第1章 part1 神の戦場


 戦場の空が、不穏に揺れていた。


 西側諸国による連合軍、総勢30万。その先陣を切るのは、空を覆い尽くすほどの数の魔導空挺艦。各艦には魔導砲と魔導戦闘機を搭載し、上空制圧の要を担っていた。


 これは、先進技術に富んだ神国へ向かう侵略者達だった。


 神国より流通される物達は、皆この世界の大半の技術を上回る物ばかり、それをどの国も羨み、嫉妬し、奪いたかった。


 そんな国々が団結し、歴史上稀に見る国同士の連合軍が生まれ、この度『神国』への侵略を開始したのだ。


 “我々はあの神国を討ち取る。そして世界がより良い世界となるであろう”


 そんな希望を胸に、連合軍の兵士たちは士気を上げ進んでいた。



 だが、



それも束の間だった。


空を覆う厚い雲の隙間から、複数の光が降り注ぐ。その光は太陽の様に煌びやかで、まるで讃美歌でも聞こえてくるかの様だった。


「来るぞ……!」


 その異様さに気づいた誰かが叫んだ。


 まるで神の降臨かの様に空を裂いて、銀色の竜が舞い降りる。


 魔導兵器『飛竜』、十五機。


 白銀の装甲に紅の紋章を刻んだその巨体は、空を切り裂き、音すら追いつけぬ速さで飛んでいる。


「し、しまった!狙いは空挺艦隊だ!」


 飛竜は甲高い空を切る音を立てながら空挺艦の編隊へ突入した。


『こちら第8艦隊、“奴ら”がきた!応戦する!』

『ダメだ!間に合わない!』

『ぐわぁぁぁぁぁ!』


 先頭の艦が、一瞬で砕け散った。

 まるで紙の船が水面に叩きつけられたように。


白煙を上げ、空から砕け散っていく空挺艦隊群。



 咄嗟の状況に兵士は恐怖する。


「バ…バケモノだ!あんなの聞いてねぇ!」


「くそ!攻撃が当たらない!」


今度の標的は西側諸国の主力兵器でもある魔導戦闘機に飛竜は向かっていく。


羽からうっすらと光る光輪が、飛行魔法の出力を何十倍も高めている。


空気を切る音以外、まるで無音かのように迫ってくるその姿は、逃げ惑う魔導戦闘機のパイロット達を恐怖させた。


『魔導弾が効かない!ミサイルに切り替える!』


一個編隊を追う飛竜を、別の編隊がロックオンした。


『食らえ!』


発射されるミサイル群。

それは飛竜を捉え、音速にも迫るその速度で撃墜するはずであった。


 だが、飛竜の速さに追いつける者などいない。飛竜は空気を切り裂き、光にも近い速さで次々と

迫り来るミサイルを落としていく。


『なんなんだあれは!戦闘機以上の機動性を持った魔導アーマーなんてあり得るのか』


次々と空挺艦を叩き落としていく飛竜。

そのどれもが、まるで現代魔導兵器が敵わない。


「ぐぁぁぁぁ」


「助けてくれ!」


「応援を求む!まるで歯が立たない!」


 通信から流れてくる兵士たちの悲鳴。先程まで空を覆っていた連合軍の制空部隊は、わずか数分で壊滅した。


 そんか姿を見る地上部隊は対空砲撃を開始しているが、これもまるで当たらず。魔導砲の光弾が夜空に火花を散らす。


 それらは悉く飛竜の速度に追いつかず、虚しく虚空を裂くだけ。


「くそっ、ならば数で国土ごと押し潰せ! 地上部隊、前進!」


 連合軍は地上への物量戦へと方針を変え、残存する軍勢を神国の国境線へ向け進軍させる。




 だが――彼らはまだ知らなかった。



ガンッ   ガンッ   ガンッ


「なんだ?」


「これ以上……通れない……」



 神国の国境には、不可侵の結界が張られていることを。


 軍勢が国境線の目前に達した瞬間、目に見えぬ壁が行軍を阻む。砲撃も魔法も、その結界の前では無力だった。



「な……なぜだ!?進めない!?」



戸惑う兵士たち。

次々と地上部隊が不可視の壁により推し固まっていく。まるで、そこに集められているかの様に。


