42. おれって、天才じゃないな、やっぱり
おれは、おれたちがしたネタのことを、すっかり覚えてしまっている。
この電車の中で、いま漫才をしろと言われても、できる自信がある。
――お笑いをやめて、配信者になろうかなって思ってるんだけどね。
たぶん、この「ご時世」だと、物珍しいテーマではないだろう。だけど、お笑い素人のおれには、これくらいの設定しか思いつかない。
――これからお笑い芸人をやっていくって決めたのに、なにを言ってるんだよ。
――いやね、高校生のとき、動画サイトで、動画を見るのが大好きで、つらいとき、悲しいとき、元気がほしいときには、推しの配信者の動画を見て、よし明日もがんばろうと思ってたんだよね。だからおれも、むかしのおれみたいな子に元気を与える配信者になりたいと思ったわけ。
よくこの長いセリフを一言一句、間違えずに言えたものだ。
――お前が高校生のときに、配信者のひとに助けられたのかもしれないけど、いまはお笑い芸人なんだからさ。
――今日のテスト、全然解けなかったなあ、お母さんに怒られちゃうなあ。イヤだなあ、そう思いながら下校するわけですよ。
――まあ、あるけども。
――授業で必要なタロット占いのカードを家に忘れて、こっぴどく叱られたなあ。
――タロット占い?
――もう二年生なのにうまく呪文の詠唱ができないなあ、友達とふざけてたら空飛ぶマントを汚してしまったなあ、とか、うまくいかないことばっかりで……
――おいおい。お前、魔法学校にでも通ってたのか?
――公立のね。
――私立もあるんだ。
――うちの藩にはあったんだよ。
――はん?
――あ、言わなかったけど、おれ、むかしは大阪藩に住んでたんだよね。
――お前、何時代のひとなんだよ。
おれは、なんの才能もないと思ってたけど、暇な時間に妄想に妄想を重ねているうちに、想像力とか創造力とかそういう力を、ほんのちょっとは身に着けてしまっていたらしい。
おれはいままで、インプットしたもののアウトプット先を持っていなかった。だから、こういう力に気付かなかったのだろう。
――ま、それはともかく、イヤなことがあって重くなった身体を、なんとか動かして下校をしていくわけなんだけどね。
――実家通いなんだ。魔法学校の学生って寮生活をするってイメージがあるけど。
――学校の近くの駅から環状線に乗って三十五駅先の最寄り駅までたどり着く頃には、もう夜ですよ。
――そんな駅の数の多い環状線ってある? 一体、全部で何駅あるの?
――四十くらいだったかな。
――絶対、逆方向の電車に乗った方がいいでしょ。内回りか外回りか分からないけど。あるでしょ、環状線なら。
――そこからバスに乗り換えて、私立魔法技術高校前駅まで行くわけですよ。
――お前の家の近くの魔法学校に通った方がよくないか?
――うちは貧しかったんで、私立には通えなかったんだよ、察しろよ。
――キレんなよ。
でもな。なんだかな。おれたちのネタって、こういうので良いんだろうか?
おれたちのコンビ名やそこに込めた想いと、相反するようなネタに思えるんだよな。
オーディションに受かるために、ポップな路線を採用したといえばそれまでだけど、違和感のようなものは
そんなことを考えていると、一気におれの心身から昂揚感のようなものが失われていった。虚しさや寂しさに、心身がコーティングされていく感じがする。
やっぱおれって、天才じゃないな。才能もないな。
オーディションに受かったのは、なにかの間違いだったんじゃないか?
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