八朔の花が咲いたよ
「まぁ、あまり気にしないことにしよう!」
衝撃的告白劇から夜が明け。
朝、六時半。
カーテンを開け、日差しを浴びながらこれからの展望へ思考を巡らせる。
鬼や悪魔、幽霊だと言うが、この十数年間で三人が普通の人間の変わりない感性を持っていることは理解している。
人外特有の倫理観・八艘飛びは無い。
大江山に篭って人を攫ったり。
堪え切れぬ怨念で生者を呪ったり。
不義理な契約で生命を脅かしたり。
そんな事はけしてしない、筈。
もしそんな事してたら、どうしような。
脳髄がケダモノになるかも。
「さぁて、今日から高校生の後輩が出来るぞ」
本日、新入生入学式。
そして自分も無事、進級に成功している。
それは三人も同様。
美月も今日から最上級生。
受験戦争の真っ只中へバンザイ突撃だ。
リビングへ向かうため、階段を降りながらぼぉっとそんな事を考える。
中高一貫私立賢奏学園。
少しばかし濃い人が集まりがちな、地方の一般的進学校。
自慢できることと言えば、卒業生の一人がとある文学賞に入賞したくらいだ。
「おはよー、尊は?」
「おはようございます、兄さん」
「グッモーニン、尊はいつも通りだよ」
「寝坊助さん、ってことだね。おおたわけが・・・。父さんはもう行ったよね?」
「ええ、いつも通り置き手紙を残して出勤しましたよ。次はドイツに向かうらしいです」
「ドイツかぁ、そりゃまた素敵な国だ」
既に起床済みな美月と深玲が、スクランブルエッグを口へ運んでいた。
パリパリに焼けたソーセージが良く匂う。
程良い香ばしさだ。
流石、今週の料理当番、美月。
今日も美味しそうな朝食だ。
「こりゃミシュランだね、将来」
「まだ食べてないのにかい?」
「匂いで麺三杯いけるよ」
「替え玉無料のラーメン屋じゃないんだから、あと相場は白米じゃないかい?」
そう言えば、そういう替え玉無料の類のラーメン屋で、替え玉を貰ったという経験が無い。
そこまで胃が大きくなく、大盛り食べるだけで精一杯だ。
いっぱいいっぱいだ。
尊は、バリバリ四杯食べられるので、凄い尊敬する。
暴飲暴食でスタイルが変貌しないし。
マジめにヤバい。
「ふふ、朝から賑やかですね」
「お、紅茶?」
深玲が優雅な所作でマグカップに口付けをしている。
彼女が手にしているのは、そこまで高価な茶器ではない。
何なら、雑貨屋で売っていた普遍的なマグカップだ。
だと言うのに、所作一つでここまで素敵なモノに写る。
テーブルマナーの重要性を改めて嚥下する。
「炭酸水です」
「チョイスは朝っぽいけど」
「口の中がシュワシュワします・・・・・!」
「苦手なら止めるが吉だよ、深玲」
「いえ、健康に良いらしいので」
眉間に皺を寄せ、口を窄めながら炭酸水を口にしている。
早朝から自身に試練を課すとは。
やはり、我が妹。
銀河一だ。
読モもしてるし。
あと、読モもしてるし。
それについでに言うと、読モをしている。
しかし、ここまで美人で優秀な妹を持ってしまうと、少しばかし居た堪れない。
どうしような。
自分も努力しているとは言え、三人には敵わない。
素の肉体では美月には敵わず、所作と美貌では深玲に勝てず、家事術と芸術全般では尊に届かない。
見事なまでの器用貧乏、それが自分だ。
泣こうかな。
本格的に。
「ご馳走様、美味しかったよ」
「はっはー、そりゃ光栄だよ」
手を合わせ、食の全てに感謝を込める。
相も変わらず、美味な朝食であった。
さて、柄にも無く色々考えてしまった。
愚者の考え休むに似たり。
仔細は考えないようにしよう。
自分にできることを全力でやる。
それが何よりだ、一番だ。
「んじゃ、そろそろ行かなきゃ———」
「おっはよー!だぞ!」
バタバタと騒がしいドラムが奏でられる。
我が妹、尊だ。
いつもは遅刻間際だが、今日は少しばかし早い目覚めだったようだ。
そんな早寝遅起き朝餉旨しな彼女だが、遅刻回数自体はゼロらしい。
凄い。
「ハロー尊、今日は早めだね」
「うう・・・。昨日の夜は色々あったから、あまり眠れなかったぞ」
「自律神経が反転してるなぁ」
遅寝だと早起きになるのか。
彼方が立てば、此方が立たず。
ままならないですわ。
人生。
「そりゃああんな事告げたらね、かなりビックリしたよ」
「それにしては平然そうだぞ」
「長男だからね」
「成る程だぞ!」
成る程しちゃった。
理由になっていないのに。
それでいいのか。
「・・・・・それと、尊」
「?」
「あんな凄い事実を今日まで隠し切るなんて、かなり大変だっと思う」
「そんなこと無かっただぞ」
「う~~~ん」
「大変だったぞ」
