第25話 秘めていた恋心
困っている私に気づいたのか、ノアが質問を投げかけてくれる。
「あなたのお父様は、お母様の妊娠を期に王都から越したんでしたね」
「あ……そうです。母は体が弱かったみたいで、都会よりゆっくりした場所で住もうってなったみたいです。それから私が生まれて、少し経ってから母は亡くなったみたいです」
「それは……悲しいですね」
私は頷きつつも、ゆっくり目を細めた。
「でも、父は明るくて陽気な人でした。それから、亡くなった後も母を凄く想っていて……母が使っていた形見のドレッサーの鏡を毎日磨いていたし、思い出話もたくさんしてくれました。だから、寂しいとはそんなに思わなかったです」
「素敵なお父様ですね」
隣を見ると、ノアが優しく微笑んでいたので複雑な気持ちになった。彼の親は酷い人たちであることを思い出したからだ。私は両親が愛してくれていた、という自信があるから、ノアの寂しさを理解することは到底無理なのだろう。
「お父様はずっと料理人だったんですよね?」
「はい。近くのレストランで……父が仕事に出ている間、幼い私は近くの友達とよく遊んでいました。それが、ハリス、という花屋の少年でした」
「ハリス……」
「幼馴染でずっと一緒だったんです。彼の両親にも凄くお世話になっていて……長い時間をハリスと過ごしました。いつでもどこでも彼と一緒。周りからは公認カップルみたいな扱いをされていて、私も彼が好きでした。途中でミランダが……さっきの子が越してきて三人でもよく遊びましたが、圧倒的にハリスと二人きりの方が多かったと思います。そして大人になり、プロポーズを……」
その日のことを思いだし、私は膝の上に乗せた手を握りぎゅっと拳を作った。
ハリスは大きな花束を作って私にくれた。彼らしいやり方が本当に嬉しくて、私は涙をあふれさせた。これから二人で生きていこう、と手を握られ、父と母のようになりたいと心から願った。
「その後友人たちが婚約祝いパーティーを開いてくれて……ミランダが、中心になってやってくれました……そして結婚式まであと一か月、というところで、体調不良で仕事を早退した日がありました。家に帰ると、私の部屋でハリスとミランダが……」
それ以上は言えなかったが、ノアは察したようで小さく首を振った。私はあの時のことを思い出し、目に涙を溜めながら天井を仰ぐ。涙をこぼしたくない、と思ったのだ。
「父との思い出の家なので、結婚したら私の家で暮らそうとハリスに提案したのを、これほど後悔した日はありませんでした。合い鍵を持っていたハリスは私が仕事中にミランダを招き入れていた。私と二人で選んで買ったベッドだったのに……そしてその部屋には、母のドレッサーがありました。その鏡に二人の様子が映っていて、忘れたくても忘れられなかった」
「……もしや、それが……」
「私が刃物を使えなくなったきっかけです。鏡や包丁など、銀色に何かが映ると、あの日のことがフラッシュバックしてしまって苦しくなってしまうんです」
先日、王宮で包丁を握ったがまだ克服できていないらしいと分かった。すっかり心は落ち着いたと思っていたのに、トラウマはそう簡単に治せない。
「訓練しても駄目で、仕事を辞めました。職場のみんなは止めてくれたけど……派手に婚約パーティーなんて開いたのに婚約破棄になって、街の人の目も痛かった。どうしてもその場から離れたくて、叔父の元へやってきたんです」
「その二人が、なぜこの街に?」
「ハリスの両親には手紙を書いて出てきたので……ハリスにはトルンセルにいることを内緒にするよう書いておいたんですが、彼がその手紙を見つけてしまったようです。街で彼に会いました。そうしたら、私を見てなんと言ったと思います? やり直したいって、そんなことを言ったんですよ!」
そういった途端、ついに目から涙が零れてしまった。私はそれを隠すように俯き、拳にぽたぽたと涙が落ちる。
「あんなことをしておいて……私は仕事も失ったというのに……! それに、私を探すためにミランダも連れてきたんですって。ずっと好きだった人が、これほどデリカシーがない人間だなんて知りませんでした……情けなくて情けなくて……」
ずっと我慢してきた涙がどんどん溢れて止まらない。あんな男のために涙を流すことすらもったいないと思っていたのに、涙腺が言うことを聞いてはくれない。
するとノアが突然、手を伸ばして私の頬にそっと触れた。まさかの行動に、驚きで自分の全てが停止する。
ノアは私の顔を持ち上げるようにし上を向かせると、彼の綺麗な青い瞳と目が合った。
「泣きたくもなるでしょう。思う存分泣けばいいです。でも、あなたが泣いているのは辛いので、私が何度でも拭きます」
そういったノアの長い黒髪がふわりと揺れた。同時に、私の濡れていた頬が一気に渇き、ああ彼が魔法で涙を乾かしてくれたんだと気づく。
「アンナは話すのが辛かったと思いますが……私は聞けてよかったと思っています」
ノアが真剣な顔でそういったので、私は息をすることも忘れてその瞳に見入った。ノアが触れている頬は異様に熱く、火傷してしまうかもしれない、なんて馬鹿なことを思う。
「私も……言えてよかったです。もっと早く言えばよかった」
「言ってくれてありがとうございました」
「お礼を言うのはこっちです。あの、さっきミランダを吹き飛ばしたの、実はちょっと嬉しかったです」
