に目をそらす。
おいおい、それは初耳だよ。窓際の背の高い止まり木でひまわりの種をつつきながらお母さんを眺めていたシャリンに視線を移す。知ってた?
「……ごめんパパ、言っちった」
「お父さんって魔法少女だったの!?」
『そうよ。でもアイツ、恥ずかしいからってずっと秘密にしてたじゃない。ちなみに契約してたのもワタシ』
「あー、だからシャリンはずっとウチにいたのか……なんでか気にはなってたけど」
『そういうこと。
お父さんが魔道プロリーグの中継を見てたことは記憶にないけど、シャリンの言う通り恥ずかしがってたなら意識的に魔法少女の話題にならないよう見るのを避けていたのかもしれない。
そりゃ大の男が、魔法少女だった過去を積極的に知られたくはないよな。ましてや自分の娘に……。
「柚子! シャリン! お願いだから私が言っちゃったことパパには内緒にして!?」
『
「それはそうだけど……あぁ〜、パパと約束したのに……」
「ちなみに兄貴は知ってるの?」
「うん、お兄ちゃんに昔のアルバム見られてバレたのが原因だからね。パパ、その時のお兄ちゃんの反応がすごい恥ずかしかったみたいなのよね……」
「ちなみにどんな反応?」
「秘密。パパの名誉にかけて」
今度こそお母さんは唇に指を当てて沈黙した。
兄貴は一体何を言ったんだよ。
『すごい面白かったわよ』
そう言われると知りたくなるからやめろ! お父さんが嫌がってるなら聞かないけど。
ちなみに男が魔法少女に変身するのは特に珍しいことじゃない。転生して初めてその存在を知った時は流石に驚いたけどもうとっくに慣れた。
実際、先週の入試でもちらほら男子の受験生見かけたし。
男女どちらが変身しても魔法少女の基礎性能に違いはないとNPMは明言している。
ただ、運動神経の良い男子はわざわざ女の体に変身して魔法少女をやるよりも他のスポーツを選択するので、競技人口は女子の方が多い。当たり前と言えば当たり前の話である。
だからどういう経緯でお父さんが魔法少女になったのかは気になるけれど、それもこっちからは聞かない方がいいのだろう。
※
お父さんは1年前からイタリアに単身赴任している。4月から日本に帰ってくる予定なので、わたしが
時差を考慮してこっそり夜中にベランダで電話をかけた。
向こうはたぶん18時くらいだろう。
合格おめでとう、ありがとう、から始まって、5分くらいお互いの近況を話してから、お父さんは真面目な声音で言う。
『僕は柚子が望むことをやって欲しいと思ってる。でも、嫌だったら正直に言うんだよ。お母さんも、
嫌じゃないよ。我慢もしてない。それに、これはきっと自分のためでもあるから。
『……そうか。それなら、いいんだ。電話も別にこの時間にしなくていい。そっちは深夜だろう? 何か気になることや心配ごとがあればいつでも電話してきなさい。些細なことでも構わないから』
うん。ありがとう、お父さん。またね。
電話を切って、明かりもまばらな住宅街の景色をぼうっと眺める。
息を吐けば白く漂い、夜闇に消えてゆく。
お父さん。わたしは1度死んでるってんで、転生してまでやりたいことなんて実際のところ無いんですよ。
何不自由なくわたしを育ててくれるだけで幸せなのに、それ以外に何か望むことがあろうか。
お父さん、お母さん、兄貴。きっとあなたたちの自慢の娘であり、妹になれるように頑張りますから。
『柚子、アナタのそういうとこキモいわよ。今のアナタはただの小娘じゃない。子供は子供らしくワガママ言って自分のことだけ考えてればいいのよ』
電話を切ると、いつの間にか手すりの左隣にシャリンが留まっていた。
わたしを甘言で魔法少女にしたやつの言葉とは思えないな……。
『ワタシが柚子と契約したのはアナタが本心からそれを望んだからよ。気の迷いとか言ってたけど本当はわかってるんじゃないの? どれだけ斜に構えようと、何者かになりたい衝動は止められない。そういうものでしょ』
人の心が読めるからわたしの本心がわかるとでも? そういうのホントやめろ。
『読まなくたってアナタわかりやすいのよ。取り繕ったっていい子でいようと無理してることはずっと一緒に住んでればわかるじゃない。本当に嫌がってることを綾華がアナタにやらせると思う? 12歳の娘をわざわざ全寮制の中学に行かせようとしてるあの子の気持ちも少しはわかってあげたら』
「どういうこと」
『人の目を気にせずやりたいことやれ』
ベランダの手すりに腕を組んで寄りかかって、思わずうつむく。
「……じゃあシャリンは、わたしはわたしの人生を生きてもいいと思う?」
