英雄の娘は選択する
静斬
旅立ち
第1話 邂逅
物語の始まりはいつも突然だ。
奇妙な出会い、奇妙な縁、奇妙な事件。
そんなものから始まり、あとは流れるまま話が進んでいく。
だが、それでも時には必要となるものがある。
物語を決める“選択”というものが。
「はあっ!」
まだ太陽が真上を登っていない午前の時間。
街外れの森の中、そこに一人の少女がいた。片にギリギリ届く程度の灰色の髪に白い半袖のシャツと動きやすい青の長ズボン。
その少女――フルスタはまだ薄ら肌寒い森の中で木製の剣を振るっていた。
静かな森の中で僅かに聞こえる風を斬るような音からは当たると痛いで済まないのはヒシヒシと 伝わるほど鋭い。
意識を剣のみに集中する彼女にとってその程度の音は耳に入ることもなく、黙々と一人で剣の素振りを続けている。
彼女がいるのはこの国――エマストロ王国の西部に位置する『フリシエ』という街の南端。人の生活がまだ届いておらず、自然が多く残ったままになっている森を昔の彼女が見つけて以来、そのまま秘密の修行場として今日まで日課として使っている場所である。
昨日までならこの時間になると彼女は既にこの場から撤収して、この時間をこの町で唯一存在する学院、西エストラル学院で勉学に育む時間に費やしているのだが、今日からその学院が春の長期休暇に入っているためか時間を気にすることもなく彼女は剣の時間に勤しむ。
時間が過ぎることさえ忘れて少女は剣を振り続けて約三時間近く、太陽は後三十分で真上に昇る。そんな事さえも気づかない彼女だったが静かだった森に入ってきた雑音に思わず手を止めてしまった。
パチパチパチと静かな森に響くのは両の手を叩く音。彼女は音源に目を向けるとそこにいたのは一人の男だった。
外 見は二十代後半。髪はこの国では珍しい黒に瞳の色は髪の色に少し青を混ぜたようなダークブルー。不思議な存在を思わせる相貌だが何処か幸が薄そうにも見える顔をした男。
「何か用ですか?」
突然の出来事に彼女は警戒心を全開にして男と対峙した。
こんな街外れの森の中に人が来るなんて彼女の経験上ではまずありえない。
何年も修行の場として使い続けた彼女でさえ人と会うのは珍しく。ましてや見ず知らずの人に拍手を送られて素直に喜べるほど彼女は天然ではなかった。
「すまない。森の散策を続けていたら道に迷ってしまってな。適当に歩いていたらどこかに出るだろうと考えで歩いていたら、君を見かけたからついそのまま見学してしまった」
彼女の警戒心を解くために必死に弁明する男。苦しい嘘にも見えるが彼女が知る限りこの街でこのような男はいなかった。
「冒険者か旅行者ですか?」
この街を訪れる者はそう多くないがこの時期は少し別。あるイベントのせいで街にくる人が少し多くなっている。そのため、彼女の中では旅行者の可能性が七割、冒険者が三割。 商人という可能性も無くはないがどうにもそうする人には見えなかった。
「むっ、そうだな……休暇を無理矢理押し付けられたのに、何故かその間に旅行先とそこでの仕事を押し付けられたが。まあ、大した仕事でもないし、概ね旅行者と言っても差し支えない」
男は少し笑ってそう説明するが、フルスタの視点からすると不審者というレッテルにさらに〝社畜〟というステータスが追加されただけである。
「……そういう君はまだ学生かな?」
「はい、そうですけど……一応先に言っておきますけどサボっている訳じゃありませんから。今は学院が長期休暇で」
「いや、そこまで必死にならなくても」
サボり魔に捉えられるのが嫌だった彼女は自分の通う学院の現状を話すが、男はその様子があまりにも必死なために男はフルスタを宥める。
少し落ち着くと自分の言っていることが子供の言い訳に思えて、恥ずかしさのあまり少し顔を赤らめた彼女は男と目を合わせようとはしなかった。
「――この森はそこまで広くないので取りあえず、真っすぐに進めば町の何処かには出られます。一応ここも街の中なんで魔物なんて出ませんから危険なんてありませんよ」
そう言ってフルスタは真っすぐ進めば一番早く森に出られる道を指さす。(顔はそっぽ向きながら)
正直、彼女にとってこんな無駄な会話を時間に取られるよりもさっさと剣の修行に戻りたいし、ほんの数秒前に作ってしまった黒歴史を早く忘れたくもあった。
「ありがとう。さて、教えてくれたお礼はどうしようか?」
