第16話 根っからの庶民




 大広間に通され、その豪華な様子に目がチカチカしたが、それを表情に出ないように抑えるのが大変だった。


 見たことのない広さに豪華なシャンデリア、キラキラした別世界の人々。上品に微笑む婦人に朗らかな紳士。さっきまで幽霊屋敷にいた私にとって眩しすぎた。


 ノアにエスコートされながら歩いていると、彼に気が付いた人々がやや驚いた顔でこちらを見てきた。ノアはあまりパーティーなどに出ないと言っていたので、彼の存在が珍しいのかもしれない。


 少しして、恰幅のいい中年男性が話しかけてきた。私はもちろん誰かわからないので、ただ微笑んでノアの隣に立っているだけだ。ただし、一度引いた汗がまたしてもどっと溢れてくる。


「これはこれは珍しい……! ご無沙汰しております」


 ノアの顔色を窺うようににこにこ顔で近づいてきた男性。でも、ノアは少しも表情を変えず、むしろ無表情の中に面倒くさいという気持ちが入っている。叔父さんと話しているときの方がずっと気を許している感じがした。というか恐らく、私の勘が正しければ『この人は誰だ』と思っている。毎日彼と一緒にいれば、無表情でもそこから感情を読み取れるようになってくる。


 男性はノアがいかに凄い魔法使いであるかを褒めたたえた後、こういった場所に来ることが少ないのでなかなか会えず残念だった、今日は恐らく会えるだろうから楽しみにしていた、という主旨のことをペラペラと喋った。ちなみに、その間ノアは相槌の一つも打っていない。起きてるのかな? もしや立ったまま寝てる?


 ノア。お願いですから少しぐらい反応をしてください。隣で微笑んでる私の頬が引きつってしまいます。


「ぜひ娘をご紹介したいと思っていたのですが……そちらのご令嬢は?」


 ようやく本題、とばかりに男性が私を見た。その時気付いたが、彼の少し後ろには青いドレスを着た若い女性がこちらを見ていた。


 私はピンとくる。こうやって、結婚相手として紹介されるわけか。


「婚約者です」


 ノアはそう一言だけ言った。周囲の視線が自分に集まり、びくっと体が反応する。


 だが、私の心とは反対に体が自然と動き出す。ドレスを優しく両手で持ち、ゆっくりと膝が沈む。


「初めまして。アンナ・カルミオンと申します」


 そして言葉も、自分の意志とは関係なくすらすらと飛び出した。全てノアの魔法のおかげだ。


 周りの人々が驚いたように息を呑む。男性はしばらく言葉を失くした後、引きつった笑顔で声を出した。


「あ、あなたもついにお相手を見つけられたのですか……とても美しい女性で」


「はい、結婚しますので」


「しかし、カルミオン家? とは聞いたことがありませんが」


 男性は混乱したように私を上から下まで見ている。私の名前なんか聞いたことがない、でも所作はそれなりにしっかりしている。何者だろうと疑問に思ったに違いない。


 でもその質問を、ノアは華麗にスルーした。周囲に釘をさすように再度言う。


「結婚を決めましたので、今後は縁談などは不要です」


 ノアはこれが言いたくて私を今日誘ったのだから、高らかに宣言するのは当然だった。本当は結婚なんてする予定がないのだけれど。


 男性の後ろに立っていた青いドレスの女性が、キッとこちらを睨んだ、気がする。だがすぐに眉尻を下げ、少しこちらに近づいてくる。


「そんな……わたくし、ずっとお近づきになりたいと思っておりましたのに」


「それはどうも」


「そう思っている女性は大勢いますよ。あなたなら、山の数ほど縁談もあったでしょうに……」


 ちらりとこちらを見てきたので、彼女の言いたいことが分かった。父親であるあのおじさんと同じように、私がどこの馬の骨かわからない人間であることを不満に思っているのだ。


 ……ノアは平民だと自分で言っていたけれど、ウィンは爵位を手にすることも出来るって言っていたっけ……。本人が興味がないから、と。陰で国を守っている希少な魔法使いで王室ともつながりがある人間となれば、確かに私なんかじゃ納得できないだろうな。

 

 でもノアは、そんな女性の嫌味をさらりとかわした。


「私は家と結婚するのではなく、アンナと結婚するので」


 そうきっぱり言ったノアを、つい見上げてしまった。いつも通りの飄々とした横顔。


……婚約者のフリだと分かっているのに、嬉しいと思ってしまった。偽りの言葉だと言うのに。


 彼女はぐっと黙った。ノアはすかさず彼らに言う。


「そろそろ挨拶が始まる頃ですね。失礼します」


 そして、周りの視線から逃れるように私と共にその場を離れた。なるべく人のいない隅に寄り、さらにノアは私を隠すように壁に寄せた。


 注目を浴びていた状況からようやく抜け出せてほっとする。いや、気を抜くのは駄目だ、まだどこで誰が見ているかわからない。


「お疲れ様です」


 ノアが囁くようにして言ったので、どきりとした。ちらりと彼を見上げると、端正な顔立ちがこちらを見下ろしている。


 思えばちゃんとしたノアは顔立ちもかっこいいので、そういう意味でも女性に人気だったのかもしれない。ただ、げんなりという表情をしていたので少し笑ってしまった。思えば、人と接するのが苦手なノアがこんなパーティーで人に囲まれたり注目されたりするのは、よほど苦痛だろう。


「ノアって、モテるんですね……たくさん縁談があったって」


「魔法使いという珍しい肩書きが好きなんですよ。王室とも近くなれますしね。さっきのご令嬢が、私の家に住めると思いますか?」


「ふふっ、想像もできませんね」


「でしょう? 初めから無理だと分かっています。うちには精霊もいますしね……私は静かに暮らしたいので、彼らのような煌びやかな生活はごめんです」


「静かって言いますけど、精霊たちのおかげで賑やかな方ですよ?」


「……それは否定できません」


 私は小さく笑い、ノアもつられて頬を緩めた。普段通りの私たちの会話だった。


 綺麗に着飾り、こんなに素敵な場所にいるというのに、私はいつもの家にいる方がずっといいと思った。ドレスやアクセサリーは確かに心躍るけれど、エプロンを付けて料理をしている方がずっと楽しい。見た目はぼろぼろのあの屋敷で、精霊たちに囲まれながらノアとまったり過ごしている時間の方が好きだ。


 私は根っからの庶民なんだろうな。


 だがその時、ノアの薄い唇が至近距離で目に入り、慌てて邪念を祓った。また、一か月以上も前の事故を思い出してしまったのだ。恥ずかしい。


「それに私は暗くて女性を喜ばせることなんて何もできませんし……こんな内面を見れば、彼らは絶対に近寄って来ません」


「……でも、精霊は心優しい人にしか寄って来ません。でしょう?」


 私がそう言うと、彼は困ったように眉尻を下げた。いつも、ノアは誰かに褒められたりすると困った顔をする。もっと自分に自信を持てばいいのに、と思う。


「……そろそろ第三王子の挨拶が始まります。その後、順番に王子とその婚約者が回って個別に挨拶。それから王子たちのダンスがあって立食パーティーに移りますが、王子のダンスが終わったら我々は帰りましょう」


「はい」


「ここで出される料理より、あなたの料理の方が美味しいです」


 さらりとそう言ったノアは、私から視線を外して辺りを見回した。私は言われたセリフに喜びを覚え、顔がはにかむ。


 そんな私たちを、遠くで苛立った目で見ている女性たちが多々いることに、気づいていなかった。



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