クビになった作曲家、地元のJKと吹奏楽部で復讐を誓う

ゆあん

【失墜編】裏切りのイントロダクション

第1話 羽立清人という男

「はい頂きましたー、お疲れ様でしたー!」


 スピーカー越しの掛け声とともにスタジオが湧いた。張り詰めた空気が一瞬で緩み、真剣な顔立ちだった奏者たちも一斉に笑顔になった。


 東京某所スタジオ、時刻は二十三時半。新作ゲームの劇伴収録の佳境。


 ミスが許されない過密スケジュールのなかレコーディングは進み、たった今それが終わった所だ。完全撤収まで残すところ三十分。きわどいラインだった。


「ふぅーう! まーじでよかったー!」


 そのPAルームで盛大に伸びをしたのが俺、羽立はだて清人きよひとである。何を隠そう、先ほどレコーディングしていたのは俺が書きおろした楽曲たちだ。無事に終えて安心、どっと疲れが押し寄せてくる。バタバタと周囲の撤収作業が進むなか、ソファに沈み混んだ体を起こせずにいた。


「いやー、いつもながらさすがですねー、羽立先生!」


 そんな俺に話しかけてくるプロレスラーみたいな男は、今回のPAエンジニアだ。付き合いは長い。


「どーもどーも」

「あの急なスケ変更で、それをバシっと三日で書いちゃうのもすごいっすけど、やっぱ先生が書くと音の収まりがいいっすね! 正直今回は終わらないかなって思ってたんですけど、いやー、素晴らしいですね!」


 今回は大人の都合というやつで急遽二十曲も追加することになり、もともと予定していた今日のレコーディングに無理やりねじ込むことになった。おかげで時間はカツカツで気が抜けない現場となってしまった。

 

「あっはは、まぁ一応、これで食わせて頂いてますんで。でもまぁ、次はもっとゆとりをもってやりたいですねぇー」


 業界に長ければ、こんなことは「あるある」ではある。とはいえ慣れるもんじゃないし、慣れたくない。


「同感ですよ! 本当! じゃ先生、演者にもお声がけをお願いしますね」

「お、そうですね、それじゃ」


 重い腰を上げてスタジオに入っていくと、演奏家たちが片付けを止めて、拍手で出迎えてくれた。


「いやーもう死ぬかと思いました! え、初見しょけんでこんな難しいフレーズ持ってくるのって!」


 ファーストバイオリンの女性が笑いながら肩を叩いてくる(だが目は座っている!)。こちらも大げさに痛がるフリをする。彼女は売れっ子のバイオリニストで、腕がいい。何度も仕事をしている。


「すいません、すいません、そこ悩んだんですけどねぇ、でもやっぱ、そこのおいしいフレーズは入れたいなぁって思って、ほら、伊沢さんならイケるっしょ、って思って、書いちゃった!」

「書いちゃった!、じゃないですよ! どうしよ、私仕事なくなっちゃう! ってもう、心臓飛び出るかと思ったんですから!」

「いやいや、またまたぁー!」

「ああー! 羽立さんひどい! 覚えておきますからねー!」

「すんません! でもまたよろしくお願いします!」

「はい! こちらこそです!」


 スタジオのそこら中から明るい会話が聞こえる。良いモノを作ったときのアーティストの笑顔は最高だ。俺はこの瞬間が好きだった。


 そうしてミュージシャンとたわむれながら撤収作業をしていると、後ろから肩をポンと叩かれた。振り向くと、見知った顔がそこにあった。


「あれ、荒谷あらたにじゃん、どうしたの」


 黒髪をテカらせた荒谷は、しかしいつにない真剣な眼差しだ。


「仕事終わるの待ってたんだよ。電話でねぇから」 

「え、なになに」

「すまん、ちょっとこっちこれる?」


 荒谷はそういって親指で背後を指示した。ここではできない話なのだろう、仕方なくスタジオを出て喫煙所に向かう。


「タバコ吸っていい?」

「ああ」


 ジッポで火をつけ一息すると、足りない何かが体に入ってくる感じが心地いい。一方で荒谷は落ち着かない様子だ。荒谷は禁煙して長い。


「で? 何かあったん?」

「――あった」

「あったのかよ」


 そういってタバコを吹かすと、荒谷は頭を撫でまわして言った。


「お前、忙しい?」

「いつ頃?」

「今週末、いや、週明けまで」

「んー、まぁ、そこそこ。なんで?」


 荒谷は頭をきむしり、黙った。それを見た俺は嫌な予感がした。


「あー……やっぱいいや、言わなくて」


 そう言った直後、荒谷は仏壇に祈るように両手を叩いて拝んできた。


「すまん、頼まれてくれ!」

「……言わなくていいって言ったじゃんよ」

「頼むよ、まじで頼む。やばいんだ、本当」


 薄くなった頭をこちらに向けてピクリともしない。そこそこ狭い喫煙室におっさん二人。耐えきれなくなった俺の負けだった。


「んで? 何やればいいの? ゴーストはやんないよ、俺」


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