「――お礼ですか?」
彼女は自分の耳を一瞬疑ってしまった。
そんなものはどうでもいいからさっさと消えて、早く剣の修行に戻らせてくれと彼女は叫びたい気持ちで一杯だったが、それを堪えて自身の感情をコントロールすると精一杯の笑顔をなんとか作り出す。
「いえ、気持ちだけで十分なので」
「さっきの素振り、君はとても基礎を大切にしていることがわかるよ。振りの基本はできていたし、下半身もしっかりと鍛えられて重心に揺れがない。あそこまでなるにはかなり時間が掛かっただろう?」
男の発言に作り上げていた彼女の笑顔が消えた。それと同時に彼女の頭の中に一つの可能性が導き出される。
「剣に……詳しいのですか?」
「さぁ?それはどうだろうか――己の手で確かめてみるといい」
男は適当に拾った木の棒の先を彼女に向けた。
何をするのかはすぐに彼女は察することが出来たため、何も言うことなく彼女も男と同じように木で出来た剣を構える。
お礼の品としては正直物騒な気もするが、剣の道を志す彼女にとってはこういう実践は願ってもない。
これから始まるのは対人戦。
フルスタもそれなりに経験はあるが自身の通っている同学年もしくは一つ上の先輩としかやったことはなく。ある程度の歳の離れた相手をするのは今日が初めてだったりする。
つい数分前に会った人にこうして剣を交わす経験は無いため、緊張で胸が痛くなるのを感じるが、目の前の男を相対することで意識のリソースを全てそちらに使い込む。
――ゆえに緊張は感じない。勝つために己の鍛えた剣技を振うだけ。
「行きます!」
少女は地面を強く蹴り、男との距離を一気に詰める。それを見ても男は微動だにせず、少女の剣が彼を捉える射程に入る。
(まだ!)
だがまだ彼女は剣を振らない。今振ったところで当たるのは剣の先のみ。
致命的な一撃を与えるにはもう一歩踏み込まなくてはならない。フルスタは相手の持つ木の棒の動きに気を配っていたがそれもう動く様子はない。
(行ける!)
自身の持つ剣を容赦なく振り下ろす。当たるという予感はあった筈、だがその攻撃は何故か空を切るだけで男に当たることはない。
「はぁ⁉」
彼女の目が彼の動きを視界に常に捉えていたが、その動きは不気味そのもの。躱せないタイミングなのに攻撃を躱した。その姿はまるで高速移動したかのような動きで、僅かだが彼の体が一瞬二人になったような気さえする。
「なら!」
驚きはしたものの、フルスタの適応は早く。そのまま切り返すように剣を振り上げて逃げる男の体を追う。
そのとき、男は初めて自分の体を守るように軌道上に木の棒を動かすが
(掛かった!)
その動きを剣がぶつかるギリギリで止めるとその場で回転して逆側から相手の体を狙う。
このフェイントは彼女が対応できないと自信を持った一撃。だが―――
「えっ?」
驚きに満ちた声。今度は当たると自信を持った攻撃が綺麗に彼の棒によって弾かれた。あまりのことに対応できず尻餅をつくフルスタだったが、男が〝掛かってこい〟という手のジェスチャーをすると我に返り、立ち上がりもう一度剣を握って突貫する。
そこから約三十分して決着はついた。
彼女の攻撃は男に一度も命中することはなく、躱すか防がれるかの二つ。
流石の彼女もついには疲れ、森の中で寝転がったまま大きく肩で呼吸をする。
それに対して男は息一つ乱さない様子で剣の代わりをしていた棒を遠くに投げ捨てた。
「君、剣は誰に習ったの?」
「――父に少しだけですが教えてもらいました」
息を整えながら質問に答える彼女の話を聞きながら男は一つ問いた。
「少しというのは体の作り方と基礎だけかな?」
それを聞いてフルスタは体を急いで起こした。男の言う通り、彼女が父に教えてもらったのは剣の基礎と体作り。幼い頃に必死にせがんでようやく教えてもらった。それを知るのは彼女や父親を除いて数人しか知らない。
男はそんな彼女の動きに確信を得たのかなるほどと頷いた。
「道理で中途半端だと感じるわけだ」
「―――中途半端?」
「ああ、さっきも言ったが君の剣は基礎がしっかりとしている。どんな達人だって最初は基礎をひたすら身に着けるものさ。そして、基礎から応用へと移り、経験を重ね、己をひたすら鍛えることで半人前から一人前、そして達人と至る。だが、君は基礎で止まっている。分かりやすく言えば土台が出来上がっている状態にも関わらずその上にはほとんど詰まれていない……どれだけ土台が素晴らしくともその上に積み重なるものがなければ君はそれ以上先には進めない。だから、中途半端」
