第16話 ザック達の到着 ①

 10日という月日は、ジュンナにとって、これまでの人生で最も長く、そして短く感じられる時間だった。ザックおじさんからの手紙がもたらした衝撃は大きく、鏡の製作が自分の想像をはるかに超える規模で動き出すことに、期待と不安が入り混じっていた。特に「暁の雫石」の謎は、ロダン爺さんの話を聞いて以来、ずっとジュンナの心を占めていた。ザックおじさんは、一体どうやってあの伝説の鉱物を手に入れたのだろう?

 そして、約束の10日目。村の入り口に、遠くから土煙が上がるのが見えた。

「来たわ!」

 ジュンナの声に、村人たちがざわめき立つ。村長を先頭に、ノアと母、そしてジュンナも村の入り口へと駆けつけた。

 やがて、土煙の中から姿を現したのは、ザックおじさんの見慣れた馬車だけではなかった。その後ろには、さらに5台もの荷馬車が続き、その周囲を4人の冒険者らしき護衛が固めている。そして、馬車の中や周囲には、ザックおじさんを含め、ざっと数えて12人もの人々がいた。

 村長が大きく手を振り、村人たちも歓声を上げて出迎える。ザックおじさんは馬車から降りると、村長と固い握手を交わし、にこやかに村人たちに挨拶を返した。その顔には、長旅の疲れよりも、大きな仕事を成し遂げた充実感が満ち溢れているようだった。

 ジュンナは、その光景を呆然と見つめていた。自分が好奇心から始めたガラス製作が、まさかこれほどの大事になるとは。護衛の冒険者、たくさんの荷馬車、そして10人を超える街の人々。これはもう、一人の少女の趣味の域をはるかに超えている。

(すごい……。こんなにたくさんの人が関わるなんて。でも、だからこそ、絶対に成功させないと!)

 ジュンナの心に、強い決意が湧き上がった。不安や戸惑いよりも、この大きなプロジェクトを成功させたいという情熱が勝った。

 ザックおじさんは、村長や村人たちへの挨拶を終えると、ジュンナの元へ歩み寄ってきた。

「ジュンナ、待たせたな!元気だったか?」

 ザックおじさんの笑顔に、ジュンナはホッと胸をなでおろした。

「ザックおじさん!おかえりなさい!無事でよかった!」

 ジュンナは、聞きたいことが山ほどあったが、まずはザックおじさんが連れてきた人々の紹介が始まった。

「さて、皆に紹介しよう。彼らが今回、ガラス工房の立ち上げに協力してくれる街の者たちだ」

 ザックおじさんは、一人一人を指し示しながら、その役割を説明していく。

「まず、こちらが領主様から派遣された、予算作成担当のロルフ殿だ。工房の建設から運営まで、全ての予算を管理してくださる」

 ロルフと呼ばれた男は、細身で眼鏡をかけた、いかにも頭の切れそうな人物だった。

「そして、商業ギルドから派遣された、ガラス生産工房担当のモルゲン殿。彼はギルドの代表として、工房の運営全般を統括する」

 モルゲンは、がっしりとした体格で、鋭い目つきをしているが、どこか親しみやすい雰囲気も持っていた。ザックおじさんの説明を聞きながら、ジュンナはモルゲンが村の特産品や産業について詳しいという話を耳にした。

(へえ、この人、色々なことに詳しいんだ。後で、この世界の鉱物のこととか、聞いてみようかな……特に『暁の雫石』のこと!)

 ジュンナは、心の中でそっと計画を立てた。ザックおじさんは、さらに工芸スキルや細工スキルを持つ職人たちを次々に紹介していく。皆、真剣な眼差しで、この村での新たな仕事に期待を寄せているようだった。

 紹介が終わると、ザックおじさんは村長に深々と頭を下げた。

「村長、この度は、彼らの宿泊場所の手配、誠にありがとうございます。手紙の通り、食料や資材は全てこちらで用意してまいりましたので、ご安心ください」

 村長は「いやいや、とんでもない。村にとっても喜ばしいことだ」と笑顔で応じた。

 ザックおじさんは、最後にジュンナに視線を向けた。

「ジュンナ、これから大変なこともたくさんあるだろうが、お前が作ったガラスが、この世界を変えるかもしれない。期待しているぞ」

 その言葉に、ジュンナは改めて身が引き締まる思いだった。好奇心から始まった小さな火が、今、大きな炎となって燃え上がろうとしている。

 ジュンナは、ロダン爺さんから聞いた伝説の山の話や、その鉱物がどれほど珍しいものなのか、ザックおじさんがどうやって手に入れたのか、聞きたくてたまらなかった。ザックおじさんはジュンナが錬金術を使えることを知らない。だから、彼がどうやってあの伝説の鉱物を手に入れたのか、純粋な好奇心と、彼への心配がジュンナの心を占めていた。

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