第37話 アースガルフ市街のドワーフ少女

 魔導車を降りた後、俺はマリヤをおんぶして奥に続く薄暗い道をひたすらに歩いている。鉱山となっているが人の行き来がそこそこあるうえ、松明たいまつの灯りがあったのは助かるところ。


「……トージ。ありがと~」

「気にするな」


 ぼっちの俺には娘なんてものはいなかったが、もし娘がいたらこんな気持ちになっていたのかもしれないな。


「トージはゆっくり来てニャ」


 コムギさんは最近よく眠る。それもあって、自分の足で動く時はかなり軽やかに歩けるようになったらしい。


「やぁ、こんにちは」

「どうも」


 こうして鉱山道を歩いているだけでもすれ違うとは、ドワーフの里はかなりの町なのでは。


「……人間は知らない相手でも声をかけるんだ?」

「ん~まぁ、誰にでもじゃないけど、挨拶したりされたりはあるね」

「ふぅん……」

「人間が嫌いというわけではないんだね?」

「何も思わない。会わないから」


 エルフの王国に暮らしていれば確かに会わずに済むか。


 コムギさんが先行して進んでいる鉱山は、かなり奥の方まで続いている。すれ違う人間もかなり多く、おそらく観光地化された場所だ。


 そうしてしばらく道なりに進むと、鉄の板でできた道しるべが立てられていた。

 

「アースガルフ市街は右……か」

「左は?」

「旧市街だな。松明がないし、人の出入りがなくて廃墟かも」


 ドワーフの里としか聞いていなかったが、正式名称はアースガルフで間違いないはずだ。そこにジーナ女王に頼まれたドワーフが素直にいればいいが。


 選択に迷うことなく右へ進むと、進むにつれて人工的な照明が天井にぶら下がっている。


 器用な種族ということだけは知識として備えているが、実際に会ってみないことには判断出来ない。


 もしかしたら俺に物を押しつけたドワーフの子供にも会えるかもしれないが、そればかりは何とも言えないだろうな。


「こっちニャ、トージ」

「コムギさん! 待っててくれたの?」

「ニャ」


 鉱山市街への入り口付近で待っていたコムギさんの口元を見ると、すでに何かを食べてきたようで、何度も舌なめずりをしている。


「もしかしてコムギさん……」

「美味しかったニャ~」


 以前は町に着いたと同時にどこかにいなくなってそのたびに何か食べていたっぽいが、今回もそうだったところを見るとコムギさんらしさが戻った感じがする。


「トージ。わたしを降ろして」

「あ、そうだね」


 ずっと俺におんぶされっぱなしのマリヤだったが、流石に市街に入る手前になって歩きたくなったようだ。


「手を繋いでもいい?」


 アズリゼ王国の時は姉の女王の手前、側近のような言葉遣いを見せていたが、今はすっかり年相応の少女らしさが出ている。


 それだけエルフの王国では気を張っていたんだろうが。


「はぐれないように気を付けて」

「それはトージも同じだから」

「マリヤと手を繋いでいたらそうはならないよ」

「どうだろうね~」


 ……途中までとはいえ、こうしてマリヤと歩くのもなかなか悪くない。そうしてマリヤと手を繋ぎながら歩いていると、鉱山の中とは思えないほど賑やかな通りが姿を現した。


「らっしゃい! 研ぎたての短剣短刀小刀~何でもあるよ~!」

「こっちは鉄で作った前あてだ! 腕のある冒険者は買っときな」


 思いきり冒険者向けのマーケットだな。ということは、旧市街へ行けば冒険者だらけなのか。


「う~ん、ドワーフの数よりも人の数が多いな。こんなところでどうやって頼まれのドワーフが探せるんだ?」

「それなら平気。ドワーフは小柄だから」

「あ、そういえばそうか」


 ジーナ女王は俺にははっきりとした情報を伝えなかったが、妹のマリヤにはきちんと特徴を伝えていたわけだ。


 ……よほど猫化出来なかったのが尾を引いてるんだな。


 人並みをかき分けはぐれずに進むと、全くひと気のない閑静な小屋が建ち並ぶ通りに出た。小屋の一部からは何らかの作業をやっている音が漏れ聞こえている。


「うん、きっとこの辺にいると思う」

「特徴はドワーフというだけ?」

「小さな子で髪の色は多分、真っ赤」

「……うん」


 あのドワーフの少年も小さかった。


 髪の色だけでは見つけるのも苦労しそうだが――。


「お前たち、どこから、何しに来た?」


 おっ? 


 向こうから見つけてくれたか?


「あなた、アースガルフのフラン?」


 声をかけてきた幼い少女に対し、マリヤもすぐに聞き直す。


「そうだ、フランだ。じゃあ、お前がエルフか?」


 すると相手はすぐに自分を認めて名乗った。


「そう、エルフのマリヤ。長く貸してたものがあるから返してもらいにきたの」

「ついてこい」


 それにしても本当に幼くて小さい。それなのに、俺より力こぶがあって強そうに見えるのは少女が本物のドワーフだからなんだろうか。


「おいお前! お前は何だ? 何でついてくる?」


 ……マリヤと手を繋いでいるのに、俺が見えてないのか見てないのか。


 怪しまれても困るんだが、ここはきちんと名乗っておこう。


「俺は旅の商人、トージ。ここへはマリヤの付き添いで来たんだ」

「商人? お前、ハンマー出せるか?」

「もちろん!」

「じゃあ出せ」


 もはや町を歩くのにタブレットを手にするのは必須になった。ドワーフの町に行くと決まった時点で突然何かを言われると予想していたが、見事に当たったな。

 

