第32話 いい感じってやつ。
警察がやってきて、ハリスとミランダはそのまま連れていかれてしまった。二人とも憔悴しきったような顔で、抵抗することもなく連行されていったそうだ。
私はノアの魔法で、その場から飛んで家へと帰った。確かにハリスが言っていたように街のはずれにあった小さな廃屋で、私は来たことがない場所だった。
そのままようやく家の前までたどり着き、地に足を付いた私は辺りを見て呆然とした。やはり家は傷一つなく無事なのだが、その周辺はすっかり焼け落ちてしまっている。黒焦げになった木々が倒れていた。
焦げた匂いが漂っていて、殺伐とした雰囲気だ。これまで見てきた様子とはあまりに違っていたので衝撃的だった。
家の窓から見える景色が好きだったのに。最初はこんな場所に家があるなんて……と呆れていたけれど、自然の姿はとても心地いい物だった。
「そんな……こんなに……」
愕然とする私に、ノアが隣に寄り添う。
「私が帰ってくるのが遅かったせいです……火の回りが早くて」
「ノアは何も悪くないです! 私が……私のせいで……」
止まっていた涙がまた出てきてしまう。あんなに穏やかで静かで、素敵な自然だったのに。精霊たちの心が休まる場所でもあったはずだ。
「アンナ。アンナこそ、何も悪くないんだから自分を責めないでください」
「でも……精霊たちは大丈夫なんですか? 自然は彼らには重要なんでしょう? このままじゃ……」
彼らが弱ったりしたら? もう遊びに来れなくなってしまったら、どうしよう。申し訳なくてたまらなかった。
ノアはそっと涙を拭ってくれる。
「あなたを助けに来たカラスたちを見て、わかりませんか? あれは精霊たちの力です。それでも心配だというのなら、今だけ少し見せてあげましょうか」
そう言ったノアは、小さく私にふっと息を吹きかけた。一体何が起こったのかよく分からず首を傾げると、突然家の中から大きな声がした。
「アンナー!!」
アレンだ。私は振り返って家の方を見ると、次に見えた光景にぎょっとした。
アレンは玄関の戸を派手に開けて飛び出してきたのだが、その後ろからわらわらと小さな子供たちも続いたのだ。金髪や青い髪、赤い髪など見た目はそれぞれ違い、でもどの子もとても可愛らしかった。
それに紛れてウィンも現れる。ほっとしたような顔で私とノアを見て小さく手を振った。
「え、なんかいっぱい……え、なにこれ、ちょっと、待って」
子供たちはわっと私の周りに集まり、眩しいぐらいの顔で見上げてくる。アレンがまず私の体に抱き着いた。
「無事でよかったよアンナ! 守り切れなくてごめん!」
「……もしかしてこれ、みんな精霊たち?」
「あれっ。今、皆の事見えてる? あはは、騒がしいでしょう。みんな、アンナが無事に帰ってきてよかったねー!」
アレンがそう言うと、皆が一斉に何かを話しだして目の前がチカチカした。何を言っているのか拾いきれない。いつだったかアレンが「保育所みたい」と表現したのが正しいと今になって分かった。
ノアが呆れたように呟く。
「ね? 全部が見えると大変でしょう。こんなに人数がいるんですから……まあ、今は特にあなたを心配して集まって来ちゃってるんですけど」
私はふふっと笑い、しゃがみこんでみんなの顔を見た。
「みんな、ありがとう。止めてくれたのに家を飛び出してごめんなさい……助けてくれて本当にありがとう」
「全然いいよ!」
「でも、こんなにたくさん燃やされちゃって……ごめんね」
「大丈夫! 時間を掛ければ治るさー! アンナが無事なことの方がよかったよ!」
「僕らは木々や花を育てるのも得意だから!」
「また美味しい料理を作ってくれればそれで私たちは元気いっぱいだから!」
みんなが口々にそう言ってくれて、私は何度も頷いた。その気持ちが嬉しくてたまらない。誰一人、私を責めるような人はいなかった。
「ありがとう……お礼にいっぱい作るからね」
みんながわあっと声を上げる。賑やかな声にまじり、やれやれと言った様子でウィンがやってきた。
「アンナ、無事で何よりだよ」
「ウィン!」
ノアが隣で、ウィンについて説明してくれる。
「たまたま私の家に寄るといって一緒に帰ってきたんですが、鎮火を手伝ってくれて助かりました。それと街の被害などは彼が調べてくれたので」
「そうだったんですか……! ありがとうございます!」
「ぜーんぜん。アンナは自分を責めることはしなくていいよ。ここにいるみんなはアンナを必要としてるんだから、それに応えて一緒にいてあげればいいだけのこと」
ウィンの力強い言葉に、私は頷いた。
終わったことを悔やんでも仕方ない。私に出来るのは、これからみんなに恩返しをすることだ。ノアにもウィンにも精霊たちにも、感謝の気持ちを持って行こう。
私に居場所を与えてくれた大切な人たちなんだから。
ノアは私に向き直り、優しく手を握った。
「あなたはもうなくてはならない人ですから……大切な人を守りたいと思うのは普通のことでしょう? 罪悪感なんていりません。私たちはアンナが無事ならそれでいいんです」
温かな手から、愛情が流れてくる気がする。この手を握っていれば、何でも出来るようなそんな勇気を貰える。
この人に出会えて、ここに辿り着けて良かった。
「……ノア、ありがとう……」
私がそう呟くと同時に、ウィンがどこかわざとらしい声を上げた。
「あーえっとー精霊たち? 家で休もうじゃないか。ほら、たまには僕がお茶を淹れてあげよう」
「なになに、もしかして今って『いい感じ』ってやつ!?」
「じゃあキスする!? キスする!?」
ウィンの気の回し方に気づいた精霊たちがざわざわと騒ぎ出したので、つい笑ってしまった。ウィンは頭を抱えて悩む。
「これさあ……精霊たちがいたんじゃ、ノアたちは永遠に恋人っぽくなれないんじゃあ……」
「僕たちのせいにしたー!」
「私たちは応援してるだけなのにー!」
ぶーぶーと不満げなみんなが面白くてまた笑ってしまうと、私は声を掛ける。
「みんな、ありがとう。お茶にしない? お菓子が余ってるはずだから」
それを聞いたみんなは、わーいと声を上げて家の中に入って行く。まるで普通の子供にしか見えない。でも、彼らは確かに人間ではない生き物なのだ。
それぞれの後姿を見て微笑みながら私も続こうとすると、すっと手を握って止められた。振り返ると、ノアがこちらを見ている。
「ノア?」
私が名を呼んだ瞬間、彼の顔が近づいてその唇が触れた。突然のことに、棒立ちになり何も出来ない。柔らかな感触と、ノアの黒髪が頬に触れてくすぐったく思った。
目を真ん丸にしている私からそっと顔を離すと、彼は人差し指を口に当てていたずらっぽく微笑んだ。
……何が起こったんだろう。夢じゃ、ないよね。
ノアは何も言わないまま、私の手を引いて家の中に歩き出す。私の顔はぶわっと熱くなり、それを抑えるように片手で頬を包んだ。
こんな顔で中に入ったら、みんなに勘づかれてしまいそう。
必死になんとか落ち着かなきゃと思うものの、至近距離で見えたノアの顔が蘇り、私はどんどん顔の温度が上昇していくような気がした。
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