「まずい……これは……」


地上部隊を指揮する指揮官は、おそらくこれは“罠”なのだと感づく。


「……あれは」

そして、その瞬間は訪れる。


 指揮官が見たのは。戦場の中央。最も高く舞う飛竜が空中で殲滅される空挺団を背に浮いていた。


そして、その上に1人の男が立っていた。



 神国 女王親衛隊隊長 シンリ・カイセ。

 白銀の髪が煌めき、蒼い瞳を持つ神国の者が戦場を見下ろす。



「さて……始めるか」


 彼の声とともに、飛竜の魔力増幅装置が起動。白銀の装甲に蒼い魔力の紋様が浮かび、眩い光を放つ。


 キイイイイイイイン


 飛竜の羽部分から魔力を増幅し、おおよそ人類が到達できない程の魔力がこの特異な魔導アーマーに集中する。


 キンッ


 次の瞬間、シンリの掌に聖なる光が集束した。


 それはかつてこの世界で失われたとされる禁呪魔法――『聖ナル光』


「消えろ」


ビイイイイイイイイイイイイ!


魔力の奔流が戦場を照らす。空気すら悲鳴を上げるほどの質量が戦場に降り注いでいるのだ。


 放たれた光は、まるで神の裁きのように戦場を照らし、照らされた場は魔力を宿すすべての物質を塵へと還していく。


「うわああああ!!」


もはや地上の兵士たちは叫ぶか、祈るか、現実を逃避するしか道がなかった。


「あ……ああ!」

「これは、夢なのか……?」



 連合軍の魔導兵器、魔導騎士、果ては大地を覆う魔導地雷までもが、光の魔術により消滅していった。


「バカな……!あんな魔法……!」


それを遠目で見る別の部隊は、遠くで起きる非現実な虐殺に息を呑む。



「待て、あれを見ろ!」


兵士の1人が空を指差した。


 残った飛竜たちが、各エリアに同じ様に空中にて制止していた。


「まさか……」


飛竜から先程のシンリが乗る様に、背中の羽部分からとてつもない魔力の奔流を発している。


「やばい!にげろ!」


そんな叫びは、もはや遅かった。


それぞれの属性魔法が放つ、雷、炎、氷、土、風――


キイイイイイイイイイイイ!


「くそおおおおお!」

「うああああああ!」


 シンリの【聖ナル光】ほどでは無いが、そ!でもどの一撃も、街を滅ぼすには十分な規模となっている。



 戦闘開始からわずか一時間。




 かつて30万と謳われた連合軍の兵は、すでに90%以上が壊滅。


 地獄のような戦場に、もはや進む者はおらず、残った者たちは撤退を開始する。その足取りは敗者そのもの、だがもはや命あるだけでも幸運であった。


魔導兵器たちから立ち込める薄黒い煙と、焼け焦げた匂い。各属性による人間の死体達のむせるような悪臭。


その逃走の足取りを見る飛竜達は、またさらに魔法を発するべく魔力を羽から発する。


「待て」



 シンリは魔導兵器飛竜の群れに対し、静止を促す。そして、その意図を察した可能様に行動を止める。


重く、絶望の足取りで進む敗残兵。


 銀色の竜達が、その赤い目を光らせながら撤退の様を見続ける。まるで“引き返せば命だけは助けてやる”とでも言わんとしている様であった。


 それは神の使いが下等な人間を見つめるかの如く、上空より目を光らせていた。



これにより、歴史上3回目である神国への進軍が終わることになった。




 だが、その光景を魔導水晶越しに見つめていたのは――



 真女王。


 艶やかな黒髪を揺らし、冷ややかにため息をつく。


「……甘すぎるな」


 彼女のその言葉は、遠く戦場の彼方のシンリには届かない。


 だがその声には、容赦のない静かな怒りと、女王としての冷酷な判断が込められていた。


 だが、この戦いは、まだほんの序章である。

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