 俺はすぐさま手持ちの銀貨を投入し、アイアンハンマーを注文する。商品はすぐに手元に届き、ドワーフ少女の目に届く。


「貸せ」


 関心を寄せてくれたようで、俺の手からすぐに少女の手にハンマーが渡される。アイアンハンマーの価値はあまり見ないで購入したが、銀貨の価値はあるはずだ。


「……ふん、商人のトージ。お前もついてこい!」

「あ、ありがとう!」

「礼は要らない。ドワーフ、道具出せる奴、重宝する。お前はそういう奴。猫も問題ない」


 どうやらそこそこの価値があるハンマーだったらしい。マリヤも俺に目配せを見せているが、俺は試されたって意味だろうな。


 コムギさんはすでに認められているみたいで、ついてくることに文句を言われることは無かった。


 ドワーフ少女と一緒にひと気のない細路地を進んでいくと、そこにはドワーフ少女の作業場らしき小屋があった。見た目は小柄だが、小屋の大きさは人間が暮らす家の大きさとほぼ変わらない。


「ここで少し待ってろ。呼んでくる」


 入り口の扉の前で少女は中にいる誰かを呼んでくると言って、中へ入ってしまった。


「あれ、あの子が約束のドワーフじゃないんだ?」

「そ、そうみたい。わたしも詳しく分からないんだ。約束したのはお姉ちゃんだから……」

「なるほど」


 それもそうか。ドワーフに貸したものがあるという時点で、年齢的なものを考えれば女王の方になるだろうし、マリヤは外の世界に出たことが無いだろうからな。


「魔導師が中にいるニャ」

「え? コムギさん、分かるの?」

「ウニャ」

「あ、出てくるよ」


 てっきりドワーフ幼女がその本人かと思っていたのに、やはり魔導師がここにいるのか。


「やぁ、君たち。フランが連れてきたということは、認められた者かい?」


 ――ドワーフの魔導師!


 しかも意外と若いな。


 随分と首周りの装飾品が多いが、装備は特別な力を持っているようには見えない。革製の黒いダブレットを着ているだけでそこまでの威圧感はない。


「うん、うんうん……ミストコートを着た石板持ちの商人も一緒か。あの子が話していた特徴と似ているね」


 何やら俺たちを見ながら納得したように頷いているが、小屋の中へ案内する様子は今のところ見られない。


 全てを見通されているような目で見られているが、一体何を探られているのか。


「……ルーナの猫を連れた商人、あぁ! 君が日本にいたトージか! そうか~いつ会えるかと思っていたが、ここでか!」

「もしかして、あなたがツアーの魔導師ですか?」

「うん、そうなんだよ~! いやぁ、嬉しいね~トージと会えるなんて」


 話の内容的に、マリヤとドワーフ幼女は訳が分からないといった感じで立っているが、コムギさんは目を細めながら俺と魔導師の話を黙って聞いている。


「あの……」

「あぁ~! これは失敬! 僕はアースガルフの魔導師、ローニ・バハラさ! ドワーフの中じゃ異端だけどよろしく~!」


 確かにドワーフでは見ない陽気さだ。


「師匠。エルフのマリヤが来ている」


 ドワーフ幼女は弟子だったのか。そう考えると、俺の装備とか注文したハンマーは本当に試されていたんだな。


「おっと、そうだった! 長いこと借りっぱなしですまなかったね、はいコレ」

「えっ、これって……?」

「うん。魔力増幅器だね。これを使うとね、魔力回復するうえに上限が解放されてしまう優れものなんだよ~! 早速使うかい?」

「……どうしてご存知なんですか?」

「君の姉であるジーナが遣わしたんだろう? 分かるよ」


 なるほど、そうだったのか。


 魔力を失ってしまった妹のためにドワーフ魔導師の元に行かせたわけだ。しかも、魔導車に乗って外に出る経験まで。


「お姉ちゃんが……」


 マリヤは感極まって涙を流している。


 単なる妹想いの女王だったんだな。猫にはなれなかったけど、エルフの絆といったところだろうか。


「あぁ、でもそれを使ったからってすぐには回復しないよ。そうだろう、トージ?」

「そうですね。強化魔法を覚え、使えるようになるにはおそらく体へ馴染ませる時間が必要になるはずです。ペナルティはそのためのものかと」


 商品となっていた魔法の説明にはそう書いてあった。


「分かりました。でも、そしたらわたしはどうすればいいんですか?」

「うん。ジーナから頼まれてもいるし、マリヤ……だったね。君はしばらくウチにいていいよ! フランも喜んでいるから、すぐに馴染むだろうね」

「あ、ありがとうございます。ローニさま」

「いやぁ、照れるねぇ」


 マリヤを魔導車で乗せてきたのは良かったが、帰りはどうするのかと思っていた。それがまさかのドワーフ預かりとは、あの女王にしてドワーフありか。


「さて、と……本題はトージ。君の方に移るよ」

「えっ、はい」


 そうか、この人の本当の狙いは俺だったんだな。


 マリヤに対して向けていた優しい目から、打って変わって真面目で厳しそうな目を俺に向けてくる。


「率直に訊くよ。トージ・ムギヤマ。君は日本に帰りたいかい?」

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