第10話 嵐
帰宅した私は、購入してきた色々な物を使って調理した。アレンも来てくれたので、彼に下処理を任せ、魚を使ってメインを作ったり、果物を使ってケーキを焼いたりと充実した時間を過ごす。
食材を多く貰いすぎたが、精霊たちのおかげで余りを心配することはない。出来上がった料理はいつの間にか無くなっているし、アレンも子供のような体の割にたくさん食べてくれるので、作り甲斐がある。
とても楽しい時間だった。レストランのようにウェイターがいなくても、同僚がいなくても、それでも私には十分だった。二度と誰かに料理を振舞うことが出来ないと思っていたので、こんな幸福はない。こうして料理をしていれば、ハリスのことも考えずに済む。
幽霊屋敷だけれど、精霊たちがそばにいると思えば一人で過ごすのは怖くなかった。私はすっかりこの新しい生活を気に入っていたのだ。
そしてノアが出かけて二日目の朝。私は早くから気合を入れてキッチンに立っていた。
「あとは……クッキーが五分ってところかな」
そう独り言を呟くと、振り返ってテーブルの上を眺める。そこには白い籠と茶色の籠が二つ並んでおり、中にそれぞれ作った料理が入っていた。朝焼いたパン、スープといった食事と、パウンドケーキもある。
「ノア、何時ごろに帰ってくるんだろう」
今日の朝、彼は帰ってくる予定だと言っていた。でも何時になるか聞いていない。
一体どんな仕事をこなして帰ってくるのかわからないが、疲れて帰るだろう彼にすぐに何か振舞えるように用意しておいたのだ。朝食は食べてくるのか? まだだったら焼きたてのパンだってあるし、食べてくるんだったら甘いものでも摘まんで疲れを癒せばいい。とにかく、ここで雇われている以上雇用主にしっかり食事を取ってもらいたい。
「みんな! 言ったけど、白い籠はノアの分だから食べちゃだめよ」
私が言うと、ちゃんと聞いているらしく茶色の籠の料理が少しずつ減っていく。言うことを聞いてくれるところが何だか可愛い。アレンの姿はない。朝はいつもいないので、どうやら朝が苦手な精霊らしい。
私は鼻歌を歌いながらクッキーの焼き加減を見る。うん、いい感じ。
「クッキーも焼きあがったよ」
中から取り出し、仕上がりに満足した。どうやら精霊は甘いものが好きらしく、作るとあっという間に無くなる。今日はケーキもクッキーもあるし、皆喜んでいるに違いない。って、アレン以外の精霊たちの姿は見えないんだけど……。
「これぐらい作っておけばいいかな。ノアの分は分けておいて……あ、あと私の分も」
最後に後片付けを終えて振り返る。
と、違和感に気が付いた。
「あれ……思ったより減ってないかも」
茶色の籠の方は精霊たちの分だ。それが、普段より減りが遅い気がしたのだ。
昨日はおやつに作ったお菓子はあっという間に消えてしまった。お菓子じゃなくても、パンとか結構早くに無くなるんだけど……。
「もしかして何か失敗したかな?」
慌てて味見をしてみるが、特に問題はなさそうだ。不思議に思い首を傾げていると、アレンの声がした。
「アンナー? 朝からお菓子でも作ってる?」
ぽてぽてと足音を立てながら奥からやってきたアレンを見て、私は挨拶をしてすぐに本題に移る。
「ノアが帰ってきたとき、食べたいものが食べられるように色々作ってたんだけど……今日はあんまり減ってないみたいなの。私失敗しちゃったかな?」
アレンは置かれた料理たちを見て、しっかり茶色の籠から一つクッキーを手に取りぱくりと食べる。
「違う違う。味は問題ない。そうじゃなくて、今日は嵐が来るから」
「え?」
「ノアも言ってたでしょ? 夜に嵐が来る。ここにいる精霊たちは森に住んでる子たちも多いから、みんな今日は自分の場所から離れないようにしてるんだよ。人間もそうだと思うけど、嵐が来るときに出歩かないでしょ? 僕はここに住んでるからいいけど」
私は窓の外を見てみる。確かに風は強いが、まだ青空が出ていたので、ノアが嵐が来ると言っていたことをすっかり忘れていたのだ。
「そういえば夜に直撃するって……」
「この街は昔から嵐が多い。街のみんなも備えていると思うけどね」
「というかこの家は大丈夫なの? だいぶ古いように見えるけど」
「ここの家主は誰だか考えてみなよ」
そうか、私にはわからないけれど、ノアがきちんと魔法で何とかしてくれているのだろう。そりゃそうだ。
「ノア、朝に帰るって言ったけど何時ごろになるんだろう……」
「まあ、ノアは魔法で帰ってくるし、嵐とか天気関係ないからね。そのうち家の中にひょこっと現れるよ」
アレンはそう言ってもう一つクッキーを頬張り、呑気に笑っていた。でも私は、なんとなく心にざわめきを覚えていた。
