血染めの旅路

それからというもの、旅は、血と飢餓の陰惨な繰り返しとなった。食料が尽きるたび、桃太郎は静かに、しかし決して揺るがぬ声で、私に命じた。「猿よ。手に入れよ。」その言葉は、私の魂の奥底まで染み渡り、抗うことのできない力で私を突き動かした。

最初の殺しは、まさに地獄であった。老いた夫婦の、恐怖に引きつった顔。微かに漏れる喘ぎ声。私の爪が肉を裂き、血が噴き出す感触は、今もこの手に、鮮明な熱として残っている。身体は震え、胃の腑は反吐を催し、私はその場で崩れ落ちそうになった。汚れた、汚れた、と声にならない叫びが、私の胸を掻きむしった。

だが、私が血まみれで、盗み出した食料を抱え、震えながら桃太郎の元へ戻った時、彼は私を叱責することも、嫌悪の眼差しを向けることもなかった。ただ、私の目を真っ直ぐに見つめ、静かに頷いたのだ。

「よくやった、猿。」

その言葉は、私の耳には、何よりも甘美な赦しとして響いた。汚れた私の魂を、桃太郎は、何の躊躇もなく受け入れてくれた。彼は、私をただの獣としてではなく、彼の理想のために手を汚した忠実な従者として、認めてくれたのだ。その瞬間、私の内に、言いようのない喜びが溢れ出した。血の臭いは、もはや苦痛ではなく、桃太郎の温かい眼差しに包まれるための、必要な代償へと変わっていった。

それだけではない。私が、この血塗られた手で持ち帰る食料が、桃太郎と、そして私を含めた一行の命を繋いでいる。その責任の重さが、私の心を高揚させた。私は、彼らにとって、必要不可欠な存在なのだ。この凍えるような旅路において、私が唯一価値を見出せる場所は、桃太郎の傍らに、そして彼の命じるままに働くことの中にしかなかった。

いつしか、人を殺すことに、何の疑念も抱かなくなった。老いた男の息の根を止める時も、女の細い喉を締め上げる時も、私の心は凪いだままだった。それは、私が真に自由になった証だと、私は信じた。桃太郎が命じることならば、それは全てが正義であり、全てが自由なのだ。彼の口から発せられる言葉は、私にとって絶対の真理であり、その命令に従うことこそが、私に与えられた唯一の幸福であった。私は、この血塗られた道が、いつか真の解放へと繋がるのだと、盲信した。

ただ、感情とは別に、どうしようもない疲労感が、私の全身を蝕んでいった。それは、肉体の疲弊ではない。魂の奥底から湧き上がる、鉛のような倦怠感であった。血の臭いが、私の鼻腔から決して離れない。夜毎、夢にあの怯えた瞳が浮かび、私の精神を削り取る。桃太郎は、そんな私を見ても、何も語らない。ただ、あの静かな眼差しで、私を包み込むだけだ。その眼差しの奥に、私は無限の深淵を感じる。それは、私を全て受け入れる光であると同時に、私が決して理解できない、孤独な絶対者のそれだった。

とりわけ、犬は私を以前と同じようには見てくれなくなった。かつては、ただの獲物を追う者として、共に木々を駆け巡ったはずなのに。奴の瞳には、私への嫌悪と、そして深い憐れみが宿っているのが分かる。犬は、私を「汚れた者」と見ているのだろう。だが、私は桃太郎の命令に従っただけだ。彼の理想のため、彼の自由のため、この手を汚したのだ。それが、一体何故、非難されねばならない?女雉は、私を避けるような素振りを見せることはないが、その瞳の奥に、同じような感情が隠されていることを、私は感じていた。

ああ、桃太郎。私は、貴方のために、この身を捧げた。血に汚れ、魂をすり減らした。これが、私の求めた自由なのだと、私は信じている。しかし、この果てしない疲労感は、一体何なのだろうか。

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