「……よかった。余計なことをしてしまったかと」
ほっとしたように表情を緩めたノアの顔を見て、胸が高鳴る。体中の血液が沸騰するようになり、全身を駆け巡っている。
ーーああ、そうか。
彼に触れられるとそこが熱いこと。目が合うと胸が苦しくなること。自分の事を知ってほしいのに知られるのが怖いと感じること。全て、私が彼に抱いている特別な心のせいだ。
行き場のない私に仕事と住む場所を与えてくれて、心の底から感謝していて、恩人だと思っていた。でもとっくに、恩人だと思う気持ちを越えていた。
いつのまにかこんなにもーー
「好きになっていたなんて」
ポロリと心の声が、口から漏れた。
告白しようだとかそんなことは一切思っていなかったのに、自然とそうなっていたのだ。彼に気持ちを伝えるのが当然であるかのように、違和感なく私の口から気持ちが零れてしまった。
「…………え?」
ノアがフリーズする。
瞬きすらせず、静止画のように止まりピクリとも動かない。
完全に固まってしまった彼を見て、私は少しだけ笑うと、そのまま話を続ける。
「ここに来てハリスのことなんか忘れて楽しく過ごせていたのは……ノアがいてくれたからだと分かりました。いつのまにか、ずっと好きな人が出来てしまっていたんです」
「……」
「あっ、いやでもその……ごめんなさい、急に……そんなことを勝手に思われて迷惑ですよね……でもあの、解雇しないで頂けると嬉しいんですが……」
慌てて私は彼から視線をそらして言った。思えば人嫌いで貴族の縁談も断り続けていたノアが、私なんかに想いを寄せられても迷惑でしかないだろう。もしかしたら、そんな私情を持った人間はそばに置いておけない、と思うかもしれない。
告白なんて、早とちりをしてしまった。
一気に後悔した私の頬を両手で挟むようにし、ぐいっと顔を正面に向けさせたのはノアだった。至近距離に彼の顔がある。
「今、私を好きだと言ったんですか?」
「えっ……それ、聞き返します……?」
「私ですか? 恋ですか?」
「ど、どうしてそんな分かり切った質問をするんですか……」
恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。両頬が燃えるように熱くてかなわない。なのにノアは相変わらず白い肌で照れてる様子もなく、真顔で私を見ているから憎らしく思った。
私の心臓の激しさが、少しでもあなたにうつればいいのに。
「……あの、ノア」
「解雇なんて、しません。あなたにそんな気持ちを向けられているなど、夢にも思わなかった……こんな私の側にいてくれるだけでありがたいと思っていたのに……」
どこか苦しそうに言った彼はそのまま、私の体を自分の方へ倒し、ゆっくりと抱きしめるように背中に手を回した。彼の胸に密着し、そこで初めて、ノアの心臓が速くなっていることに気が付いた。
「アンナは……趣味が悪いです」
「え!? ど、どういう意味ですか!!」
「こんな人間に好意を寄せる人なんているはずがないですよ」
ここに来てまた出た、ノアの自己肯定感が低いところ。呆れるぐらい、彼は自分への評価が低い。国を守るほどの凄い魔法使いなのに。私は少し呆れながら答える。
「ノア……何度言えばわかりますか。あなたは優しいですし、とても素晴らしい人です。精霊にも愛されているんですから、自身を持ってください」
「アンナがそう言えば言うほど不思議でたまらないです。あなたの見る目がないとしか……」
「もう!」
私が少し怒った声を出すと、ゆっくりノアが体を離す。そこで見えたノアの青い瞳は、どこか熱っぽく潤んでいるように見えた。見たことのないそんな彼にぐっと息を呑み、血液が騒ぐように全身を駆け巡る。
「でも……前の男と違って、私はあなたを裏切りませんし、あなた以外を愛しません」
それは、私を愛してくれるということ?
そう聞き返したかったのに、声が出てこなかった。あなたからの答えだと思っていいのだろうか。
不器用で変わった人。どうして告白の返事の前に、私の見る目がない、なんてことを言うのよ。
「不思議な人だと思っていました……精霊たちに愛され、こんな場所で楽しそうに料理をし、子供を抱きしめて一緒に海に沈み、私の婚約者役もやってくれた。私を蔑むことも媚びへつらうこともせず、いつだって明るく接してくれ、私は戸惑っていたんだと思います。でもこれが恋だと認めてしまうのが怖くてたまらなかった。あなたに受け入れてもらえるような人間だと思えなかったから」
「……あなたがそれほどまで自分に自信がないのは、やっぱり家族のせいでしょうか?」
「そうかもしれません。保護された後も、魔法使いとしては優秀だと褒められましたが、変わった子供だと遠目に見られることが多かったので……」
私は知ることが出来ないノアの子供の頃を想像して、涙が出そうになった。
両親に都合よく扱われ、売られそうになったノア。その後は保護されて魔法を学んだらしいが、それは彼が望んだことだったんだろうか。もしかしたら、普通の少年として両親に愛される生活が、一番欲しいと思っていたのかもしれない。
私は両親に愛されていた記憶がある。この記憶はとても重要な物で、心強く思えるものだと知っている。
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