魔法が使えない俺は、“堕ちた女神たち”の花婿として契約し人々を裏から救う ~俺の花嫁は全員、世界に嫌われている~
佐橋博打
第1話 中の下な男の転機
俺は一度死んだ。
人間、いつかは死ぬものだとは思っていたが、まさか凶弾に倒れるなんて予想していなかったさ。
ヤクザでも兵士でもない、ただの高校生だった俺がだ。
17歳、冬の夜。
日が短く、あたりはもう真っ暗だった。
なのに俺は洗剤がなくなっていたのを思い出し、行かなくてもいいのに買い物に出た。
こんなときに両親がいてくれれば、引き止めてくれたのかもしれない。
だが俺にはあいにく両親がいない。
小学生の頃、父さんが休みということで旅行に出かけた。
しかしその道すがらの高速道路上で自動車事故に遭って、俺の目の前で二人は死んだ。
俺にも後遺症が残り、右目はほとんど見えていない。
「ふぅ、寒いなぁ……」
穴の空いた手袋からはみ出す指を擦りながら小走りになる。
片目の視力と両親を失う不運には見舞われたが、俺は決して人生自体を悲観してはいなかった。
現にバイト先の本屋ではかわいがってもらえているし、ボロいけどアパートにも住めている。
他の人より少しだけはやく大人になれた気もしていた。
順風満帆とはいかないが、生きごたえのある毎日。
でもやっぱり、家族が恋しい。
どうすることもできないけど。
やがて近くのホームセンターに近づくと、一台のパトカーが止まっているのが見えた。
赤色灯が俺の顔を照らす。
「……なんかあったのか?」
あたりを見回しても誰もいない。
規制線も張られていなかったため、さらにパトカーに近づく。
どこかで俺はもう不幸な目には遭わない、みたいな慢心があったのだろう。
さらに近づくと、とんでもない光景が目に入った。
「……ガラスが割れてる!?」
粉々になった助手席側のガラスに、ドクンドクンと妙な胸騒ぎがする。
ただごとじゃない。
通報しようと思ったが、数十回払いで買った中古のスマホは、よりによって家に置いたままだ。
息を呑みながら、閉まっている運転席側のフロントドアに回る。
すると、俺の目に暗い夜でもハッキリとわかる、赤色が広がっていた。
「……あ、あぁあっ!?」
鉄のニオイが鼻奥にやってくる。
俺は抜かしそうになる腰を律し逃げようとした。
しかし、大量に流れ出る血の道をたどると、そこには見知った顔があったのだ。
「お、おまわりさん!?」
いつも綺麗にまとめ上げられていた黒い髪は、半分解けかかっていた。
血にまみれようとも、俺はその人が誰だかわかる。
名前は知らない。
ただ、児童養護施設にいたときから毎日挨拶してくれた婦警さんだ。
交わした言葉は「おはようございます」だけ。
それでも俺は、彼女の優しい笑顔に心底惚れ込んでいた。
間違いなく、俺がここまで生きてくるための活力になった人だ。
そんな人が今、口と太もも、そして腹から血を流している。
たぶん傷はもっとある。
パトカーに背をもたれ、いくつかの穴が空いた白いドアは赤く染まっていた。
「っ……!!」
止血方法なんてわからない。
でも俺は必死に血が止まるように、太ももと腹に手を押し当てる。
「おまわりさん! おまわりさん!! しっかりしてくれっ!」
「あ……あぁ……」
まだ息はある。
しかし、手で抑えきれない血があふれてきて止まらない。
おまわりさんは半分開いている目を、もう少しだけ開けて俺を見る。
「にげ……て」
「あぁ、一緒に逃げよう! だから……もう少し頑張って!!」
やっと話せた最初の一言がこれかよ!
