エニグマ・ファンタズム

「菅木家で働いていたお手伝いの方だと認めさせる、これが最終目標だね」



高萩さんこと、高萩・P・月光花さん。

彼女は諸々の理由により、自身が高萩だと認めようとしていない。

諸々の理由と言ったが、基本的には一つだけだ。

こんな格好して働いているって思われたくねぇ~、だ。

推測にはなるが。


だからきっと、もう看破されていると言うのに、頑なに認めないのだ。

何年振りかの感動的再会だと言うのに、このままじゃマトモに感謝の挨拶も出ない。

そんなの淋しすぎる。

自分、そういうのは超ヤダ。



「しかし、そんなこと可能でしょうか?」

「可能か不可能かじゃないだぞ!やるしか無いんだぞ!」



現在、通された席に座っている。

恐らく、ここは元々実業家か何かの館だったのだろう。

今座ってるのは海外の裕福な家族しか使わないような、長四角テーブルだ。

ご丁寧に新品のように真っ白なテーブルクロスも引かれている。

喫茶、では無いように思える。

もっと内装、どうにが出来なかったものか。


掛けられた絵画や、胸を張っている高価そうな壺。

明らかに調度品がマジの代物だ。

これなら、普通のメイド喫茶の方が良かったかもしれない。

過度な緊張で、食事が喉を通らないかもしれない。

この広さじゃ維持費もバカにならないだろう。

・・・・・いや、掃除だけなら高萩さん一人で、三十分もあれば終わらせられるか。



「それでは御主人様、御嬢様、御注文は御決まりですかにゃん⭐︎」

「御が多いな・・・・・」



先程と同じく、彼女はまたいきなり現れた。

突如として、前触れなく、予備動作なく。

しかし、それにしてもだ。

高感度センサーオンにしていると言うのに、気付くことができなかった。

まるで、常に誰かの視界の端でスタンバイしているようだ。

いや、例えが下手だな。

どちらかと言えば、それこそ、無意識の中に巣食っているような。



「ふっふっふっ、オムライスを頼むんだぞ!」

「では、パスタとフライドポテトを頼めますでしょうか?」

「春限定ホットケーキに、フレンチトーストを」

「かしこまり、インザキャット!」

「キャット?」



雑に入れたな、語尾を。

何なんだ、かしこまりインザキャットって。

猫を潜り込ませないでくれ。

衛生的にアレだろう。

可愛いけれども。


さて、それにしてもそれにしても、だ。

こういうカフェ、と言うか大概の料理店に言えることだが。

肝心の料理の写真は無いのだろうか。

ギャンブル感もまた一興だが、大体のメイド喫茶のメニュー表には緩み切った料理名と映える写真が付き物であろう。

詳細はあまりよく知らないが。



「お待たせしたにゃん⭐︎」

「高萩さんの早さだ!高萩・P・月光花さんしかできないスピードだ!」

「えっと、高萩さんですよね?」

「愛と恋の名に掛けて、一切を語らずにゃん」

「メイドの語彙力じゃないんだぞ~」



これまた、驚くべきことに。

認識する暇もなく、湯気漂う料理が机に置かれている。

作り置きでは有り得ないような、温度と匂いだ。

ゼロコンマ一秒を切るような速度で料理を済ませたのだろう。

カラクリは知らないが、この音速調理術は高萩さんの十八番だ。

魔術でも使ってるのかな?

もしそうならば、魔法少女部門案件だが。



「このオムライス、デミグラスソースオムライスだぞ!」

「美味しそうなペペロンチーノですね、それにこのフライドポテトに添えられているのは、特性のソースではないでしょうか?」

「どれも!これも!高萩さんの得意料理じゃないか!」

「蜻蛉が初恋を知らないように、自分は何も知らないにゃん」

「どういう逃げ方?」



このデミグラスソースオムライスに、このペペロンチーノに、このフライドポテト添えられたソースに、我々は見覚えがある!

特にこのポテトが為のソース!

チーズソースとバーベキューソース!

幼少期、幾度なくディップしてきたぞ!

隠す気あるのかな?



「久方振りのハーギーの特性オムライス、とっても嬉しいんだぞ!」

「一年振りの帰宅ですものね、寂しかったですにゃん⭐︎」

「あ、そういう設定・・・・・そうだね、仕事が忙しくてね!」

「兄さん、乗るタイプだったんですね」



仕方ないだろう。

身体が勝手に設定遵守するように動いてしまったんだ。

それにもう、アレだろう。

付き合わないと、ほら、喫茶のコンセプト的に、さ。

ちゃんとこっちもロールしないと無礼じゃない?