「ヨシ!」
鬼。
昨日見た限りでは、一般的な和風の鬼の姿であった。
角を隠したまま、学園生活を送るなんて。
並大抵なことではない。
きっと大変だった筈と思ったのだが、否定されてしまった。
謙遜だろう、恐らく。
そう考えることにする。
「だから、鬼だってことを自分に伝えてくれて、ありがとう」
「へへっ!どうってこと無いんだぞ!」
「どうぞ、これからも仲良くして下さい、ってことで」
「そりゃあ勿論だぞ!」
これ以上無いってレベルの笑顔。
向日葵みたい。
大輪の。
ゴッホも驚くぞ、この笑顔を見たら。
驚きすぎて耳をカミソリで切り落として娼婦に渡しちゃうぞ。
原作すぎるな。
「んじゃ、いってきます」
「いってらー!だぞ!」
ひらりひらりと手を振り、玄関を開ける。
心機一転、って気分だ。
進級するという意味でも、三人のもう一つの顔を知れたという意味でも。
朝日を一身に受け、神経を整える。
春特有の爽快な風を浴び、気分は最高潮。
静かに決意を固めながら、アスファルトを踏み締める。
今日から、また頑張るぞ。
—————————
「・・・・・新入生だ、今年も凄そうだなぁ」
校門まで辿り着くと、ちらほら見慣れた制服を着た見慣れぬ顔が現れ始めた。
進級組も居るが、当然高校入試組も存在する。
初めての制服に袖を通し、不安を滲ませている。
健康的に、学園生活を楽しんで欲しい。
青春は一度切りなのだから。
さて、我が学園こと中高一貫私立賢奏学園。
キャラが濃い人が集まる。
家系ラーメンよりゴツ盛りで、咎人の白昼夢より奇々怪々。
なので、パッと見でヤバそうな新入生が相当数居る。
「こりゃ今回の文化祭も大波乱だぞ」
未来の後輩達の大活躍という妄想を膨らませていると、一人の生徒が目に入ってきた。
ウチには何種類か制服があるのだが、彼女は白のセーラー服の上に真っ黒なスカジャンを羽織っている。
驚嘆すべきことに、スカジャンは校則に反してない。
何なら、ある程度改造しても大体大丈夫だ。
自分はもうかなりヤバいと思うが、無改造である時点で真面目の範疇である。
ダボっと。
少々サイズが大きめのスカジャンの袖の部分を、半分飛び出た手で握り締めている。
所謂、萌え袖の形だ。
スカジャン萌え袖とは。
新しい。
「・・・・・驚いたな」
そして何より。
一番の特徴と言うべき場所。
何なら、最初からその部位しか目に入らなかった。
首ったけであった。
彼女、被ってる。
段ボール製のドラゴンヘッドを。
そういう職人が作ったようなクオリティだ。
細部とか凄いぞ。
何だあの牙。
本物?
色塗りしたら、モノホンかと勘違いしてしまいそうだ。
「近場で春節でもあったのか———」
「ドラゴーーーン!!!」
「ドラゴーーーン!!!!!!」
「・・・・・!」
「貴女から殴りかかってきたのに、そんな驚く?」
新入生が独特な挨拶をしてきたので、同一の挨拶で返した。
そしたら、驚かれた。
何故?
何故って言ったら、まぁ、返されると思っていなかったのかな。
「ワタシより声がデカかったラゴン・・・・・」
「ああ、それで」
安直な語尾すぎないか?
あまりにも。
真っ直ぐ過ぎる語尾。
理解し易いのは美点ではあるが。
恐らく彼女、ドラゴンが大好きなのだろう。
でなきゃこんな前面に押し出さない。
「えぇと、新入生だよね。一組と二組は左手側、三組と四組は右手側に昇降口があるよ」
「ありがドラゴン」
「どうも」
・・・・・ありがドラゴン?
最近流行している若者言葉、って訳では無さそうだ。
単なる口癖だろう。
そのくらいのキャラ付けでは動じないぞ。
や、彼女自身にキャラ付けという認識は無いかもしれないが。
我が家にも「だぞ!」が口癖のプリティーガァルが居るのだ。
今更、「ドラゴーーーン!」が挨拶で、「と」を「ドラゴン」に置換し、「ラゴン」が語尾に付いてる居る人が来たとて、驚きはしない。
動揺はするが。
「菅木九郎、二年生だよ、これからどうも宜しくね」
「・・・・・
「ワイバーン?」
翼竜が飛び出て来た。
広義で言うならば、ワイバーンもドラゴンなのかもしれないが。
ありがドラゴン。
よろしくワイバーン。
次は、さよなリヴァイアサン、とかだろうか。
アレ、リヴァイアサンって海竜の類だっけ?
「じゃあ、さよな落胤」
「妾の子・・・!?」
「さよなライオン」
「自分は貴女の活動を応援しています」
「次はどうするラゴン・・・・・?」
「そろそろ行きなさい!際際で教室を違えたら大変でしょう!」
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