第6話
「ゆっきーは、描いてる絵はどうするの?」
放課後、彼女は純粋な疑問を僕にぶつけてきた。
僕は、回答に困ってしまった。
名前だけの美術部。
顧問がしっかりしていたり、自分でも調べたりすれば、作品を出す所もあるのだろう。
「特に無いんだ……」
僕は、うつむいてしまった。
「やっぱりそうなんだ。じゃあさゆっきー」
彼女は、自分のバッグの所にかけていった。
ごそごそしながら、一枚の紙を持ってきた。
満面の笑みで、僕にその紙を渡して来た。
そこには、駅前コンテストと書かれていた。
「これって?」
ニコニコしている彼女は、どこか得意げに、話し始めた。
「これね?友達が言ってるダンススクールとかがやるイベントなの」
それは、年に一度行われる、駅前のお祭りの催し物だった。
そこでは、ダンスはもちろん、音楽、ハンドメイド、そして作品展が行われる。
「私ね?この歌の部門で出るんだよ」
僕が持っているポスターに指を差し、僕の顔をキラキラした目で見ている。
「凄いね。腰塚さんは」
僕は、そんな彼女に、微笑み返した。
「何言ってんの?ゆっきーはこっち!」
彼女は、指をスライドして、作品展の場所を差す。
「えっ……?」
僕は、何を言っているか分からなかった。
僕が、僕なんかが作品展に出すなんて、考えられなかった。
「いや、僕なんかが出したって、恥をかくだけだよ」
そう言った僕を、さっきまでニコニコしていた彼女の顔はみるみる不満げになっていく。
「もう、立って。ほら」
困惑している僕の肩を持って、彼女は僕を立たせる。
彼女の目は、真剣そのものだった。
僕は、こんなにも近くで、まっすぐな目を、見た事があっただろうか。
いつもなら、きっと目をそらしてしまうだろう。
だけど、この時だけは、そらす事すら出来ないほど、彼女の目には力があった。
「ゆっきー」
「はい」
おそらく一瞬の間。
だけど、彼女が強く僕の肩を掴んでる。
「無理は言わない。ゆっきーにとって絵がなんなのかも分からない。でもね、私はゆっきーの絵が好きだよ。絵の事なんて私は分からないけど、もっと多くの人に見てもらいたいって思うよ」
僕は、この時、心に何かが刺さる感覚を覚えたんだ。
すぐに返事を出す事は、僕は出来なかった。
手に持ったポスターを、僕はじっと見つめていた。
「僕なんかに、出来るかな」
ポスターを見ながら、うつむいてる僕の肩を、彼女はもう一度強く掴んだ。
そして、また真っすぐ、ただ真っすぐ僕の目を見てくる。
そして、ゆっくり頷いた。
僕は、そんな彼女の真っすぐな目に、深い深い深呼吸をしながら、唾を飲み込んだ。
「うん。今はそれで良い」
彼女は、いつもの笑顔で僕の肩を離した。
僕の心臓はこの時、初めての音を刻んでいた。
「あとゆっきー!」
一度は、いつもの場所に戻ろうとしたけれど、何かを思い出したのか、振り返ってまた僕の目の前に来た。
少しのけぞる僕に、彼女は左手の人差し指を僕の顔に向ける。
「腰塚さんって呼ぶのは禁止、楓って呼んで。友達……でしょ?」
少し顔をかしげて、僕の顔を覗き込む彼女は、きっと天使だ。
僕は知ったんだ、アニメやドラマでヒロインのまわりには光があふれる。
あれは、本当だったんだ。
僕は、間違いなく、彼女の周りに光が見える。
「ゆっきー。大丈夫?」
僕は、時が止まっていたのかもしれない。
「でっでっでも。そんな」
僕なんかが、彼女を名前で呼ぶなんて。
「ほら、早く」
「楓……さ……ん」
僕は、顔が真っ赤になった。
心臓は、もう破裂しそうなほど震えていた。
「カエデ!」
「楓」
彼女は、にっこりしていた。
よしよしと言わんばかりに、頷きながら、彼女は満足げだった。
「良く出来ました。それと、今度駅前の描くとこ一緒に探しに行こうね」
「はっはい」
僕は、流れのまま、彼女の誘いに答えてしまった。
それは、僕が、彼女と一緒に駅前に行くと言う事だった。
もちろん、これは作品を描く場所を探しに行くのが目的。
きっと、彼女にとって特別な意味はない。
そう、特別な意味はない。
鳴りやまぬ、心臓の音を必死に抑えようとしながら、僕は自分の絵に視線を戻した。
まだまだラフに描いてるだけの、彼女のいる教室。
でも、彼女の真っすぐな言葉で、僕は、少しだけ自分の絵を好きになった。
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