「……」
男のいう事にフルスタは否定などしない。事実、最近の彼女の剣にはここ最近進歩というものが見られない。それを一番に理解しているのは剣を振っている本人だ。
「どうして師を見つけない?一人の力じゃあどう頑張っても限界がある」
男の言い分もフルスタは理解している。一人だけではどうしても乗り越えられない壁があるのもそれを乗り越えるには自分を導いてくれる師が必要なのも。
だがそれ自体が無理だということを彼女はとうの昔に理解していた。
「……無理です」
「なんでだ?それだけの腕があるなら師の一人や二人見つけることなんて」
「だって―――全て断られましたから」
そう言ってフルスタは悔しそうに涙を浮かべた。
男とは女の涙に弱いものだ。
例え相手が成長期途中の小さな子供でも年老いた婆さんでもそこは変わらない。
そしてフルスタが森の中で出会った謎の不審者。ユードもまた同じであった。
「すみません、これとこれ、あとはこれもお願いします」
フルスタが泣き出し困った彼はお昼ということもあり、彼女を連れて森を抜け出して近くにあった喫茶店で昼食を取ることにした。
「すみません、急に泣き出してしまって」
「気にするな。誰だって泣きたくなる時ぐらいある。大人になるとそれが少し難しくなるから、子供の時ぐらいは泣ける時ぐらい泣いておきなさい」
「それに昼食まで奢ってもらうなんて」
「大人の好意ぐらい子供は素直に貰っておくものさ」
逆に女の子を泣かせておいて、ただ慰めるだけなんてしたら男としての沽券に関わる。
「それより、まだ名前を名乗っていなかったな。俺はユード・クラウス」
「フルスタ・ユステストです」
「よろしくフルスタ。それでどうしてその……弟子入りを断られたんだ?」
ユードは言い淀みながらも気になっていることを率直に切りだす。
僅かな時間だが彼の目から見ればフルスタという少女は剣の才能に溢れた努力家。師匠なしであの基礎だ、師がついて一生懸命教えれば間違いなく将来有望の剣士になるという見立てがあった。
「そうですね、なら私の出生とこの国の歴史から話すとしましょうか」
(えっ、そこから!)
少し心配で尋ねるつもりがまさかの内容に冷や汗を流すユード。楽しい英雄譚かと思えば、まさかのドロドロの人間関係を描いたヤバイ物語だと察し始める状況と似ていた。
そんな彼の様子に彼女は気づくことはなく、彼女は淡々と話し始めた。
「この国、エマストロ国は数百年という長い歴史の中で度々危機に陥っているのは知っていますか?」
「ああ、〝魔王〟だろう」
この国、というかこの大陸には長い歴史の中で既に十回ほど〝魔王〟と呼ばれる存在が君臨したことがある。
魔族を引き連れ数々の街を破壊いく魔王に国は総力を挙げて兵を用意し。そしてその魔王が現れる度に当時の王は何処からか〝勇者〟と呼ばれる圧倒的な存在を連れてきた。
勇者は強力な光の魔法を使い、多くの人々を助けそして、勇者は多くの被害を出しながらも仲間と共に魔王の元へと殴り込み、見事に勝利する。
よくあるおとぎ話のようだがこの実話であり、20年前にも魔王は現れ、滅ぼされている。
「でも君と魔王に何の関係が?」
「私自身には特に。魔王と関係があったのは私の親です」
「親?つまり父親か母親が?」
「その両方です。私の両親は前回の魔王討伐の際に勇者の仲間として彼の行動を共にした〝剣聖〟と〝聖女〟なんです」
勇者の仲間は彼があらわれた時に国と教会が決めている。
〝剣聖〟は当時で最強の剣士を選ぶために開いた大会の優勝者。〝聖女〟または〝聖人〟は教会が推薦した最も光の力を持った者。そして〝賢者〟は国で最も魔法に秀でた賢き者を選ぶ。
苦難の結果魔王を倒した後、その剣聖と聖女の間に生まれたのが彼女―――フルスタということになる。
「私は二人の間に生まれた娘として自分で言うのもなんですが期待されていました。次代の〝聖女〟〝剣聖〟の誕生なんて一時的な話題にもなりました」
それが彼女にとってどれほどのプレッシャーになったのかは想像することはユードには出来ない。それでも期待を背負った彼女は自分で出来ることをやった。
「最初は上手く行っていたと思います。十一の頃には小さいですけど剣の大会なんかもあってそこで優勝は出来ましたから」