そう思いました。



「はむはむ・・・。美味しいだぞ」

「あら、恐縮にゃん———」

「玉ねぎ、にんじん、セロリ、牛すじ肉、オリーブオイル、水、ブイヨン、赤ワイン、バター、薄力粉、ケチャップ、中濃ソース、で合ってるんだぞ?」

「・・・・・・・・・!」



オムライスに掛けられたデミグラスソース、それに使用された材料だ。

使用材料、計十四種類。

本体であるオムライスは勿論のこと、ソースにも手を掛けている。

三つ星レストランもかくやな手の込みようだ。

そして値段は何と、千二百円。

そういうタイプのカフェなら適正値段ではあるが、これで千二百円は安い方だ。

安すぎるぞ、採算取れてる?


しかし、ここまで使用材料を当てるなんて、正に神業だ。

正解数は分からぬが、尊のことだ、百点満点花丸獲得だろう。

自分の知る限り、料理に長けている鬼というのは存在していないので、これは素の能力と思われる。

神の舌だ、鬼だが。



「ふふふ、ハーギーのデミグラスソースは、いつもこの材料、そして今回も同様の材料を使っているみたいだぞ!」

「・・・・・・・・・!!!」

「つーまーり、やはりハーギーはハーギーなんだぞ!」

「いや、違いますにゃん」

「敗北だぞ!!!!!!」



確かに、悪くない作戦であった。

何なら成果としてはこれ以上ないくらい上々だ。

自分は貴女のレシピを覚えていますよと、自分は貴女の料理が好きだったと。

真っ直ぐな好意を伝えているのだ。

嬉しくない訳が無い。

自分だったら超嬉しい。

泣いちゃうくらい嬉しい。


証拠として、凄い複雑な顔をしている。

パッと見、無表情であるが、その実誰よりも表情豊かだ。

今、高萩さんはもう認めるべきか粘るべきか、その瀬戸際に居る。

もう一押し、二押し。



「ところで、エニグマちゃん、さん」

「何の御用でしょうか、御嬢様⭐︎」



次鋒、菅木深玲。

陥落へと動いた。

と言っても、殆どウィニングランだ。

心に響くことを一言話せば、恥辱の壁が瓦解してしまうだろう。

勝利確定。

後は、誰がゴールを決めるか、である。



「オレには、大切な人が居ます」

「大切な人、ですか?家族?友人?もしかして、恋人だったりしますか⭐︎」

「はい。そしてかつて、もう一人家族が居ました」



数年前、ある程度の家事を三人で熟せるようになった時、彼女は一身上の都合で退職した。

記憶が確かならば、悲願を叶える為に辞める、と言っていた。

その悲願がメイドカフェならば、自分たちはけして馬鹿になんかしない。

ほんのり露出多めの格好も、あざとい語尾も、それが夢ならば。

その夢を尊重する、それが菅木家の人間たちだ。



「彼女とは既に離別してしまいました。だけど、オレは出来ることなら、彼女にもう一度逢いたいんです!」

「・・・・・・・・・!」



半分、涙目で。

潤んだ瞳で。

深玲は縋った。


とんだ殺し文句だ。

こっちまで、少し泣きそうになってしまった。

彼女も、高萩さんも、もう一触れで決壊してしまいそうだ。

故に、美味しいところを奪うようで失礼だが。

最後に一言、吐かせて貰おう。



「えぇと、エニグマさん」

「・・・・・何でしょうか⭐︎」

「銀河一大好きな家族の一人に、逢わせてくれませんか?」

「!」



父さん、尊、美月、深玲、そして高萩さん。

五人が、自分にとって唯一の家族だ。

血縁だろうが、種族だろうが、そんなの些事だ。

五人は家族!!!!!!!!

それが自分の思想だ。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見られたく、無かったのですが」



胸ポケットから、何かを取り出した。

眼鏡だ。

それも、高萩さん愛用の金縁眼鏡だ。

そのまま顔に掛け、視線を正す。

見慣れた顔が、そこに居た。



「久し振りですね、高萩さん」

「お久しぶりで御座います、大きくなりましたね」



追憶のにゃんにゃんメイド、エニグマ。

改め。

腕利きハウスキーパー、高萩・P・月光花。

只今推参、である。

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