37. 夢、あの日のことの

 おれが見た夢は、母さんと父さんに新藤しんどうを会わせたときのことを、見事にトレースしていた。


「あなたが新藤さんですか……うちの子とはどうやって知り合ったんですか?」

 父さんはには、おれのことを「うちの子」と表現するし、だいたいは敬語になる。


 おれと年の近い新藤が相手でも、そうなる。


「公園です」

 夜の公園の心霊スポットのトイレ――と、正直に言ったらどうしようと冷や冷やしたけれど、新藤はちゃんとそこらへんを誤魔化してくれた。


「そうですか……」

 父さんは目線を下げてなにかを考え出した。母さんは新藤に目を向けようともしない。新藤がいないを夢見るような目つきをしている。


「あなたは、芸人としてどれくらい生計を立てられているんですか?」

「あまり良い暮らしができているとは思いませんが、食べるに困ったりはしていません」

「芸人だけの収入でですか?」

「バイトもしています」


 そうだよな。売れない名も知られていない地下芸人が、「食べるに困ったりはしていません」は、ちょっとムリがある。


 ところで新藤って、なんのバイトをしてるんだろう。まったく聞いたことがないな。


「そうですか……」

 またもや父さんは黙り込んでしまった。今度はおれに視線を投げてくる。おれはそこに、いささかの軽蔑けいべつを感じ取ってしまった。


 新藤は極めて冷静に、ワードチョイスに気を付けながら話を続けているように、おれには見えた。


 だけど、母さんは黙り込んだままで、父さんも首を縦に振ることはなかった。

 そして最後には冷酷に言い放った。


「せっかく、うちの子を選んでくれたのに悪いですが、ほかのひとをあたってください」


 厳然としたその言葉を前に、新藤はひるむことはなかった。だけど、反論をすることもなかった。


 新藤は、頭を下げてからゆっくりと立ち上がると、来たときと同じようなで、玄関まで戻っていった。


 靴紐くつひもを結ぶ新藤の手は、ちょっとだけ震えていた。そのことを指摘すると、冗談っぽい調子で新藤は言った。


「家族って、怖いよね」


 おれは、その言葉の意味をすぐさま了解しようと必死になった。

 だけど、その言葉から目をそむけたいという気持ちが、結局は勝ってしまった。


「でも、大丈夫。きっと、うまくいく」


 その言葉は弱々しく響くわりに心強かった。除夜じょやかねは固いのに音を鳴らすときに震えるみたいな、そんな感じで。


     *     *     *


 目を覚ますと、天井があった。仰向あおむけの体勢を崩さずに眠っていたのか、何回転なんかいてんかしたのかは分からないけれど、たしかに天井があった。


 見慣れた天井のはずなのに、見知らぬ天井に様変わりしてしまったような、奇妙な感覚がした。


 ここはたしかにおれの部屋だ。だけどおれの部屋と言い張る根拠の一片を、もう少しで失おうとしている。


 書置かきおきのためだけに作られた用紙なんて、うちには存在しないから、とっくの昔に稼働かどうを終えたプリンタが、かりに現役だったら使われるはずだったA4のコピー用紙に、ボールペンを走らせた。


 漢字がスッと出てこないところは、調べずにひらがなにしてしまった。ひらがながパッと思い出せないところは、あきらめてカタカナにした。


 書き終えてから、署名を入れていないことに気付いた。


 部屋も家も出るのは、おれだ。そのことを、はっきりとさせなければならない。名前を記す。そして少し迷ってから、「ニート兄さん」という芸名も記入した。


 一気にふざけた書置きになったなと思いながら、おれは、そっと外に出る支度したくをはじめた。

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