父が母を殺した日、僕は外科医になった

そっと外科医

第一章 終わりと、はじまり

第1話 母の心臓が止まった日

忌々しい記憶。21歳の冬の朝。


僕は自室のドアを強くノックする音で目を覚ました。返事をする前にドアが開かれると、そこに立っていたのは複数の警察官だった。


予想外の出来事に、普段朝に弱い僕でも一気に眠気が吹き飛んだ。


(何か、悪いことしたっけ?)


ぐるぐると、自分が問われそうな罪がないか頭を巡らせ黙っている間に、警察官が口を開いた。

とても長い時間向き合っているように感じたが、きっと一瞬だったのだろう。


「お父さんとお母さんの間でちょっと揉め事があったみたいでね。悪いんだけどそのまま、着替えずに、一緒に来てくれるかな?」


大人が、何か悪い知らせを伝える時にあえて平静を装うような、不自然に明るく穏やかな口調だった。その目は、口調とは裏腹な現実を物語っていた。


僕は訳もわからず、寝巻き姿のまま、足の踏み場のない部屋を恐る恐る出た。


そして玄関へ向かう途中、今でも脳裏に焼きついて離れない光景を目にした。


リビングの床に横たわり、救急隊に心臓マッサージをされている母。そばには緊迫した様子でどこかと連絡を取る別の隊員がいた。


医者になった今でも耳を塞ぎたくなる、気道から空気が漏れる独特の音。そのたびに母の胸は押し込まれ、力なく上下に揺れていた。


そして寝室では、うなだれながら複数の警察官に囲まれた父が、強い口調で何かを指示されていた。


あの時、駆け寄って手を握りながら呼びかけたら、

もしかしたらドラマみたいに目を開けてくれたのかな…


今でもたまにそんな事を考えては後悔してしまう。


けれど、人間は突然理解をこえる場面に遭遇すると、

声を上げることすら忘れ固まるのだと、その時僕は知った。


「これは、夢の続きなのか?」

「弟は、どうした?」「犬たちは?」


立ち止まり、混乱する頭を落ち着かせようと必死に連想ゲームをする僕を、警察官は静かに促すようにパトカーの後部座席に乗せた。


車内では、時折入る、何を話しているのか分からない無線連絡以外は誰もが無言だった。まるで、昨日まで僕がいた場所とは違う世界へ、連れて行かれるような感覚だった。

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