第3章 キャリアチェンジ 6

 「ミサト様、あのお酒は間違い無く、御前ごぜんがミサト様の為にあらかじめ用意された物ですぜ」

 「そうよ。だから明日、売り飛ばす前にスグルからの了解は貰う積りよ。どうせあたしに呉れた物だから、あたしがどう処分しようと文句は言わない筈だから」

 「た、確かにそうですが、折角のご厚意をミサト様から無碍むげにされると、幾ら心が広い御前と言えども流石にガッカリなさるのでは?」

 「えっ?」

 あたしはセキレイの言葉で、ハッと成った。

 セキレイの主張は、一理が有ると言うより全面的に正しかった。

 あたしは、金に目がくらんでしまった自分自身を恥じた。

 今は決して調子をコクな!とあたしの中の魔女のかけらが忠告して呉れていた事を、あたしはすっかり忘れていたのだ。

 「そうね。セキレイが言う通りだわ。あたしが間違っていたわ。売るのは止める!」

 「ホッ、賢明なご判断です」

 何時の間にか、セキレイは海賊っぽい言葉遣いから、いつもの口調に戻っていた。

 此奴こいつもあたし程では無いにしても、多少の自動変身能力を備えているのかな?

 「あたしを思い留まらせて呉れた御礼おれいに、今夜はセキレイが呑みたいボトルを空けてあげる」

 「おー!今夜の俺は警備が非番ですし、ミサト様にとことん付き合いますぜ」

 セキレイは又、海賊っぽい口調に戻った。

 海賊って、親分、子分の関係が有りそうだから、この海賊モードの方がセキレイの子分化に対しては向いている筈だった。

 「じゃあさあ、折角、ビールのサーバーが有るんだから、先にラガービールで乾杯するぞ!セキレイや、酒のさかなも作って参れ」

 う~ん、海賊の親分の言葉遣いとは何か違うよね。

 「承知!ミサト様はリビングルームで待っていて下さい」

 そう言うと、セキレイは優に800ℓは入りそうな超大型の冷蔵庫の扉を開けると、調理する食材を物色し始めた。


 あたしがリビングルームのソファーで待っていると、セキレイがワゴンにジョッキの生ビールと2皿のまみを乗せて来た。

 「おお、美味しそうなお摘まみだね」

 「俺が家呑みと言うか、宿舎で呑む時に作る肴の食材が、たまたま冷蔵庫に有ったので・・・」

 「ほうほう?」

 「チーズ&ちくわのベーコンマヨネーズ焼きと車エビのピリ辛炒めです」

 「ほうほう?」

 「でわでわ、ミサト様、乾杯!!!」

 「おう!」

 あたしは、セキレイの掛け声で思わす乾杯しそうに成った。

 こんな時、海賊の親分だったらどう言うの?

 「野郎共!これからお宝がザックザックと手に入る様に!乾杯!!!」

 「へっ?ミサト様。野郎共って、野郎は俺だけなんですけど・・・」

 「良いのよ。ノリで言ってるだけなんだから!あたしは今、海賊の親分に成りたい気分なの?」

 「ほうほう?」

 「セキレイ、あんた今から、分身の術を使って野郎共に成りなさい!」

 「マ、マジすか?」

 「マジ!!!」

 「ひえ~っ」

 

 洒落を解するセキレイはそれから、鍛え抜かれた肉体を駆使して、3人に分身すべく素早い移動を繰り返した。

 「アハハ、セキレイ、ご苦労で有った!もう止めて良いよ」

 「有り難き幸せ」

 セキレイはあたしの洒落っ気に、何処までも付き合う覚悟の様だ。

 それからあたし達は、残るアイルランドのスタウトクラフトとベルギーのベルジャンホワイトクラフトを、それぞれ3杯づつ呑んだ。

 「海賊の世界では、子分は親分に酒を注ぐのよ!日本酒を2本、ここに持って来なさい」

 「あれ?今日は俺の好きな酒を空けて呉れるのでは?」

 「それは遠い過去の忘れ去られた約束!今、大切なのは、海賊として親子固めの盃を交わす事よ!」

 「本当にそうでしょうか?」

 「当たり前じゃん!だって、あたしはスグルから見初みそめられてる女なのよ!あたしの子分に成れるなんて、あんた、無茶苦茶に幸せ者なんだよ」

 泣く子と地頭と酔っ払いには勝てない!

 あたしもかつて思った事を、セキレイも思ったみたいだった。

 「かしこまりました。日本酒をお持ちします」


 「海神ポセイドン様の御前おんまえで、わたくし葛城ミサトとセキレイは、ここに親分子分の契りを交わします!」

 あたしはそう叫ぶと、セキレイに命じて持って来させた、小さ目の丼鉢どんぶりばちにお互いに並々と日本酒を注ぐと、それを一気に呑み干した。

 「セキレイ、こらからは誰もいない所では、あたしの事は親分と呼ぶのよ!」

 セキレイは一瞬、戸惑った様子を見せたが、これもあたしの洒落っ気の発露だろうと考えたみたいで、「了解しました」と答えた。

 フッ、フッ、フッ、君は甘い、砂糖水よりも甘過ぎる!

 あたしの子分に成った以上は、あんたはこれからあたしから、徹底的にこき使われる運命なの!

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