『誰ひとりそれを妨げることはできない。少しでも良い人生を送りたいと思うのは当たり前のことよ。ワタシたちα族はヒトのそれを好ましいと思う。アナタは誰かに許されたいのかもしれないけど考えるだけ無駄。答えは死ぬまで返ってこない。命はどこまで行ってもただひとつの命でしかない。命の価値を計る上位存在などこの宇宙には存在しない』
転生した時に神様なんて都合のいいものはいなかった。
シャリン以外に前世の記憶があることを話したことはない。
いつも思っている。こんな気持ち悪い娘でごめんなさいって。
『だから違うって。柚子ってホントバカ』
「思春期ってことにしといてよ」
『早く寝なさいよ』
「うん」
この後ろめたさは、いつか消えてくれるのだろうか。
※
3月、卒業式では友達に寄せ書きを書かれまくった。クラスで県外中学受験組は2人しかいなかったのでわたしは本日の主役みたいになっていた。
ついでにクラスのみんなの悪ノリで魔法少女に変身させられ、みんなが式服で着飾ってる中でコスプレみたいな白色の生足丸出しフリフリドレスを学校関係者に見られまくり写真を撮られまくる公開処刑が行われた。
先生に助けを求めても止めてくれなかった。逆に「先生、石川さんのことずっと応援してるからね!」なんて後押しされる。
仲良しだった
わたしも泣きてえ。色んな意味で。
「ゆずこ〜! 夏休みは帰ってくるんでしょ? そしたら絶対絶対遊ぼうね! 魔法少女の学校のこともいっぱい聞かせて!」
「言ったな? 本当に連絡するからね? その日ちょっと予定がとか言われたら泣くよ? 咽び泣くぞ?」
ゆずこというのは小学校でのわたしのあだ名である。
卒業した後も遊ぼうね! なんて約束の頼りなさをわたしは知っているのでわたしは話す友達みんなに念押ししまくった。
疎遠になって後々地元の友達が誰もいなくなっていたというのは寂しすぎる。
※
そこから入学式まではあっという間だった。
新幹線で実家の名古屋から新神戸まで向かい、そこから高速バスと島内のローカル路線バスを乗り継いで2時間ほど揺られれば、なだらかな山を切り開いて作られた広大な丘の向こうに大きな古城が見えてくる。
「すごーい、魔法学校みたい! あんなファンタジーみたいなところで生活するなんて羨ましいな〜」
入学式に参加するため一緒に来たお母さんは、初めて見る
わたし的には魔法少女が存在してるだけで十分ファンタジーなんだけど、魔法少女の存在を当然として受け入れているこの世界で暮らしていると、自分が異世界から来たのだとふと気付かされる時がある。
『ボロっちいし埃っぽいし寒いだけじゃない。どうせ夏は暑いんだろうし何がいいのかしら』
「そういうところがいいのに。なんか物語の世界に入り込んだみたいでワクワクするでしょ? シャリンはわかってないわね〜」
お母さんがうりうりとわたしの膝に乗ったシャリンの頬をつついた。
『はぁ、アナタたちやっぱり親子だわ。柚子も似たようなこと言ってたし』
「古城はロマンだからなあ」
魔法学校といえば古城でしょ、やっぱり。
『α族にはわからない感覚ね』
バスを降りて古城の前に到着すると、職員の案内に従って、同じバスに乗ってきた新入生たちと一緒に大講堂に案内される。
保護者は別の入り口から入るらしく、お母さんとは一旦ここで別れた。
ステンドグラスから光が差し込む広い廊下を歩く。はるか向こうまで複雑な刺繍が施された赤い絨毯が敷かれていて、石壁の上には年月を感じさせるくすんだ金色の燭台が並んでいた。
「……ね、あれ、夜になったらちゃんと火がつくらしいよ」
「すご、こういうのってインテリアじゃないんだ」
「う、うん。ここの建物ってすごい古いから電気が通ってないところもたくさんあるんだって」
わたしが燭台を見ていたのがよほど目立ったのか、隣を歩いていた女の子がこそっと小声で教えてくれた。
「でね、このお城ができたのって328年前の話で………あ、ご、ごめんね! 勝手に1人で喋って、気持ち悪かったよね」
「ううん? 教えてくれてありがとう。知らなかったし嬉しいよ」
「え、ど、どういたしまして。エヘヘ」
照れ屋なのか女の子は目線を逸らして赤くなっている。
つるりとしたおかっぱの黒髪が光に反射して綺麗にきらめていた。
「わたし、石川柚子。名古屋から来たの。あなたは?」
「えと、
「ここから東京だと結構遠いよねえ。同じクラスになれればいいね。よろしくね!」
「う、うん! よろしくお願いしましゅ!」
長岡さんは盛大に噛んだ。そして顔がさらに赤くなった。
「いえいえ、ご丁寧に。こちらこそよろしくお願いしマッシュ!」
「えっ」
「えっ」
お互いに顔を見合わせ、沈黙。長岡さんは乗ってくれず、わたしは絶命した。
慣れないことはするもんじゃないね……。
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