涙目になりながら励ます。
そんな俺たちの側面から、アスファルトの上を歩く音が近づいてくる。
「はっ……」
こわばった顔を、俺はそちらのほうへゆっくりと向ける。
まっすぐと動く人影が見えた。
距離は10メートルあるかないか。
暗いのと右手からきたせいで、視力の悪い右目の死角になっている。
顔を見ないとと思うが、恐怖でそれ以上動かせない。
「おや、もう一人いましたか」
男の声。
今がどんな事態なのかわかっていて出す声とは思えないほど、感情の起伏が見られない声。
そしてヤツは、俺たちのほうへ銃を向けた。
「あ、あ、……あああぁああっ!?」
俺はガクガクと震えながら、慌てておまわりさんを抱きしめるようにして身体で隠す。
こんなことをしても意味ないし死ぬだけだ。
でもそうするしかなかった。
今にも命が消える音が聞こえるようだ。
「いいですねぇ、それでこそ強者だ」
男の放った意味不明な言葉を頭で理解しようとする前に、真っ赤だった視界は真っ暗になった。
その日、
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おーい、アレン? おーいってば!」
「アレン、聞こえているのか?」
「……はっ!?」
友人二人の声で、前世から引き戻される。
酒場の笑い声が、すべてを拒んでいた鼓膜を震わせた。
「大丈夫かよ? ボーっとして」
「あぁ……」
そう。
俺は一度死んで、生まれ直した。
日本ではなく、この神と魔法が存在する異世界『バーミスティア』に。
もう20年の月日が流れたというのに、今でもこうしてフラッシュバックしてしまうことがある。
泡でモコモコになった木製のジョッキを持ち、目を覚ますように傾けた。
うん、まずい。
酒はまだ俺には早いみたいだ。
「悪い、何の話してたっけ?」
俺はそう、友人の一人であるカイに尋ねた。
「お前、言ってたろ~? 今度三人でネコ酒場に行こうぜってさ」
「……あぁ、そうだったな!」
「ネコと触れ合える酒場、だっけ~? 世知辛い世の中に束の間の癒しだな、あははっ」
ネコは異世界にもいた。
というか大体の動物は前世のものと似通っている。
大人になった今も、カイは快く誘いに乗ってくれるんだ。
ツーブロックにセットしたような茶髪がオシャレなやつ。
でもクタクタのマントを羽織ってるのは……それもオシャレなんだろうか。
使ってるのを見たことがないゴーグルをデコ上にかけ、いつも笑ってやがる。
ちなみに自称放浪者。
何をして金を得ているのかよくわからんやつだ。
俺の誘いに乗ってくれるのはカイだけじゃない。
白と金の鎧から聖人みたいなオーラを出してる、こっちのルシアンもそうだ。
「私はあまりネコと触れ合ったことがないのだが、大丈夫だろうか?」
「フフッ、変な心配してるんだな」
「アレンは任務でネコと触れ合うことがあるのだろう? 私が触れ合うのは、小難しい顔をした連中ばかりだからな」
「ははっ、騎士団もご苦労だな」
少しパーマっぽい金髪に青眼。
さながら、白馬に乗った王子さまって感じだろうな。
曲がったことが大嫌いで、どこまでも正義に熱い男。
ひたすらに前に進んで、今やこの国を支える騎士団の一つ『リュエザーレ
俺も騎士団に入りたかった。
自分自身を守るために。
誰かを守るため、って胸を張って言えればよかったんだけどな。
でも、あるときに前世のことを思い出してからは、死ぬほど死ぬのが恐ろしくなった。
あのときの感覚は二度と味わいたくない。
それに、二度あることは三度ある保証もなく、また転生できる自信がないんだ。
だからこそ俺は、
死に急ぐ必要なんてない。
自分の身を守りながら、身の丈にあった選択をするんだ。
だからこそ、17歳までしか生きられなかった前世とは違い、今では20歳を迎えられたんだろう。
もっとも、中の下っていうのは手を抜いてそうなってるわけじゃない。
俺が全力でひた走ったうえでの、正確な立ち位置だ。
この国の立ち位置を決定づける魔法を、俺はほとんど扱えなかったんだから。
だから騎士団にも入れず、
前世に近い表現をするなら、日雇い労働って感じか。
その中の下の任務っていうのは、ネコを探したり、お年寄りを手伝うもの。
これはこれで結構楽しいんだけどな!
そう思っていると、いつの間にかルシアンが神妙な面持ちになっていた。
「……そうだ二人とも。ここからは騎士団の一人として忠告をさせてほしいことがある」
「なんだ、あらたまって?」
カイと顔を見合わせ、首をかしげる。
「近頃、『ゾーグ教団』がこのあたりでも目撃されているらしい」
「それってあれだよな、
「あぁ。我らが唯一神『フロスタル』様に仇なす不届き者め。逆さ剣のエンブレムにはくれぐれも注意してくれ……今月だけでも30体の亡骸が行方不明になっている」
「ゾーグ教団って死体喰うんだっけか~? うげぇ、メシのときにする話じゃねぇな~」
お調子者のカイも、こればかりは
この国には唯一絶対の神、フロスタルが存在する。
それ以外の神はすべて邪神とされ、崇拝すれば騎士団に処断されるのが決まりだ。
最初に聞いたときはとんでもない話だと思った。
俺は前世で別に宗教には入ってなかったが、それだけで殺されかねないなんて。
妙ちきりんな規律だと思うが、郷に入っては郷に従えだ。
絶対に邪教には手を出さないようにするしかない。
食欲を失せさせてしまったことをルシアンは謝り、その日の飲み会はお開きになった。
借りている宿に戻ろうと夜道を歩いていると、路地の奥にある像と目が合う。
光届かぬ場所で、忘れ去られたかのように佇む像。
祠みたいなもんもなく、むき出しの状態だ。
像はネコを模しているようだが、よくわからない。
ちなみに学生の時に習った邪神のなかにも、ネコの姿をした存在はいなかった。
だから俺は、ここを通ったときにたまにだが手入れをしていたんだ。
あまりにも汚くなっていて、見ていられなかったから。
「かわいい顔してんのに、汚れてたら台無しだもんな」
像の正面にしゃがみ込む。
布で拭いてやり、革水筒を逆さにして水をかける。
「……よし、いい顔になったな!」
かわいい顔とか、いい顔とか言っているものの、顔はすり減ってなくなっている。
でも俺にはなんとなく表情がわかる気がしたから。
「じゃあな。また――」
膝を打ち、立ち上がる。
そのとき。
「もう少しよ、あたしの花婿」
「……っ!?」
後ろからした反響するような女の声に、俺は慌てて振り向く。
そこには俺の影が、ただ壁に向けてまっすぐ伸びているだけだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
【あとがき】
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