昼を過ぎ、風はさらに強まってきていた。朝は青空が見えていたものの、次第に空はどんよりと曇り空になり、光が差し込まない部屋がかなり暗くなった。風に煽られ、家の周りの木々たちが悲鳴のような音を奏でている。
ノアはまだ帰ってきていない。
私が住んでいた街では、そんなに嵐が来ることはなかった。なので、これだけ強い風が吹いていることも珍しく、どこか不安になってしまう。心配はいらないとアレンに言われたものの、一応家の周りを観察して、壊れやすい部分はないか、風で飛んできそうなものはないか何度も見て回った。
ついに夕方になっても、まだノアは帰ってこなかった。
雨が降り出し、夜が訪れたように暗くなっている。窓ガラスに雨が強く辺り、大きな音を出していた。
私は窓から不気味な森の光景を眺めながら、帰って来ないノアをハラハラしながら待っていた。
「ノア、何かあったのかな」
朝に帰ってくると言ったのに、こんなに遅くなるなんて。
それでもアレンはあっけらかんと答える。
「まあ、仕事に追われてるんだろうと思うよ。少なくともノアの身に危険が迫った、とかじゃあない。なんかあれば魔法で対処できるんだから」
「そりゃノアには魔法があるけど……」
「心配しなくても大丈夫だよ。ていうかさ、心配なのはノアより……」
アレンが少し眉を顰めてそう言いかけたとき、玄関のドアが勢いよく開く音がした。私はてっきりノアが帰宅したのだと思い、笑顔で廊下に向かったが、すぐに勘違いだと自分で気づいた。だってノアは、あのドアを使わないんだから。
「ノア!!」
聞きなれた声にあっと声を上げた。
「叔父さん!」
廊下に顔を出して呼びかけると、玄関にいた叔父さんがこちらを見た。彼はびしょびしょに濡れたレインコートを着て立っている。でも、レインコートの下の顔がやけに青ざめている気がして、私の心がどきりと鳴った。
慌てて駆け寄る。
「叔父さん? どうしたの、こんな日にわざわざ」
「アンナ、ノアはいる!?」
「う、ううん。仕事で出かけてて……今日の朝に帰ってくる予定だったんだけど、まだ」
私の言葉に、叔父さんはなお青ざめた。尋常ではないその様子に、尋ねる。
「何かあったの?」
「……だいぶ大きな嵐が来てる。皆自分たちでできる対処をしているところなんだが……パウルが」
「……え?」
「パウルがいなくなってしまったんだ」
心臓がひゅっと冷たくなる。私が焼いたパンケーキをたべて嬉しそうに笑うパウルの顔が目に浮かんだ。
「ど、どういうこと?」
「隣の家の犬が脱走してしまったんだ。パウルが可愛がっていた子でね……隣人とその話をしていたらいつの間にか家からいなくなってしまっていた。多分、探しに行ったんだと思う」
「一人で!!?」
「今回の嵐は大きいみたいだから、家から出るなと私たちにきつく言われていたからね。ノアがいてくれたら、と思ったんだが……」
叔父さんの手が小さく震えている。だが彼はキッと強い視線で前を見ると、再び玄関のドアの方に向いた。
「もしノアが帰ってきたら、パウルのことを伝えて、何とか探せないか聞いてみてくれ。私は探しに行く!」
「わ、分かった!」
叔父さんがドアを開けた途端、外の風が中にまで入り込んできた。想像していたよりずっと強くて、大人の私でも体がよろめいてしまう。雨は冷たく、一気に寒気が襲う。私の髪は風で巻きあがり、顔に水滴がたくさんついた。
ドアが閉まった後、一人呆然としていた。
大人の私でも、こんな風になったというのに、子供だったらどうなってしまうの?
想像してぞっとする。
「アレン!」
私は振り返って大きな声で呼ぶ。少しして、離れたところからアレンが顔を出した。彼はいつもと違い、どこか困ったような顔をしている。
「アレン、この嵐どうにかならない!? もしくは、パウルの場所がわかるとか」
どちらかだけでも何とかなれば、希望が見えると思ったのだが、アレンは悲しそうに首を振った。
「嵐のような大きいものは、精霊の力では何とも出来ない……見知らぬ人間を町中から探し出すのも、難しい。せめて知ってる人間で、森の中を探すっていうなら、どうにかなるんだけど」
「……」
アレンたち精霊の力では、さすがに難しいようだ。私はそれを聞いて決意すると、自分の部屋に駆け込んでクローゼットからレインコートを取り出した。急いで羽織ると、玄関に向かって行く。
アレンがぎょっとした様子で尋ねてきた。
「アンナ、どうするの!?」
「私も探しに行ってくる」
「この外を!?」
「ノアが帰ってきたら、パウルのことを伝えておいて!」
「でもアンナ——」
アレンの声を無視し、私は外へ飛び出した。ごおおっと大きな風の音だけが耳に入り、強い雨と風が体を押し返そうとしてくる。立っているのもやっとの強風だった。
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