第39話 街へ出発
ジュンナは、フローラに背中を押され、すぐにリリカおばあちゃんの家へと向かいました。おばあちゃんは、朝から畑の手入れをしており、ジュンナの話を熱心に聞きました。
「ほう、獣が嫌がる匂いのバリアを張るのかい。ジュンナちゃんは本当に面白いことを考えるねぇ」と、リリカおばあちゃんは目を細めました。「アザミ唐辛子は少ししか残っていないが、村の安全のためなら惜しむものじゃないよ。ニガミ草も、薬草棚にある分を分けてあげようか。」
リリカおばあちゃんは、すぐに薬草棚から乾燥させたニガミ草と、赤く小さなアザミ唐辛子を取り出してくれました。ジュンナは、その場で唐辛子を小さな石臼で丁寧に砕き、ニガミ草と混ぜ合わせる作業を手伝いました。
「この唐辛子の粉は、目に入ると大変だから気をつけるんだよ」とおばあちゃんは注意を促しました。粉末になった唐辛子の刺激臭と、ニガミ草の独特な臭気が混ざり合い、鼻を突くほどの強烈な匂いが立ち込めました。
その日のうちに、ジュンナは父ノア、そしてザックの協力を得て、この匂いのバリアを村の境界線に施しました。ザックが用意してくれた獣脂の残りカスに、唐辛子とニガミ草の混合物を練り込み、それを小さな土器に入れて村の周囲の目立たない場所に配置していきました。
「ノア、これはかなり強烈な匂いだ。獣も近づきたがらないだろう」と、ザックは鼻をつまみながら感心しました。
ノアもこの斬新な対策に満足し、「これで、柵の補強と見張り番に加えて、二重の防御壁ができた。ジュンナ、お前のおかげで皆が安心して過ごせるぞ」と娘を誇らしげに褒めました。
村の安全対策が整ったことで、ジュンナはようやく自分の旅支度に取り掛かることができました。
彼女はまず、新しい世界で学ぶための道具を慎重に選びました。紙が貴重なこの世界で、知識を書き留めるための小さな木製の板と炭。そして、錬金術スキルで作ったガラスのトンボ玉を幾つか。これは、街で出会う新しい人々への贈り物にするつもりでした。
「エレナ、街にはどんなものがあるかな?驚くような景色がたくさんあるんだよね」
ジュンナが話しかけると、エレナは肩の上で楽しそうに体を黄色に変化させました。旅の途中でエレナが快適に過ごせるよう、ジュンナは服に隠れるための小さなポケットも縫い付けていました。
次に、母親のフローラが用意してくれた、手作りの衣服と食料を鞄に詰めました。もちろん、皆で一生懸命作った、あの緑色の餡を挟んだお菓子も、いくつか大切に包みました。ザックやリリカおばあちゃんにもお礼として渡しましたが、残りは旅の途中の楽しみです。
旅立ちの前夜、ジュンナはミーニャの家を訪れました。
「ジュンナお姉ちゃん、本当に街へ行っちゃうんだね」とミーニャは寂しそうに言いました。
「うん。でも、すぐに帰ってくるから。街の話をたくさんお土産にするね!」
弟のマークは、「エレナのおかげで採れた、あの美味しい木の実を持って行って!」と、ジュンナに小さな包みを渡しました。中には、マークが大切に保管していた、あの濃い青紫色の実が入っていました。
「ありがとう、マーク!ちゃんと持って行くね」とジュンナは約束しました。
そして、ついに旅立ちの朝がやってきました。
村の集会所前には、ジュンナ、ノア、フローラが立っており、そこにエイモンドが迎えに来ました。エイモンドは晴れやかな表情で、馬車を引いていました。
「ノアさん、フローラさん、そしてジュンナさん。しばらくよろしくお願いします。準備はよろしいですか?」
「ああ、万全だ。」とノアは力強く答えました。
村人たちも集まり、見送りに来てくれました。リリカおばあちゃんは、ジュンナの手を握り、「気をつけて、行ってらっしゃい。たくさんのことを見てくるんだよ」と優しく声をかけました。ザックは、「街でお前さんの知識がどれだけ通用するかな」と笑いました。
ジュンナは、見送ってくれるみんなに深く頭を下げました。「行ってきます!皆さん、ありがとうございます!」
ノアとフローラと共に馬車に乗り込み、ジュンナは村の景色を窓から眺めました。見慣れた家々、畑、そして遠くにそびえる森。ノアたちが補強したばかりの柵が、心なしか頑丈に見えました。
馬車が動き出し、村の道をゆっくりと進み始めます。
ジュンナの肩には、静かに擬態を解いたエレナがちょこんと座り、外の景色を見つめています。
遠ざかる故郷を背に、ジュンナの胸は高鳴っていました。父と母、エレナと共に、いよいよ未知なる世界へと踏み出すのです。ガラス制作、鏡工場、そして砂糖…すべてが、ジュンナの好奇心から始まりました。彼女の瞳には、希望と探究心に満ちた、新しい旅の光が映っていました。
馬車は、土煙を上げながら、やがて村の外へと続く道を走り始めたのでした。
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第一章 ~完~
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