ただし、そんなもの彼女にとっては当然だった。父から基礎と体を作るためのトレーニングを無理に頼んで教わり、それを幼少の頃から地道に積み重ねてきた努力が実を結んだ結果なのだから。
「転機があったのは十三の頃です」
「子供たちが魔法を使えるようになる頃か」
この世界に存在する生物は全て魔力を持っている。それはそこら辺に生えている草や木、虫や動物そして人も例外なく持っている。その魔力を使い自分や自分の周りに変化を与えるのが魔法。
子供は脳が未発達のためか魔力を使い魔法を起こすという現象を理解することは出来ない。それを理解するのは脳がある程度発達した十二~十三歳になった時というのはこの世界においての常識だ。
「ですが、私は魔法を
「……何?」
ユードはありえないという顔をするがフルスタは適当に魔法を使おうとした。
「
指先に小さな炎の明りを起こす魔法。難易度は初級どころか魔法を発現するようになった子供でも一度見れば大体一発で出来るレベルの魔法だが……彼女の場合は何も起こらない。
「マジかよ!」
これにはユードも思わず口から驚きの声が出てしまい、慌てて口を塞ぐ。
「……魔力を持っていないのか?」
「いえ、その可能性も考えて昔、父に連れられて〝魔法の羅針盤〟で計測したことがあります。その時は魔力の数値は230でした」
魔法の羅針盤というのはその人物の魔力とその人が最も適応する属性魔法、つまりは適正魔法を教えてくれる馬鹿でかい計測器の事を指す。
「それって十三の時だよな?」
「ええ、そうです」
それを聞いて彼は唸る。
彼女の魔力量が低いという訳では無い。それどころか逆に多いですらあった。
十三歳の女の子の平均魔力量は大体190、女の子よりも魔力量が多い男の子の方でも210。現状はどうか知らないが順調にいけば、同い年の平均よりも魔力量はやや多い。
「適正魔法はなんだった?」
少しでも情報を集めるために色々な情報を集めようとしたユードだが彼女は落ち込んだ顔をしながら首を横に振った。
「それが分かりません。羅針盤は何も教えてくれませんでした」
そのことについてユードは眉を顰める。魔法適正はその人が最も得意となる魔法。それを持たないという事例は聞いたことはあるがこうも立て続けに珍しいことが起こると何か理由があると勘ぐりたくもなる。
「分かった。それで話は逸れたが魔法が使えないことと、剣の師が決まらないことがどう繋がる?」
「そうですね、話を続けましょう」
そう言って彼女は後の人生を語る。
魔法が使えないということが発覚した彼女に襲い掛かるのは罵倒や嘲笑の嵐だった。
『聞いたか、英雄の娘は魔法が使えないらしいぞ』
『おいおい、立派なのは剣の腕だけか。というか魔法が使えないって人としてどうなんだw』
『案外、あの子。本当は英雄とは血が繋がっていないかもよ?』
『ハハハ、確かにあり得るな』
酷いものだった。彼女の親はそれらの噂を娘の耳に入らないように必死に隠し通し、気にすることはないと愛情を彼女に注いでいたがそれに気づかなかったフルスタではなかった。
名誉挽回をしようと必死に魔法の勉強をする彼女だがその努力は身を結ぶことはなく、ならば唯一手元に残った剣のみで頑張ろうと街にある剣の道場に足を運ぶことにした。
今までは年齢制限のために入ることは出来なかったが十三をむかえたことでそれが解禁になったことで意気揚々と向かう彼女だったが。
『すまない、君をうちで歓迎することは出来ない』
まさかの門前払い。そして、それは何処の道場でも同じ扱いだった。
「何故?」
それを聞き、またしてもユードは眉を顰めた。
「そうですね、理由はいくつかありますが一つは私が己にかける強化魔法が使えないという点です」
人が魔法を使えるこの世界において自身の強化魔法は出来て当然の技。
そのため、剣の技などは強化魔法を使った状態を前提にして作り出されている。魔法が使えない彼女ではそういった技を使用する際、どうしても力やスピードが足りなくなる。
「なら魔力の強化はどうだ?魔法ほど絶大な効果は得られないが、体の部位に集中的に魔力を貯めることで僅かな時間だが魔法と同じ効果は得られるはずだ」
ユードは代案の一つとして魔力の強化を持ち出すがこれはデメリットが大きい。まず、下手に魔力の込める量を間違えると体が耐えられず骨が折れてしまい、それと同時にとんでもない魔力を消費してしまう。
