39. オースティン・クリスティーヌ・ロビンソン・ヴァン・デ・ホン・マリア・メーニュ・サイトウの言葉①

 オシャレなカフェというのは、こういうところを言うのだろう。


 外観がオシャレ、内装がオシャレ、メニューがオシャレ、客層がオシャレ、おれはオシャレじゃない、新藤しんどうひかえめに言ってオシャレじゃない。


 つまり、多数決でオシャレ。

 そんなオシャレなところで、おれは新藤に提案した。


「おれたち、をしようぜ」

「イヤだよ」

 新藤は、拒絶の意を示した。おい、ちょっとくらい検討をしろよ。


 オシャレなカップでカフェオレを飲んでいる新藤は、ちょっとだけ優雅な感じ。早々にホットコーヒーを飲み終えて手持無沙汰てもちぶさたになったおれは、肩身が狭い。


「少なくとも、イヤだ」

「どうして?」

「どうしてって……テレビのオーディションなんだから、奇抜なことをしたら受からないよ。オーソドックスなことを目立たないと」


 言われてみれば、そうか。

 おれは、絶叫漫才っていいんじゃね、くらいに思ってたけど、お笑い素人と漫才素人のふたりが、いきなり絶叫しながら漫才をしたら、「合格」なんてしないか。

 冴えてるな、新藤。


「でも、あと一時間くらいでネタを作らないといけないし、いろいろとニート兄さんに任せるよ」

「ちょっと待て。一時間でネタを作れって言ったのか?」

「うん。それで一時間くらい練習して、そのままオーディションに行くって感じ」


 ムチャ言うなよ、という注文だけれど、おれにとってはありがたいものでもあった。これがかりに「明後日まで」とかだったら、だらだらと過ごしてしまうかもしれないし。


 逃げてきた先で、もう逃げられない。書かないと、ジ・エンド。分かりやすいし、いまのおれの境遇にとって、最高のスパイスだ。


「ぼく、一時間後に戻ってくるから」

 新藤は立ち上がり、スマホだけを持ってどこかに行ってしまった。ちょっとしてから窓の外に目をやったとき、向こうのスクランブル交差点を渡っていく新藤の姿を見つけた。


 なにをしにいくんだろう。

 まあ、そんなことをくよりも、残り五十四分のうちに、ネタを書かないといけないわけで……あれ、何分くらいの尺って言ってたっけ?


 でもかりに、五分のネタを書けと言われて、おれは五分のネタを書けるのか? 五分の漫才をしたことがないのに?


 じゃあどうすればいい?


 ボケを書いて、ツッコミを書いて、それを単純に並べていく……というのは、これからおれがコンビのネタを書く、ということが決まってからというもの、ちょくちょくしていたことだ。


 スマホのメモアプリに保存しているそれらの断片を、切り貼りするくらいしか、いまはできないんじゃないか?


 でもなあ……コンビ結成後、ネタをひとつもしていないおれたちに、もし勝算があるとしたら、やっぱり、絶叫漫才しかないと思うんだよ。


 おれたちっていま、人前で冷静でいられるほど、落ちつきはらった状態ではないよな?

 それなのに、ウソ偽って、平常心でオーソドックスなネタをするなんて、おれにはできないよ。


 奇をてらったネタも、巧みに作られたネタも、受かるための策略を組み込んだネタも、おれには作れないし、できない。

 ありのままを見てもらうよりほかはないんだよ。


 むかし、オースティン・クリスティーヌ・ロビンソン・ヴァン・デ・ホン・マリア・メーニュ・サイトウが言ってたよ。


「ひとが『自分以外のひと』という概念を明確に発見したことによる――それは、親であることが多いが――最大の不幸は、自分らしくふるまうことを放棄したい欲望に駆られることである。もし幸福になりたいのだとしたら、その欲望を放棄しなければならない」――ってね。


 まったくその通りだと思うよ。

 おれが作った、たまには良いことを言うよな。

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