美しい国

いけだけい

第1話 無資格出産

未来を担う子どもたちは、我が国にとって極めて貴重な存在です。


すべての子どもが、幸福かつ文化的な生活を享受できるよう、養育者による虐待、思想の刷り込み、その他の不適切な関与は、一切容認されてはなりません。


この観点から、我が国は今後、出産および養育に対し、免許制を導入することといたします。


出産・養育のライセンスは、専門機関による厳正な審査を通過した方にのみ発行されます。


原則として、ライセンスを有さない方の出産および養育は認められません。


万が一、無資格で出産された場合には、当該児童は速やかに国家の育成センターにて保護され、公平かつ適切な環境のもとで、幸福な人生を歩めるよう育成されます。










18歳になると全ての国民は、審査を受ける。

男性は養育ライセンス、女性なら出産・養育ライセンス。


審査結果は、一ヶ月ほど経つと郵送で送られてくる。


水色の封筒なら合格、白い封筒なら不合格。


封を切るまでもなく、結果は目に見えていた。


私が白い封筒を手にしてふらふらと居間に入った途端、両親から絶望のため息が漏れた。


はっきりとした不合格理由は、告知されないのが通例だった。

封筒の中身には、ただ一言。


『あなたは、国家の定めるところの出産・養育者としての要件を満たさないと審査されました。』


そう書かれているだけだった。


ごめんなさい。お父さん、お母さん。

愛情いっぱいに、一生懸命育てた娘が不合格だなんて、本当にごめんなさい。


私は予定よりも早く、19歳の春に実家を出た。


両親のせいではない。

二人は、決して私を責めなかった。

とてもよくできた人たちだから。


でも、ふとした瞬間に、寂しげな表情を見せることがあった。


近所で孫を高い高いしているおじいちゃんを見かけたとき、幸せそうに大きなお腹を撫でる若い母親を見かけたとき。


父や母の顔によぎる一瞬のかげりが、私を苦しめた。

だって、悪いのは私だから。


専門学校を中退して、小さなアパートで一人暮らしを始めた私は、夜の店で働きながら、毎日のように違う男たちを家へ招き入れた。


男たちは喜んで私を抱いた。

無資格者の若い女なら、後腐れなく思う存分に楽しめるからだ。


私もまた、楽しんだ。

体目当てであっても、他人を喜ばせられる自分が誇らしかったし、たとえ蔑まれたとしても気にしなかった。


だって、無資格者だもん。

だらしなくて、汚らわしくて、当然でしょう。


そんな不思議な矜持が、私のアイデンティティだった。


――あの日までは。








気づけば4ヶ月ほど、生理が来ていなかった。


裏ルートで手に入れた検査薬が陽性になったとき、頭の中が真っ白になった。


いつの、どの男の子供かなんて、分かるはずもなかった。


店には何人か、出産経験者の子がいたので、相談した。


「堕ろすより、産んじゃうのがオススメ。センターが引き取りに来た時に、それまでの経費精算してくれるし。申請の仕方、教えようか?」


「大丈夫大丈夫、休業手当もちゃんと出るし、ゆっくり休めると思えば」


彼女たちの言葉は、私にとって慰めにはならなかった。


だんだん大きくなっていくお腹と比例して、自分の中でありえない感情が育ってきていたから。


――自分で、育てたい。


ぐるぐる悩んで、私が辿り着いた結論は、決して楽な道ではなかった。


無資格者が通常の産婦人科を受診すると、育成センターに出産スケジュールが共有される。


予定日と産院が決まれば、当日は育成センターのスタッフが付き添いに来て、問答無用で子供を取り上げられる。


だから私は、もぐりの産科医が経営している『闇産院』で、全額自費で出産することにした。


出産費用だけでも高額なので、妊娠中の検診を受ける余裕はなかった。


夜の店と酒とタバコをやめ、できるだけ健康的な生活を心がけながら、所持品のほとんどを売り払い、ギリギリまで昼のアルバイトをして、出産に備えた。


過去の男たちの中には、多少の援助をしてくれる者もいたけれど、彼らも私が自分で育てるつもりだということまでは、気付いていなかったと思う。


そうして私は、9年前の今日、かけがえのない息子――宝希也じゅきやを産んだ。


誰の協力も得られない中、足のつかないインターネットや図書館で育児の知識を漁った。


無認可児を育てている親たちのコミュニティに入ることができたのは、幸運だった。


私と同じように、過酷な道ながらも自分の手で子供を育てたいと願った人がたくさんいて、みんなで協力し合って育児や教育をしている集団だ。


その中で多くの人と助け合いながら、私と宝希也は必死に生き抜いて、9年目を迎えた。


ささやかだけれど、バースデーケーキを作った。


宝希也の大好物のホットケーキを五段に重ねて、間に冷凍フルーツと、奮発した生クリームをたっぷり。


宝希也が喜ぶ顔を想像しながら、仕上げにてっぺんのイチゴを置いていると、玄関の引き戸が開閉する音がした。


「おかえり!」


居間から声をかけても、返事はなかった。


クリームまみれの手をエプロンで拭きながら廊下に出ると、宝希也は玄関で下を向いて立ち尽くしていた。


小さな腕からこぼれ落ちたサッカーボールが、土間でバウンドしながら転がった。


「ママ、ぼくはサッカー選手になれないの?」


宝希也が顔を上げると、小さな頬は涙でぐちゃぐちゃになっていた。


「どうしてそんなこと……」


駆け寄って抱きしめてやろうとすると、宝希也は身体をこわばらせて拒否した。


「はやとくんから聞いたんだ。ぼくは『むにんかじ』だから、サッカークラブには入れないし、プロ選手にもなれないって」


何も答えられなかった。

確かに、無認可児は戸籍を持っていないので、表立った仕事に就くことはできない。


宝希也は震える声で続けた。


「頑張って勉強しても学校には行けないし、好きな子ができても、『むにんかじ』同士じゃないと結婚できない。誰だって知ってることだって」


赤く腫れた宝希也の目は、深い哀しみと絶望に満ちて、私を睨みつけていた。


「どうしてぼくは、『むにんかじ』なの?なんでぼくには、できないことがたくさんあるの?ぼく、何か悪いことをしたの?」


そう問いかけたあと、宝希也は大声を上げて泣き出した。


「ぼく、普通に産まれたかった!」


私はただ、両手をだらりと垂らしたまま土間にひざまずいて、息が詰まりそうなほどに泣いている自分の息子を見ていることしかできなかった。


初めて、私は自覚した。


――あぁ、そうか。


だから私は、不合格だったんだ。




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