一発のミスで命の危険まで冒しかねない――この技術をユードはあまりお勧めにはしたくないが彼女の事を考えるとそれしか方法がなかった。
「それが私の場合はどうにも他の人よりも効果が落ちるのです。例えば、他人が魔力で強化する数値を元の二倍にするなら、私の場合は大体一・三倍。魔力の使用量を増やせば、なんとか二倍近くまでは迫れますがそうすると今度は魔力不足に陥りやすいのです」
「それは……きついな」
「それにどうやら私が断られる理由はそれだけじゃないのです」
それだけが理由ならまだ受け入れてくれるところがあったかもしれない。つまり彼女が師事を受けられないのはもう一つ。
「道場にも評価というのがあります。彼らにとって私はその評判を落としかねない存在だったんですよ」
「?」
フルスタは魔法が使えない。その評価は未だに変わることが無い事実だ。だが、それと同時に剣の技量だけはトップに近い実力を持っている。
剣を教える者としてこれほど奇妙な金の卵は見たことがないだろう。
もし、彼女に剣を教え込み、魔法が使えないというアドバンテージを覆したのならその師の評価はうなぎ登りにも近い上昇を見せるが、万が一失敗すれば剣聖の娘を潰した者としてレッテルが張られる。
そもそも、魔法が使えないというのが不安定要素。
魔法が使えるのを前提とした剣術や教え方が普通のこの世界において彼女はあまりにも異端過ぎた。
――ならば、どうするか?
そんなのを触らない方が良いに決まっている。下手に触れて爆発するか幸せを運ぶかのびっくり箱なら開けなかったらいい話だ。
「なるほどね」
彼女の話の内容からある程度察することが出来たユードだったが一つ疑問がでた。
「父親はどうした?〝剣聖〟なんだろ?」
剣聖と呼ばれるほどの男なら娘の剣を教えることは訳がないはずだ。
「ええ、ですが父には断られました。武器が違うやら女の子らしいことをして欲しいと言われまして」
「ははは、確かに父親なら娘はもう少しお淑やかに育って欲しいよな」
「悪かったですね!剣一筋で!」
怒った彼女は運ばれてきたポテトに手を伸ばし、食いちぎるように食べる。
その様子を見ながらストローに口をつけるユードはさっきの話に少し違和感を覚えたために後で調べようと心に決めて、次へと話を進める。
「とりあえず、気になるのは魔法が使えないことだが、〝ほとんど〟使う事ができないって事は、少しは使えるのか?」
「百回に一回の可能性ですが、火の初級魔法を」
成功率約一パーセント、あるいはそれ未満の可能性。
「ふむ、百聞は一見に如かず……すまないがその成功例を一回みせてくれないか?」
「えっ?」
「図々しいとは思うが君みたいに魔法が使えないという子は初めて見る。俺の考えでは魔法が使えない理由は別にあってそれを解消することが出来れば。もしかしたら……」
それはフルスタにとって甘美な誘いではあった。
魔法が使えないと分かったあの時から何度も何度も諦めずに挑戦し続けた。使えないのは自分に才能が無いから、ならば努力でそれを補えばいいと自分に言い聞かせて既に五年近く。
そんな彼女にとってその誘いは未だに光明が見えない暗い道に差し込む希望の光。
……だが。
(この人を信じても良いの?)
フルスタから言わせればユードという男はいきなり自分のパーソナルエリアに入ってきた不審者にすぎない。自身の過去について話はしたが彼についている不審者というレッテルは未だ外れていないし、完全に信用するには情報が足りなさすぎる。
だがそれと同時に彼女は心の何処かで彼に期待をしているのは確かだった。
たった一度の手合わせで自分を歯止めもかけず圧倒し、ついでと言わんばかりに何が足りていないのかを指摘した観察眼。
彼ならもしかしたらと十七の少女が希望を抱くのは無理もない話。
「その話は本当ですか⁉」
「ああ、絶対とは断言できないが。それでも可能性はある」
それを聞いて彼女の心は決まった。
例え怪しい相手だとしても彼女にそう言った人物は過去にはいない。だから彼女は彼の手を取った。
これが全ての始まり。
一人の少女が時に迷い、苦しみ、嘆いてそれでも前に進み。一人の剣士として世界を駆ける物語の序章。その始まりであった。
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